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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verce Balaclava
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Balaclava 2

「よく調べたもんだ。……こりゃあ苦労するかもな」


 摩天楼の谷間。心地よい日射しに酔ったのか、のろのろと依頼主の元へと向かうタクシーの後部座席で、ヴィンセントがぽつり呟いた。

 ルイーズから渡された資料には、なるほど準備に必要と思われる情報が充分すぎるくらいに載っていた。判明している限りで怪盗が行ってきた仕事の経歴、手段、仲間の数。細かな経歴が顔写真付きで載っているのだから、その内容は泥棒の履歴書と呼んでも差し支えない。


「旦那、この辺りの人じゃないでしょ? お仕事は? なにしてるんです」


 ルイーズの情報収集能力に感心しつつ資料を閉じると、ミラー越しに半獣人の運転手と目が合う。先程からチラチラ様子を覗っていたようなので、ヴィンセントも気になっていた。気さくそうな運転手だし、話に付き合ってやっても悪い気はしない。


「なんで俺が余所モンだって思うんだ」

「長い事、金星でタクシー走らせてますから見当はつきますよ。ドーム都市でも色々ありますからね。ホラ、よく言うでしょ、若い女と番号のドームほど気を付けろって。ゼロドームとこの8番なんかもう、天国と地獄ぐらいの差がありますぜ」

「よく喋るな、ここじゃお喋りな運転手は毛嫌いされそうだが。住んでる連中といえば上流階級の方々だろうに」

「そういう人達はタクシーなんざお呼びじゃありませんですよ、旦那。それで? 旦那はどうしてこっちに」

「俺は便利屋なんだ。呼ばれりゃどこにでも行く。仕事でね、仕方なくさ」

「じゃあ、普段はゼロドームに?」

「察しが良いな」

「あちこち回ってますから、ゼロドームに行くこともありますんで。便利屋の旦那が足運んでるって事ァ、何か事件でもあったんですか」


 便利屋なんて珍客もいいとこだ。酒の肴になりそうな話題を聞きたいのだろう。運転手は悪気のない口調で尋ねてくる。


「そうやって誰にでも根掘り葉掘り聞くのか?」

「いやぁ、すんません。口から先に生まれたもんで、べしゃりの癖が抜けないんでさ。お願いしますよ、旦那。一つこぼれ話を聞かせちゃもらえませんか。ウチのガキときたら、あ~、アクション映画が大好きでして。旦那の話を教えてやったら喜ぶと思うんですよ」


 教えてやれることは大してないが、と答える間もなく、運転手が肩越しに写真を渡してきた。腕白盛りの男の子がヒーローの変身ポーズを決めている一枚だ。


「親父に似なくてよかったな」

「ははは! ええ、まったく。どうですか? 土産話を一つ、いただけませんか」

「しょうがねえな。そのかわり、アンタもからも一つ話を聞かせてくれよ。それならいいぜ」

「もちろんでさ! ありがとうございます旦那」


 話の種はいくらあってもいい。口説く時にでも使えれば尚良しだ。ヴィンセントは大袈裟に腕を組むと、シートに身体を預ける。「まずはあんたから」


「それじゃあ、こんなのはどうでしょう。……これは、知り合いの運転手が客から聞いた話なんですがね」

 おっと、怪談調の語り出しだ。

「ある冒険家の宇宙船が金星に向かう途中に事故にあいまして、エンジンが止まってしまったんです。救助を要請したものの、宇宙嵐の所為で電波は届かず、彼は遭難してしまった。その間にも船は宇宙を漂い続け、一週間経ち、二週間経ち、ついに水も食料も底を付き、彼はついに意識を失った。だが、彼はベッドの上で目を覚ました。奇跡的にコロニーに流れ着いて、助けられたんです。医者は言いました。『命を無駄にするものじゃない』と。それから彼は無事に回復し旅を終えた。――それから数ヶ月後、彼は自分を助けてくれた医者に礼をする為に、コロニーへと向かった。しかし、有るはず座標にコロニーがないんです。建てられる筈がないんですよ。なにせ、小惑星帯のど真ん中なんですから。でも入力した座標は正しい、もちろん機械の故障でもない。確実にこの場所なんです。

『絶対に此処なんだ』

 彼はヘルメットのバイザーを上げて目を凝らしました。すると――何を見たと思います?」

「…………」

「いま被っているはずのヘルメットが、宇宙を漂っていたんですよ」


 信号で停車するタクシー。その制動に抵抗しているヴィンセントの表情を覗いながら、運転手は気さくな調子に声を戻した。


「どうでした、旦那? 面白かったでしょう」

「怪談としてはありがちだったがゾクッときた。でも一つ気になるとこがあるな。語り手は死んじまってんだ、誰がどうやって話を広めたんだろうか」

「楽しめればそれでいいじゃないですか、野暮は無しですよ。ささ、次は便利屋こぼれ話、お願いします」


 幕を上げるように加速するタクシー。便利屋こぼれ話と言われても、大した話しもないのである。はてさてどうするかと逡巡したヴィンセントは、ふと、手元の資料に目を落とした。


「お宅は、呪いって信じる性質?」

「呪いって、あの呪いですか。うーん、今時、迷信なんて信じてる方が珍しいんじゃねえんですか? 超常現象だって科学で説明しちまう時代だ。ばあさんの財布から小銭抜く時だって、神様よりもカメラが気になるってなもんでしょ」

「怪談話した後によく言う。――まぁ、そうだ、その呪いだ。曰く付きの宝石があってね、なんでも持ち主に不幸をもたらす石だとか。その名もホープ・ダイヤモンド。45カラットのブルーダイヤだ」

「初めて聞きますが、そんなに大層な宝石なんですか」

「行く先々で破滅を振りまいては、人の手を渡り歩いてる。だが、価値は相当なもんだ。値段は訊くな、一生掛かっても買えやしねえから。呪いの伝説については、あとから脚色された部分もあるだろうが、とりあえず置いておこう。このダイヤ、博物館に寄贈されてからは個人の手に渡ったことはない」

「なるほど……。で、その宝石が旦那とどう関係してくるんで」


 決して急かさず、運転手は良き聞手となって話の先をねだる。話し手を乗せるのも巧みなようだ。思わせぶりに一呼吸置いてから、ヴィンセントは秘密の小話を始めた。


「実はこのダイヤモンド、二つあるんだ」

「えっと、よく意味がわからねえんですが」

「割れてたんだ。博物館に飾られているダイヤは、元を辿っていくとインドの寺院で女神像の瞳に嵌められていた。その宝石を冒険家が盗み出し、フランス国王に売りさばいた。その石はさっき話した通りに破滅を撒き散らした。でも忘れちゃいませんか? 目ってのは二つある。そう、もう片方の目にもブルーダイヤが嵌ってたのさ。そしてその片割れのダイヤが、このドームにある」

「面白くなってきましたね。――おっと、見えてきましたよ旦那」


 運転手が指さす先には太陽を反射する巨塔――60階建ての超高層ビルが聳え立っている。トランク・タワーと呼ばれるそのビルは、金星ドーム都市で最も豪勢な街にあり、摩天楼の中でも一際その存在を誇示していた。さながら金で出来た杭を、黄金の槌で地面に突き立てたようで、なんというか品がない。

 ま、それはさておき話の続きだ。


「んでもって片割れのブルーダイヤを、その宝石を、盗み出そうと狙ってる奴がいる。神出鬼没の大泥棒。なにしろ、俺に盗めない物はないと豪語してるぐらいだ。ゼロドームにも出入りしてるなら、名前くらいは聞いたことがあるんじゃねえか。WR(ホワイトラビット)、宝の為なら奈落に飛び込む兎の名前を」


 人間をカモにする獣人の泥棒。この白兎はあくどい手段で巻き上げられた、宝石や美術品を狙って盗みに入る。世間では義賊だなんだと騒がれていたりもするが、本人の意志はもっとシンプルで、単純だ。高尚な目的などは所詮、第三者の希望に過ぎないのである。


 伝えなければならない、その為に音楽家は曲を書く。

 残したいものがある、その為に絵描きは筆を執る。


 なるほど、確かに素晴らしい意志だ。だがその根底にはもっともっと判りやすい理由があるのではないだろうか。つまりは本人の欲求。絵描きが画を描くのは、描きたいからだ。ミュージシャンが歌うのは、歌いたいからだ。外側からこねくり回したところで、案外と根は単純である。


 ならば怪盗が盗む理由? これも同じだ、盗みたいからだ。この財力で固めたビルから2億ドル相当のダイヤが宝石が消えたら、面白くなる。泥棒が盗みを企てる理由なんてそんなものだ。


 ビルの前にタクシーが停車し、ヴィンセントは運賃を支払う。

 札束で葉巻に火を点けている依頼主の彫像が正面エントランスの両脇から彼を見下ろしていたが、話の続きが気になる運転手はまったく気に留めてもいなかった。


「う~ん、なるほど。そのダイヤモンドと、泥棒がすごいって事ァわかりました。ですが旦那。旦那と一体どういう風に関わってきたんです? 事の顛末だけでも訊かせて貰えませんか、対決したんですかい、その泥棒と」

「気になるか? 続き」

「生殺しでさあ、このままじゃ倅よりも、俺が夜寝むれません」


 嘯きながらヴィンセントは降車する。それから運転席を覗き込んでこう言った。自信満々、口元を曲げながら。


「明日の朝刊、楽しみにしとけ。これ、チップは息子さんに――おっと、そうだ」

 ヴィンセントは運転手に子供の写真を返す、危うく持っていくところだった。

「そういえば、いくつになるんだ? お宅の息子は」


 何気なく尋ねたし、何気ない質問だった。ところが運転手の表情は露骨に曇り、沈痛な声音でこう答えた。「八歳になります……生きていれば、の話ですが」


 最後の最後でとんでもない地雷を踏んじまった。あり得るだろうか。すっきりと仕事に向かう為の雑談が、こんなにも後味悪く終わるなんて事が。

 さしものヴィンセントも二の句を継げない。ところが、そんな彼の腕を軽く叩き、運転手は満面の笑みを浮かべていた。


「どうです、旦那? ヒヤッとしたでしょう?」


 この運転手は好きだが、一瞬マジでぶん殴ろうかと思ったヴィンセントがそこにいた。

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