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瀬斗景/4

「やぁ、美味しかった! さすがKEIくん。いつもこんないいモノ食べてんの?」

「いやぁ、いつもっていうわけではないですよ~」

「またまたぁ! さらっと裏メニューとか頼んでたくせにぃ!」

「あはは、ばれましたか」

 にこやかに言う景のうしろで、坂本はばれないように息を吐いた。

今夜の『餌』に景が選んだのは、個室のある高級焼き肉店。確かに景はこの店を気に入っているが、常連と呼べるほど通い詰めているわけではない。裏メニューを知っていたのは、たまたまこの店を景に紹介した知人が頼んでいたのを見たからであって――。

(よくもまあ、次から次へ出まかせを……)

 呆れる坂本のことなどつゆ知らず、景と藍川は楽しげに笑いあっている。


「いいか? 店を出たあと、お前は藍川に『車で送りますよ』って言うんだ。アイツは運転代行頼むだろうから、その前に言え。で、お前の車に乗るっつったら、駐車場まで誘導する。――そこに着いたら、俺がヤツの本性を暴いてやるよ」


 藍川と待ち合わせる前、景は坂本にこう指示を出した。

「送ってくれなくていいって言ったら?」

「そうならねぇように上手くやれ。――ま、仕方ねぇから、そん時は俺が助け舟出してやるよ」

 景の考えた作戦は、坂本からすればいい加減すぎるのだが――これが不思議なことに上手くいき。藍川は着実に目的地点――駐車場へと近づいていた。


「これでもオレは肉にはうるさいんだよ? そのオレが『合格だ』って思える店だったよ、あそこは」

 言って藍川はニカリと笑った。日焼けサロンで焼かれた黒い肌から、不自然なほど白い歯が覗いた。

「それは嬉しいなぁ! 藍川さんが肉通だっていうのは……すみません、知らなかったんですけど……。満足してもらえて本当に良かったです!」

「KEIくんは肉好き?」

「はい。これでも育ち盛りなんで……。肉には目が無いです!」

「そうなんだ! じゃあ今日のお礼に、今度肉食いに連れていってあげるよ」

「え! 本当ですか!」

「ああ。どこがいいかな~。KEIくんは若いからガッツリ系がいいかな。――本当は機会さえあればねぇ……。オレが思う、一番旨い肉が食べられる店に連れて行ってあげたいんだけど」

「いいですね、ぜひそこに行ってみたいです!」

「ただ会員制みたいな店でさ……。入るのに条件がいるから……。連れて行ってあげたいのはやまやまなんだけど」

「うわ~残念です。でもさすがですね、そんなお店に入る資格持ってるなんて」

「ふふ、まあねぇ」

 中身のない会話をだらだらと続けるふたりのあとを追いながら、坂本はそろそろだ、と鞄の持ち手を握りしめた。――鞄の中には、坂本愛用の《武器》が入っている。

「――ところで、車ってどこに停めてんの? 結構店から離れちゃったねぇ。これなら坂本くんに店の前まで迎えに来てもらったほうがよかったかもしれないなぁ……」

 ふいに振り返り、やれやれと言った様子で藍川が言う。

「すみません」

「俺の都合に合わせてもらったんです。そうしたら、店から離れた場所にしか車が停められなかったんですよ」

 坂本が頭を下げると、すぐさま景が申し訳なさげに言葉を添える。これに藍川は、別に怒っているわけじゃないと鷹揚に笑った。

「――あ、見えてきました。あそこの駐車場です」

 景が指差したのは、ビルに挟まれた小さな駐車場だった。車は一台――坂本のものだ――しか停まっていない。

 隣に建つビルはすべて電気が消えており、人の気配は無い。

もしかしたら日中はこのビルに勤める人らや来客が車を停めているのかもしれないが――夜も深まってきたこの時間、ぽつんと車が一台だけ停められた駐車場というのは、いささか不気味だった。たった一本の電灯がチカチカと不規則な点滅を繰り返しているのも、怪しげな雰囲気に拍車をかけている。

「……え~……、凄いところ見つけたねぇ……。ホラー系の再現とかに使えそうだ」

「あはは! 停めた時はそうでもなかったんですけど、暗くなると雰囲気ありますね。でも人気も無いし、俺にはここがベストな場所なんですよね」

 明るく笑いながら、スタスタと景が先行して駐車場に入る。藍川も少し遅れてそれに続く。

「……?」

 駐車場の真ん中にたどり着いた時。先を歩いていた景が、ピタと足を止めた。

「……KEIくん?」

 藍川は怪訝に思い、どうしたのかと首を傾げる。――と。

「坂本」

 藍川に背中を見せたまま、景はマネージャーの名を呼んだ。そして。


「今日最後の仕事――、始めるぞ」


 ジャケットの裾を翻し、景がくるりと振り返った。

「しご……と……」

 点滅を繰り返す電灯が、景を照らす。暗闇に浮かび上がる彼の顔には、暗い笑みが浮かんでおり――わずかな水分が光を弾いている瞳も、妖しく輝いている。

 景はおもむろにズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出した。――電灯に一瞬照らされたそれは、ナックルだった。

「――!!」

 藍川は事態を察し、ハッと息を呑んだ。そしてすぐに小さく悪態をつくと、勢いをつけて景に背を向ける。だが。

「――逃げられませんよ」

 駐車場の入り口では、ナイフを構えた坂本が立ちふさがっていた。彼の背後には注連縄のようなものがかけられている。

「クソッ……!」

 辺りを見回してみると、縄は駐車場を囲むよう、ひっそりと張り巡らされていた。

「結界です。立派なものじゃないですけど、景があんたを排除するまでは持つでしょ」

 淡々と言う坂本の言葉に、藍川は体を震わせた。

「――っ!」

と同時に、背後に感じた気配を振り払うよう、全力で走り出す。

――なぜならば、うしろにいるから、だ。

「だーから逃げられねぇって」

 藍川は肩を掴まれ、強制的に体を反転させられた。

「おまえっ……! おまえぇ!!」

 藍川の絶叫が、夜の闇に木霊する。これに景は不快そうに眉を寄せ、「至近距離でうっせぇな」と舌を打った。

「オレを……! だましたんだな……!!」

「こーいうのってだましたって言うのか? アンタが馬鹿なだけだろ。――ま、おかげで簡単な仕事だったよ」

 言って景は、小馬鹿にするような笑いを口元に浮かべた。隙間から、牙のような八重歯がちらりと覗く。

景が右手を大きく振りかぶる。そして。

「『お前の企みは、俺が挫く!』 ――なんつってぇ」

 見事な右ストレートが、男の顔面に炸裂した。

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