More Bounce To The Ounce 2
便利屋アルバトロス商会が有する宇宙輸送船、アルバトロス号。
所々塗装の剥げたオンボロ宇宙船は、場違いなリゾートの停泊所を離れ、あるべき場所、金星の悪所ことゼロドームの船着き場に戻ってきていた。煌びやかな船が煌びやかな街に似合うように、ならず者にはならず者の場所がある。船体名をペンキで殴り書きしているような船に似合うのは、上品な浜辺より東南アジアにありそうな雑多な港である。
そんなボロ船のリビングルームでは一仕事終えたクルー二人がカードを嗜みつつ一足早い、晩酌に興じているのであった。
「あ~、もうお酒飲んでるの! ばんごはん食べられなくなっちゃうよ、ヴィンス?」
ふかふかの白い体毛と尻尾、そして高空の冬空さながらに澄み渡った碧眼。
幼い声で二人を窘めたのは白狐の獣人娘、エリサである。アルバトロス商会に拾われて早一ヶ月、いまではすっかり船の一員である少女は、ある意味では誰よりも常識人であった。
「一仕事終わってるんだ、少しくらい吞んだって罰は当たらねえさ、なあレオナ」
「そゆこと。邪魔も入ったしね」
「もう、レオナも……。あんまりお金かけるのってよくないよ?」
テーブルには酒のボトルとカード、そしてお札が投げ置かれていた。二人が賭けているのは尾行依頼と偶然捕えた賞金首の懸賞金。互いに取り分が少ないと思っていた二人は、自分の財布を厚くする為にカードでの勝負に持ち込んだのであった。
「小銭取り合うくらいならまとめて持ってる方が良いだろ? それに仕事は無くても出費はある、稼がなきゃな」
「でもそれ、レオナのお金なの」
「あいつが持ってても酒に変わるだけだって、エリサも知ってるだろ。ならいっそのこと俺が有効活用してやろうと思ってよ。――そらレオナ、お前の番だぜ」
すると手札から目線を上げたレオナが、レイズを宣言しお札を上乗せした。
「ちまちました金を集めたってしょうがないさ、使う時に使わないとね。どかんと一発大勝負、金は天下の回り物って言うじゃないか」
「お前みたいに後先考えない奴がいるから回るんだ。少しは貯金しとけよ? なにか合った時に困るぜ。俺は貸さねえからな」
「40過ぎのババアみてえな台詞。ポーカーの手と一緒でシケてやがンね、ヴィンセント」
「勝てない勝負はしない主義でね。……フォールだ」
「ハァッ? またかよ⁉ 二人きりの勝負で降りるんじゃないよ、つまらねえな」
ヴィンセント達が興じているのは一度だけカードを交換し、五枚の手札で役を作る一般的なストレートポーカーだ。賭け事が好きではないエリサであったが、そのゲーム性に興味を惹かれていて、二人の勝負を眺めているうちに自然とルールを覚えてしまっていた。
だからこそ不思議でならない。どういうわけか、いつもヴィンセントとレオナのゲームの展開は、似た流れを辿っているのである。最初はレオナが優勢にゲームを運んでいるのだが、気が付けばヴィンセントが優勢になり、そしてそのまま勝っている。今日も同じような流れになり始めていた。
「熱心に勉強するのはいいが、賭け事に熱あげるのは関心せんぞエリサ。子供にはまだ早い」
考え込むエリサを、そう諭したのはアルバトロス商会の雇用主、ダンである。
モヒカン頭にフォックスススタイルのサングラスという、何とも近寄りがたい印象の彼ではあるが、その外見とは裏腹に職人気質の整備士であり、そしてアルバトロスクルーの良き理解者でもある。年長者として子供の成長が気になる部分もあるのであった。
「ねえダン。ダンもカードゲームするよね?」
「む? そうだな、嗜む程度にだが、それがどうした」
「レオナとヴィンスなんだけど、どうしていつもヴィンスが勝ってるの?」
丁度盤面では、レオナの掛け金が半分になったところだった。
「何事も観察することで道が開ける、見るってのは良い勉強になるぞ。特別ヴィンセントが強いって訳でもない、秘訣があるのさ。勝つ為の秘訣が」
エリサは首を傾げる。秘訣の意味が分からなかったのだろう。
「ポーカーフェイスって言葉がある。賭け事に限らず、勝負の世界では相手に自分の心理を読ませたら負ける。表情ってのは心を写す鏡みたいなもんでな、未熟者は自分で制御出来ん。……だが無理に隠す必要はないぞ。表情の動きは心の敏感さの証明でもある、豊かな心があればこそヒトは笑えるんだからな」
頭を撫でられて、エリサは「えへへ」と笑う。みんな力が強いから、思わず首をすぼめてしまうが、とっても嬉しい気持ちになるので、エリサは撫でられるのが好きだった。
「レオナは特に感情のコントロールが苦手だから、本来勝負事にはむかん。よしんば冷静に振る舞えたとしても、ヴィンセント相手にカードで勝つのは難しいだろう。もう一つ、ギャンブルに関する格言があってな。獣人、カードをするべからず」
「どうしてなの?」
差別的な意味合いに取れなくもない言葉だが、ダンは努めて冷静に続きを話した。
「答えは直ぐそこにある、探してみるといい」
便利屋稼業において観察眼は大変な価値を持ち、また真偽を見極めることは日常生活においても大いに役立つ。小さな気配からどれだけの情報を読み取れるかが、大事になっていくるわけだ。エリサはじっと、勝負中の二人を眺め、見えない勝負を見極めようとしていた。
「む、ヴィンセントが仕掛けるぞ」
だが先にレイズを宣言したのはレオナの方だ。ここからどう展開するのか予想しながら、ダンがそう確信した理由をエリサは探す。
「負け始めるとムキになってレートを上げる、悪い癖だぜレオナ?」
「お小言より金を張りな。受けるのかい、それとも又降りンのかい」
「そうだなぁ……、じゃあまずは受けよう。それから、もう一声そこに500レイズ。ほれ、お前の番だぜ、どうするレオナ。受けるか、それとも降りるか。まぁ大金だし、別に逃げたって恥ずかしくないさ」
小馬鹿にしたようなヴィンセントの語り口は、人間嫌いであるレオナの神経を逆撫でするに充分である。
「ほお、面白えじゃあねえかヴィンセント。アタシが人間相手に逃げるかってんだ」
「よぉ~く考えろぉ、スカンピンになっちまうぞー」
「うるせえ、受けてやるよ!」
威勢良く手持ちのお札を全掛けするレオナである。経験浅いエリサでも、これがヴィンセントの作戦であることくらいは見抜けるのに、いざ対面するとそんなに難しいことなのかと、彼女には不思議でならない。
そして、ショウダウン。
手札を開いてみればヴィンセントの圧勝で、掛け金は全て彼の懐に収まることになる。まるでそうなることが当たり前であるかのように彼はカードをテーブルに投げた。
「ほれ、フォーカードだ。お前が意地になって、レイズ仕掛ける時は大概ボウズだからな、カモりやすくていい。毎度寄付いただきありがとうございます」
「くそ、面白くもねえ。こすっからい手、使いやがって!」
「これで二千ドルボロ儲けだ。向きじゃねえな、レオナには。俺に言わせりゃ、お前の手札はガラスケースみたくお見通しのスケスケ。残念賞にボトルの一本でも買ってきてやるよ」
「アタシの金じゃねえか」
「もう俺の物さ。もう一勝負で取り返すか? 掛け金があればだが」
一息でグラスを空けると、レオナは席を立つ。
「預けてやってるだけさ。直に利し付きで取立ててやるから、精々溜めとくんだね」
「オドネル銀行をご利用頂きありがとうございました。またのお預け入れをお待ちしてます」
これぞ勝者の余裕である。ヴィンセントは渾身のドヤ顔でリビングを去るレオナを見送った。次辺りは勝たせてやるかと、企みながら。
無論勝つ為にやっている勝負事だが、何事も「やり過ぎる」とろくな事が無い。例えば、一方的に勝ち続ければ、感情的なレオナとはいえそのうち勝負を避けるようになるだろう。暇つぶしのカードの相手は貴重であるから、適度にやる気を維持させてやらなければならない。それに比べれば、ギャンブルの掛け金など大した出費でもない。
と、向かいの席に新しい挑戦者が現れた。興味津々な碧眼の輝きに対して、ヴィンセントは表情を崩してカードを配る。
「賭け事はいけないんじゃなかったのか?」
「お勉強なの。エリサもすこしだけ遊んでみたいの、いいでしょヴィンス」
楽しげに尻尾を振り回しながらせがまれて、どう断れというのか。そもそもエリサが向かいの席に着いた時点で、ヴィンセントの選択肢は決まっていたのである。暇つぶしついでに遊んでやってもいいだろう。
「なら一勝負だ。でもただ遊ぶんじゃいまいち盛り上がらない。これはギャンブルだ。つぅわけで、何を賭ける?」
よしんば遊びならまだしも、子供相手に本格的に賭けさせるなと、ダンが苦言を呈した。
「判ってるって、現金なんか賭けねえよ。挑んできたのはエリサだから、何を賭けるか決めろ。張るのはそれからだ」
「うーんとね……、それじゃあ、今週のお洗濯当番! 勝った方が今週のお洗濯当番なの」
「仕事好きか、増やしてどうするんだ」
「え? あ、そうか、逆さまなの」
「チップがなくなった方が今週の洗濯当番な。いいぜ、やろうか」
「やったー! エリサからね!」
ヴィンセントと遊べるだけで、エリサは満足なのである。
カードを引く時も、チップを張る時も、勝っても負けても少女は楽しそうだった。もののついでと、少しマトモにカード指導していたヴィンセントも、次第にその堅苦しさが馬鹿らしくなり、純粋にゲームに興じていた。気の抜けた勝負も、たまには悪くない。そうやってカードを切っていると、いつの間にか、彼のチップは底を付いてしまっていた。
決まり手はエリサのロイヤルストレートである。さぞ楽しかったのだろう、ぴょんぴょん飛び跳ねる彼女は、そのままヴィンセントに抱きついた。
「わーい、エリサ勝っちゃったの! 約束だからね、ヴィンスがお洗濯当番なの!」
「参りました。ま、勝負だから仕方ねえ」
「レオナとダンの分もだからね?」
「え⁉ 今週分ってそう意味か」
「エリサの言う通り、今週分ではあるな。助かるぞヴィンセント、近頃忙しくてな。変わってもらえると非常にありがたい。まさか、子供との勝負とはいえ、一度賭けた勝負を反故にするとは言うまいな」
そう語るダンの瞳が、サングラスの向こう側で悪戯っぽく光っているのを、ヴィンセントは見逃さない。
「汚えぞダン、気付いてやがったな」
「侮って、きちんと確認せんからだ。お前さんも一つ学んだな」
皮肉の一つも言いたくなったが、胸元に抱きついたエリサの笑顔に毒気を削がれて、ヴィンセントは首筋をガシガシと掻く。どうもエリサに笑いかけられると、皮肉を思いつく自分の卑しさが鬱陶しく感じるのだ。
自分の子供時代はこんな風に笑っていたか? 曖昧な記憶の彼方と現状を重ねても否定的なイメージばかりが頭をよぎる。時間を重ね、遠い場所で過ごす現在。なにもかもが変わってしまって、残っているものなどなに一つ無い。
要するに羨ましいのかもしれない、少女の純朴さが。
「どーしたの、ヴィンス?」
「……いーや、綺麗だなと思ってよ」
白い毛皮を逆立たせ、エリサはパッとヴィンセントから離れた。毛皮越しでも頬の紅潮が見て取れる。恥ずかしさを隠すようにレオナを呼びに行く、そんな純朴な反応が出来ることが、既に羨ましくもある。
「ふむ、今のは中々いい殺し文句だった」
「懲りないスケベ親父め、親子ぐらいの年齢差だろ」
「……負けず嫌いのお前さんでも、エリサには甘かったな。勝たせてやったんだろ? イカサマの腕は上げたようだ」
訝るように、ヴィンセントは眉を顰めた。現場を押えられなければイカサマは技術なのである。知らぬ存ぜぬで通せば良い。そもそも気付かない方が間抜けなのだ。だが、今回は本当に知らない話だ、なにしろ――
「それが普通に負けたんだよな、ヒラで勝負して。言っとくがそこそこ悔しいぜ」
「まさか、それでこの手役だと?」
「表情も尻尾も全然読めなかったし、おまけにあの強運。ビギナーズラックにしては自然に過ぎる。遊びで良かった」
と、ぱたぱたと特徴的な足音に二人の視線が通路に向く。急ぎ足で戻ってきたエリサが連れていたのは、始めてみる人間の男である。
「ダン、ヴィンス。お客さんなの!」
「ああ、ありがとうお嬢さん。貴方が船長でいらっしゃいますか?」
伺いを立てる相手が違うと、ヴィンセントは黙ってダンの方を指さした。オイル染み目立つ作業服の所為か、時折発生する勘違いである。
「これは……失礼しました。こちらでお願いしたいことがありまして。どんな危険な仕事でも受けていただけると聞いたものですから。そのぉ……、依頼がありまして」
緊張しているのか、歯切れのわるい話し方をする男に気を遣いながらも侮らず、客人にソファを勧めるダン。
「それは内容如何によりますな。とにかく話を伺いましょう」
「ある荷物を届けていただきたいのです」
紳士的に帽子を脱いだ客人が持ってきた依頼は、まぁ悪くない話だった。




