Epilogue
いかに散らかっていようと、やはり自室は落ち着く。
無事に依頼を終え金星へと戻ったアルバトロス号。ゼロドームとの通信圏に入ると、自室で煙草を燻らしながら、ルイーズとの通信回線を開いていた。
『一週間ぶりかしらネェ、お帰りなさいヴィンス。撃たれて刺されて爆発して――毎度毎度、怪我だらけでよくもまぁ無事なものネェ、あなた』
「爆発はまだしたことがねえ、そこまで充実した生活とは縁がねえし」
『そう? 案外贅沢なのかも知れないわよ、気付いていないだけで……ネェ?』
相変わらずの美貌は画面越しでも威力充分。ルイーズは微笑を浮かべると、その後の経過を話してくれた。
誘拐に関わった時点で犯人達の首には賞金が掛かるので、そうなれば生け捕るか天に昇らせるかは賞金稼ぎ次第で、どちらに転んでも法に責められることはない。なのでヴィンセントが気にしていたのは、それ以外の、例えば、新たな恨みを買っていないかどうかだった。
だが、その懸念をルイーズはあっさりと否定した。
『電話越しで怖気を震う日が来るなんて思ってもみなかったわよ。ドン・レオーネから貴方達への感謝の言葉を預かっているわ、二度不始末を片付けてくれた礼をしたいとのことよ。この件で発生する以後の問題は彼等が引き受ける、と』
「律儀なこって」
『それからヴィンス。一つ気になる情報が入っているのだけれど、確認させてもらえる?』
ルイーズの表情が引き締まる。彼女は公私の切り替えが判りやすい分、ヴィンセントも身構えやすかった。
『出所は不明なのだけど。獣人のみを標的に出来る兵器、その開発データがゼロドームに持ち込まれたという情報があるのよ。貴方、何か聞いてない?』
「……聞いたよ、アントニオから。どうもあいつは、そのデータを隠したペンダントを探してた。俺がエリサの親父から預かったペンダントが、そのお宝だと思ってたらしい。ま、とんだ勘違いだったが」
『ペンダント? 中身を確認した?』
「ああ。あれは確かに百万ドルの価値があった。ま、俺達には何の意味もねえけど」
『詳細を教えてもらえるかしら』
別段隠すことでもなし、話してやろうとしたヴィンセントだが、扉がノックされる音に耳を向ける。エリサが廊下から呼んでいた。
「オーケイ、いま行くよ! 悪いルイーズ、話の続きは事務所に行った時でいいか。心配しなくても、エリサのペンダントには悪魔は憑いちゃいなかった」
『そう』と、信じてルイーズは微笑み、小首を傾げて続けたのだった。
『次はエリサちゃんを連れてきてくれるかしら。私も一度話してみたいもの』
「人気者だね、エリサは。判った、連れてくよ」
挨拶してから通信を切ると、ヴィンセントは廊下に出た。そんなに時間は経っていないが、エリサは尻尾をぶんぶん振りながら「おそ~い」と冗談めいてむくれてみせる。記憶を取り戻したエリサの明るさは、よりいっそうの輝きでヴィンセントを照らしていた。
「どうしたんだよ、そんなにはしゃいで」
「見て見てヴィンス! ダンがね、ペンダントの鎖を短くしてくれたの、なくさないようにって。これでもう、なくなさないよ」
「今までぶかぶかだったもんな、ちゃんと礼は言ったか?」
「もちろんなの! エリサ、ちゃんとお礼言えるよ」
エリサが胸を張ると、首元に調節されたペンダントがふわりと跳ねる。どんな高値が付こうとも、あのペンダントが持つ真の価値を知る者はエリサ一人だけだ。他の者が手に取り、調べようが、エリサ以上に大事に出来る者などいない。
「あとね、もう一個、ダンにお願いしたことがあるの」
エリサはそう言ってヴィンセントにペンダントの蓋を開け、中身を見せる。
片面には、エリサと父親の写真が填められていて、膝に娘を乗せた仲むつまじい親子の姿は、眺めているだけでも望郷の想いをヴィンセントに抱かせた。そして、もう一面には――
「エリサね、ずっと大事にするから。パパとの思い出も、ヴィンスや、レオナや、ダン――、これから起きることも全部、エリサの宝物なの!」
そして、ちょっぴり潤んだ碧眼でエリサは笑う。でも、伝えようとした言葉は、涙に埋もれて出てこなかった。
「ふ……、飯の時間だろ? それで呼びに来たんじゃなかったのか」
「あ! ああ、そうだったの! レオナ達待ってるよ。早くいこヴィンス!」
「判った判った、引っ張るなって」
その腹に様々な想いを抱いて、アルバトロス号は宇宙を征く。その行く末は、彼等を包む宇宙と同様に無限の可能性に満ちている。それは苦楽多き旅路であろう、しかし未来は誰にも判らない。人の成長と同じように――。
まったくとんだ荷物を預かったものだ。
少女の後ろ姿を眺めながら、ヴィンセントは思う。
だが、不思議と、悪い気はしなかった。
星間のハンディマン第二話、いかがだったでしょうか。
やっぱり獣人の女の子って可愛いですね~
はてさてこの先どうなるのか。
よろしければ簡単な感想、レビューをお願いいたします。
三話目の投稿には少しお時間をいただきますが、話はまだまだ続きますのでどうかお待ちくださいませ。
それでは次の話でお会いしましょう!




