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瀬斗景/5

「あーあー……。派手にやってくれちゃって」

 車につけられた爪痕を撫でながら、坂本が呆れた口調で言う。

「別に社用車なんだからいいじゃん」

「よくは無いよ。――社長になんて言うかなぁ」

 溜め息を吐く坂本を一瞥すると、景はくつくつと笑って――足元に転がる獣を見やった。

「お前のせいで怒られちまった」

 獣は大きな耳をかすかに動かすと、長い鼻づらを景のほうへ向けた。

獣の体は、不思議なことに端から少しずつ溶けだしていて――すでに生首だけになっている。

「…………」

 獣はパクパクと口を動かし何か言った――が、それはもはや、声にはなっていない。

「あ? なんだって?」

 からかうような声で景が訊くと、獣は悔しそうに目を吊り上げた。

「悪い悪い、声出ないのか」

 ケラケラと景が笑うと、足元からぐぅと唸る音が上がる。これに景は軽く目を見開くと、「肺が無くても喋れんだ」と、かつて臓器があったであろう場所を踏みつけた。

「……く……そ……っ」

 荒い息をしながら、獣は必死になって口を動かした。それを見て景は、薄ら笑いをしながらうんうんと頷く。

「なんだなんだ? 辞世の句でも言う気? 聞かせて聞かせて」

「――……っ……」

 獣は生を諦めたのか、景の煽りを無視し、夜空を見上げ大きく息を吐いた。そして。


「次は……オレの、肉が……喰えたのになぁッ……。……喰いたかったなぁ……!」


「は?」

 どういう意味だ――と景が尋ねるより先に、獣は言葉を残して霧散した。

駐車場にいるのは、景と坂本のふたりだけとなった。

「どういう意味だったんだろう?」

 車の側で黙ってやり取りを聞いていた坂本が訊く。

景は「知らね」と肩を竦めると、靴の汚れを拭い去るかのようにコンクリートに足を押しつけた。

「……でも、確かに最後の言葉が『あれ』ってのは……。なぁんか……」

「引っかかる?」

 坂本に返事はせず、景は獣が転がっていた場所に目をやった。そこには染み跡ひとつ残っていない。

「――……」

 景は消えてしまった獣に、どこか納得しきれない気持ち悪さを感じていた。それが何を意味しているのかはわからないけれど。

 ――あの獣の本性を目にした時、景はその浅ましい姿に嫌悪を抱いた。

もしかするとそれが原因で、消え去った獣を意識してしまっているのかもしれない。

「――ま、いっか」

「えっ、いいのか?」

「こんなところでうんうん考えてたって無駄無駄。それよりさっさと帰ってシャワー浴びたい」

 言って景は足早に車に向かうと、後部座席のドアに手をかけた。

「そうだなぁ……。気にはなるから、今度どっかの探偵に会ったら聞いてみるか」

「どっかの探偵って……。お前、ほとんど探偵の知り合いいないのに」

「うっせぇな。――おら、坂本もとっとと車乗れ」

 乱暴に言い捨てると、景は車に乗り込んだ。坂本は「はいはい」と気だるげに返事をすると、運転席のドアを開けた。

「――お」

 狭い駐車場内で戦ったせいで、車もそれなりに傷ついてしまったのだが――。心配していたエンジンは、すんなりかかった。

(それにしても……。今日の景はやけにやる気があったな)

 坂本はさっきまでの景の様子を頭に浮かべた。ギラギラした目で、執拗に獣をいたぶる景の姿を。

「やっぱり――」


 ――それを聞いてみようと思ったのは、別に深い意味からではなく、坂本にとっては世間話のひとつだった。


「あ? んだよ」

「いや、さっきの異形の者との戦闘のこと」

 いじっていたスマートフォンから顔を上げ、景が首を傾げる。


「やっぱ『お前と同じ人狼』だったから、気合入ったのか?」


「――ッ!!」

 言い終わるやいなや、坂本の体がガクリと揺れた。

いや、正確には彼の座っているシートが揺れた。

 後部座席から、いきなりシートを蹴りつけられたのだ――。

「なにするんだッ!」

 驚いてうしろを向くと、シートに足を延ばしたままの姿勢でいる景と目が合った。

「……っ!」

景の金色の透き通る瞳――その真ん中には、誰も触れてはならない、景だけが知る闇が埋められている。


それが、今にも世界中を飲み込んでしまうかのような業火を燃やしていた――。

 

 背筋にヒヤリとした感覚が走る。文句のひとつでも言ってやろう、そう思っていたのだが――坂本は、景の迫力に黙した。

「『俺と同じ人狼』だって?」

 言うと景は、もう一度シートを蹴りつけた。坂本はなんと返すか一瞬悩み、そして。

「……さっき異形の者、人狼だったじゃないか。同族だから、僕は――」

 坂本が言い終わる前に、景の足がシートを叩く。――車が大きく揺れた。

 景は目をカッと見開き、

「誇り高く、清らかで! 孤高の白狼の血が……! あんな穢れきった獣……、群れなければ生きられない糞袋の血と同じわけがない!!」

 怒りで体を震わせながら言う景に、坂本は「落ち着け」と声をかけるが――景の気は収まらない。

「見ろ!!」

景はさらりとした自身の髪を、乱暴に引っ張ると声を張り上げた。

「お前らみたいな、『普通』のヤツならすぐわかるだろ! この髪と、それから瞳の美しさが! 一目瞭然じゃねぇか! 他のヤツとは違う、俺だけが『特別』なんだってわかるだろ!?」

 キンとする声で喚き続ける景に、坂本はうんざりと肩を落とした。


 現役高校生探偵の《KEI》こと《瀬斗景》。

彼はアイドルであり、人気沸騰中のドラマの主役であり――《白狼》と呼ばれる異形の血を引く、混血児でもあった。


(人狼が成り代わりをしているから、景も気になったのかと思ったんだけどなぁ……。あいつのプライド、傷つけちゃったかぁ)


――ああ、余計なことを言ってしまった。

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