表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/37

辰巳勇人/2

 玄関の鍵が開く音が聞こえ、辰巳は読んでいた雑誌から顔を上げた。

「よっ、おかえり」

 玄関でスニーカーを脱いでいる男に向かって言うと、男は腰を曲げたまま「おう」とそっけなく返事をする。

「他の仕事もあるのに悪いね~、毎晩来てもらってさ」

「別に。どうせ自分の家にいてもなかなか寝つけねぇんだ。同じ起きてるんなら、隣の奴を見張ってるほうが有意義だろう」

 男は狭いワンルームに上がると、部屋の真ん中にぽつんとある折り畳みテーブルの上に、スーパーのビニール袋を置いた。

 辰巳は床に直接敷いた布団から身を起こすと、ひとつ伸びをしてから袋の中を確認した。

「なに? 火之、焼きそば食いたかったわけ?」

 言われて火之は、「そういうわけじゃないが」と辰巳の向かい側に座布団を置き、胡坐をかいて座る。

「シールが貼ってあったから」

「ふーん」

 なるほど。確かに三食パックの焼きそばには『お買い得』のシールが貼られている。

「――ま、いいや。飯作るわ」

「辰巳も食べるのか?」

「俺はもう食った」

「……悪いな、わざわざ」

「いーよ。でも作ったらすぐ寝るから」

 言って、辰巳は大きな欠伸をする。

「あいつ朝早いんだもんな~。合わせて起きるのも大変だわ」


 辰巳勇人――彼の仕事は、『対異形探偵協会』の窓口だ。

 毎日何件も舞い込んでくる、異形の者に関する依頼。それらを適任な探偵に差配するのが、辰巳の役割だ。昔はある事務所で探偵の助手をしていたのだが――紆余曲折を経てこの仕事に転職した。

 辰巳は今でこそパソコンや書類と睨みあい、電話対応に追われる極々一般的な日々を送っているが、かつては現場で探偵の捜査から戦闘までサポートし――ヒヤリと緊迫する場面に遭遇することも日常的にあった。

 けれどそれはもう昔の話で。すっかりそんなスリリングな生活からは離れてしまった。

 ――というのが、探偵協会員の多くが思っている辰巳の今だ。


「隣の、今日はどうだったんだ?」

「いつも通り会社に行って、いつも通り帰ってきた。特に変わったところは無し」

 キャベツを手際よく切り分けながら、辰巳が答える。

 火之がそうか、と相槌を打つと、辰巳はフライパンに肉を放り込み、「でもなぁ」と呟いた。

「なんだ」

「あいつんちのゴミ。今日ゴミの日だから漁ってみたんだけどさ、あいつの出したゴミ」

「ゴミを……。それで?」

「ぜーんぜん生ゴミとか無いわけ。食事は自炊派だって言ってたのにおかしいだろ。もったいない精神で野菜の皮ごと食べる奴なんだとしてもさ、ヘタのひとつすら出ないのはどうよ? あいつ、白米をおかずにして白米を食べてるわけ? ゴミの中にふりかけやお茶漬けの空き袋も無いんだぞ。それだけじゃない、食べ物に関するゴミはゼロ。これまであいつが出したゴミで唯一あった食べ物のゴミは、俺が渡したパスタの空き箱だけって……」

 フライパンの中身を菜箸でかき混ぜながら、辰巳は火之を横目で見やる。何が言いたいのか――と火之が目線を投げると、辰巳は「んー」と口を尖らせた。

「あいつ、絶対別の『何か』食ってるだろ」

「――――……」

 その『何か』を、辰巳は言葉にしなかった。だが、火之にはしかと伝わり――。火之は忌々しげに顔を歪めた。

 辰巳は、火之の発する不愉快そうな空気を背に感じながら話を続けた。

「――あいつ、異形の者だよ」


『助手としてあんなに有能だった辰巳も、今では協会の事務員か――』

 数年前の辰巳を知る者は、今の彼を見てそう残念そうに言う。

憧れていた探偵への道が閉ざされ――辰巳に探偵の《才能》は無かった――、辰巳は助手を辞めてしまった。

頭がよく機転も利く。どこの事務所に行っても、助手としてなら十分にやっていけるのにもったいないことだと、人々は勝手なことを口さがなく言った。だが――。


 実は辰巳は、助手をやめた今も異形の者に関する事件に携わっていた。


 それは探偵協会会長から直々に依頼されたからであったり、気になる事件があるから独自で捜査をしてみたりと、関わり方は様々だったが。

 辰巳は一見すると軽薄な男だ。

だが、かつて探偵を目指した自身の正義感と――そして助手として探偵を支えることに辰巳は誇りを持っていた。

 対異形探偵協会の窓口――それはそれでやりがいある仕事だ。だが自分の助手としての経験や能力を必要とする者がいるならば。辰巳はすぐに現場へ向かう。

 それが夢を諦めた辰巳の、新たな道だからだ。


 ――そして現に辰巳は、今もあるサラリーマンを見張っていた。

 話を持ってきたのは、対異形探偵協会の会長だ。なんでも、『自分の目』になって代わりに見てきてほしい事件があるとのことだった。

「つかさ警備の《善知鳥君》から連絡があったのだが、どうやら集団で人間を襲っている異形の者がいるようだ。君にはその集団の構成員と思しき人物を調査してもらいたいんだ。

――なに、君ひとりで全員を調べろというわけじゃない。

そんな効率の悪いことはさせられないし、何よりひとりずつ叩いても意味が無いからね。ひとりを相手しているあいだに、他の者に逃げられてしまうだろうさ。

だから私は考えた。事務所の垣根を越えた、大規模捜査を行おうと。人員はもうピックアップしてある。

まずは話を持ってきたつかさ警備。彼らはすでにこの件に着手している。気になることがあれば話を聞いてみるといい。それと、御守探偵事務所にも声をかけてある。君も知っているように、信頼に足る探偵達が揃っている。きっと仕事がはかどることだろう。

そして協会からは――火之君と辰巳君に参加をしてもらいたい。

――この案件では場合によって、大規模な排除作戦が行われるかもしれない。だが君達なら迅速に解決してくれる、そう信じているよ」


会長から言われ、辰巳と協会の探偵である火之は、この捜査に加わった。

 ――辰巳と火之が捜査を担当することとなったのは、『あるサラリーマン』だった。

ふたりは異形の者の集団の一員とみられる男の隣に引っ越し、彼の行動と話から異形の者かどうかを探り始め、そして。

数週間にわたる捜査の結果、辰巳はサラリーマンを『クロ』だと判じた――。


「で、どうするんだ? すぐに動くのか?」

 言って火之は、「いただきます」と目の前に置かれた焼きそばに手を合わせる。

「どーぞ、召し上がれ」

 辰巳は欠伸混じりに言うと、布団の中に潜り込む。隣人の見張りは日中は辰巳が、夜は火之が行っている。明日も隣人の動きを観察しなければならないと考えると、そろそろ眠らなければ仕事に差し支えそうだ。

 布団で丸まった辰巳は、

「まだ動かなくていいんじゃないかな」と火之に背を向けて言う。

「今すぐ何かしようっていうのは感じられないし。――なーんか待ってるような気がするんだよなぁ、あいつ」

「待ってる?」

「確信があるわけじゃないけど。ま、もう少し様子見てもいいんじゃん」

 火之はふむと頷き、箸を口に運んだ。

「そういえばさ、火之は明日の夜こっちに来れんの? 何か昔馴染みに会うとか言ってなかったっけ?」

「時間までには話を済ませる」

「りょーかい。じゃ、俺は明日もちゃんと夜寝られるわけね」

 辰巳は布団脇に置いていたアイマスクをつけると、「おやすみ」と呟いた。十分もしないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。

「……寝つきが良くて羨ましいこった」

 火之はふっと息を零すと、壁にもたれかかった。当然、隣人の部屋があるほうの壁だ。

 ――薄い壁を通して、時々物音が聞こえてくる。隣の男はまだ起きているようだった。

 異形の者の集団……。彼らは何を思って集まっているのだろう。群れて何をするつもりなのだろう――。

 火之は頭を振り、ゆっくりと瞼を閉じた。相手の考えていることはわからない。

 ――だが、好きにさせてなるものか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ