More Bounce To The Ounce
便利屋――それは宇宙時代におけるトラブルに対する切り札である。
個人業から大企業まで事業規模は幅が広く、またその業務内容も多岐にわたる。無限の宇宙を征く宇宙船、飛び回る戦闘機、ド派手な銃撃戦と少しばかりのラブロマンス。魅力的でエキサイティング、冒険心をくすぐる職種は、今ではミリタリー、ポリスアクションに並ぶアクション映画のテーマとしても確固たる地位を築いている。
と、まぁ持ち上げてはみたものの、そんなのはフィクションの中のお話であって、実際のところは軍人や警察官の仕事が地味で厳しい業務の積み重ねであるように、便利屋の現実もまた9割方が味気ない物である。フィクションはフィクションだからこそ楽しめる。残りの1割を現実と混ぜ込んで便利屋業を目指す奴がいるなら先人としてこう言っておこう。「人生を無駄にするな」と。
便利屋アルバトロス商会で働くヴィンセント・オドネルは退屈そうにハンドルに顎を乗せながら、潮の香りを感じていた。金星上に建設されたドーム都市、そのうちの一つであるリゾート都市に足を運びながら、行き交う女性達に声を掛けることもせず、彼がダッジのピックアップの車内に篭っているのは、この行為が仕事だからである。
今回の依頼は10メートル先に停車している車内のカップル、その動向を調べること。しかも相手はお互い浮かれている一般人だ。張り付いている側にも緊張感は薄く、証拠写真を取り終えた今となってはただただ退屈なだけだった。それは助手席にいる相棒も同じだろう。
虎の女性獣人であるレオナもまた、この依頼に駆り出されていたが、そもそも気性が荒く短気な彼女が、一般人を尾行するだけの退屈な仕事に合うわけも無く、早々にヴィンセントに全てを任せて車窓から景色を眺めている。
癖のある茶髪を一つにまとめた彼女は、なるほど野性的な魅力溢れる女性である。谷間を強調した服装は間違いなく人間、獣人を問わず男性の目を惹いていたが、彼女の凶相に貫かれるなり声を掛ける暇も無く男共は目を逸らしていった。
そんな無言のやりとりを信号待ちの度にヴィンセントは見ていたが、カップルで溢れる海岸線に停車した今となっては、愉快なことなど起きもせず、言ってしまえば暇を持て余していた。
「そこに愛はあるのだろうか……なんてな」
「おい、寒気したぞヴィンセント。それよかクッソ暇なんだけど。久々にゼロドーム以外の街に来たってのに、なにが悲しくて人間共の不倫を眺めてなくちゃいけないのさ」
「お前が大好きな肉を買うのに必要な物を知ってるか? 愚痴るなよ、レオナ。俺だって他人のイチャコラ見たって面白くねえさ。最近は大きな依頼も、大した賞金首もいねえし、懐は寒くて余ってんのは時間だけ。仲介してくれたルイーズに感謝しねえと」
「他にやりたがる奴がいなかっただけでしょ、こんなの。貧乏くじさ」
「好き好んで人のファックを覗く奴なんかいないだろ?」
「ケッ、なにが感謝だ。こりゃあアレだね、新手の拷問だよ。暇死ししそう」
「この程度でくたばるなら俺も助かるね」
「…………いい尻」
暑さと退屈に脳細胞がやられたのか、ぽつり呟いたレオナを見遣るヴィンセント。丁度車の横を通り過ぎていった二人組の女性を彼女は眺めていた。――食い込んだ水着がそそる、確かにいい尻である。
「右か? それとも左か?」
「腕は二本あるさ」
「大食漢なこって。時々お前が女だってこと忘れるぜ」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ。男と女の区別も付かないとか、目ン玉、腐ってんじゃないの? 胸ガン見しといてよく言うよ」
「それがあるから女だってことを思い出せるんだ。ま、性的嗜好は各々の自由だし咎めやしねえが、エリサに変なこと吹き込むな」
「うるせえ、アタシをその辺の変態共と括りやがンのか? 真性のペド野郎さんよ」
「お前こそだまれ」
似た流れは数度目、時間を持て余して口を開けば憎まれ口のたたき合いだ。このリゾート地においてなんと建設的な会話だろうか。尾行が付いているとも知らず、前のカップルはこれ見よがしにイチャついていた。なにが悲しくていい年こいたおっさんと若い女のラブシーンを眺めなくちゃならないのか。しかも虎獣人の相棒と並んで。
「これ、撮り終わったらどうすんの?」
「現像して依頼主に渡す。報酬は酒に変わって散財。その後はまぁ、旦那はろくな事にならないだろうが、俺等の知ったこっちゃねえやな」
「写真なんざ気にしてないっての。このあとどこによるかって話、アタシ腹減ってンだけど」
張り込みの最中に飯の心配とは豪気な事だ。ヴィンセントはゆったりと首を振り、不倫現場に目を戻した。
「――にしてもヴィンセント。男ってのはどうしてこう浮気したがるのかね。とっかえひっかえしやがって、女は車じゃねえっつの」
「男に限った話か? 女もとっかえひっかえするだろ、宝石みてえによ。……なんでお前と恋愛の定義について話さなきゃなんねぇんだよ」
「アタシだって御免だよバカ。暇つぶしてるくらいなら銃の整備してる方がマシだってのにさ、ダンの野郎、こんなガキの使い押し付けやがって。あ~~~、かったりぃ! あいつが来りゃよかったろうが、クソ! あと何時間かかンさ」
「尾行ってのは目的達成まで続けるもんだ。地味なんだよ」
「おいおい、まさか、このままベッドインまで待つつもり? 冗談でしょ。吐きそうだぜ」
「決定的証拠をご所望だからな。何度も言うけど、俺だってやりたかねえ」
飛行機で飛ぶことを愛する男が、一般人の尾行に喜びを見いだせるはずがなく、似たような愚痴を繰り返し溢し合っていた。
と、件の浮気男が盗撮されているとは露知らず、愛人を抱き寄せ熱い口付けを始める。
仕事ととはいえ、辟易しながら張り込み続けているヴィンセント達の気を惹いたのは、車のドアをノックした固い音。そして、そこにいるアロハ姿の男がこう言った。「車を降りろ」と。
そいつはバッジを付けているわけでもなく、駐車違反を取り締まっているわけでもない。ともすれば命令される謂われもないので、当然拒否だ。命令口調が気に入らないヴィンセントは、男の頭が日射しで煮えていないかを心配した。
「海辺でマッチョな男とホモりてえなら他を当たってくれ」
「断られたから来たんじゃないの、両方に。センスがイマイチだし」
嘯くレオナの助手席側にも男が一人立っている。なるほど絶望的センスのアロハシャツだ、あれじゃ余程の顔面偏差値の持ち主か、富豪でも無ければ女性は振り向かない。
「う、うるせえな、いいから降りろ! この車は俺達がもらう!」
「いやいや、やめとけって。……俺達は便利屋なんだ、ここはお互い穏便にいこうや。なぁ?」
「なら俺は天気予報士だ。 黙って車から降りろ! 便利屋なんざ、そんなもん金星にゃごまんといる、俺達がビビっと思ってんのか!」
退屈な依頼の最中とはいえ、監視対象の近辺でドンパチするのは宜しくないが、男達は最初から既に銃を抜いて扉越しに押し付けられている。渋々、ヴィンセント達は降車した。
「勘弁してよ、まったく。アタシは、このバカ人間のドライブに付き合ってただけなんだから、新車を自慢したいってさ。マス掻きに付き合わされてるってワケ、このくっそ暑い中を! 興味も無いのに、良い迷惑だよ」
「おい、待て。俺の所為だってのか?」
「ああ、そうさ。いつもいつも、アンタといると面倒ばっかりでウンザリさね。退屈な仕事に、そのうえ馬鹿が二匹。あ~あ嫌になる、今日も同じじゃねえか」
「HAHAHA! 巫山戯ろ、毎度毎度トラブルこさえてるのはどこのどいつだ。うんざりしてるのは俺の方だっつんだよ、脳筋女め」
「ンだとこの野郎ッ!」
男達に銃を突き付けられていることなどお構いなしに揉め始めるヴィンセントとレオナ。痴話喧嘩さながらにボンネットを挟んで罵声を浴びせ合っていると、むしろ、早く撤収したい男達の方が慌て始めた。「静かにしろ」と言ったところで二人は止まらない。
「うるせえな、すっこんでろ! ――いいかレオナ、今日という今日は勘弁ならねえ。思い知らせてやるぜ」
「ああ、やってやろうじゃねえか」
「お前達いい加減に――」そう言って男が肩に手を掛けるのをヴィンセントは待っていた。素早く振り返り様に突き付けられていた拳銃をはじき飛ばすと、追撃の膝蹴りで大人しくさせる。後は銃を抜いて制圧すればお終い。まったく、騒ぎになっちまった。
「ほいチェックメイト。明日の天気でも聞かせてもらおうか。――レオナ、そっちはどうだ」
「ラクショー。ってかアンタら張り合いなさ過ぎ、見かけ倒しかよ」
彼女は彼女で、向けられていた銃を捻り上げると、頭突き一つで相手を黙らせていた。呻く男を踏みつけながら、残念そうに彼女は舌を出している。まぁたかが車強盗に、レオナの暇つぶしの相手は荷が重い。
「お、見てみろレオナ。こいつら賞金掛かってるぞ、車両密輸の調達犯だとよ」
男達の情報を照会していたヴィンセントは、意外そうにケータイを放った。
「うわぁ賞金やっす。ガキの使いじゃあるまいし、誰も狙わないわけだ。小遣いかよ」
「逃げた猫探す方がいい額になる。ただ働きじゃないだけ、良しとしよう」
回りにはすでに人だかりが出来てしまっている、尾行対象にも見られただろうから、この際気にせずに警察を呼びつける。男二人を並べて縛り上げて電話をしていると、彼等が騒ぎ始めた。
「賞金? くそ、お前等賞金稼ぎだったのか⁉ 俺達を待ち伏せてやがったな卑怯者!」
「いやいや眼中に無かったっつの。そっちが勝手にちょっかい出してきたンだろうが――それにアタシ等は賞金稼ぎじゃないから」
車泥棒が、苦しげに呻いて顔を上げた。「どういう意味だ?」と問いたいのだろう。先にヴィンセントが答えてやる。
「そゆこと。覚えけ、俺達は便利屋、アルバトロス商会だ」




