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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Angels With Dirty Faces
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Angels With Dirty Faces 11

 形勢は火を見るよりも明らか。火花が散り、跳弾の音が甲高くヴィンセントの耳元を掠める。遮蔽物に隠れていても、ストライプの弾丸は彼の動きを見透かしているかのようで、常に一歩先、二手先を潰す弾痕は嘲笑うえくぼを彷彿とさせる。彼はストライプの強さを肌で感じていた。小狡かったマルコや、その弟とは違い、こいつの強さは幾多の銃撃戦で培われたものだ。無駄に粋がるチンピラよりも遙かに手強い。だが、ここで挑発に乗ればストライプの思う壺だ。眩む視界を安定させる為にもヴィンセントは時間を稼ぐ。


「よく俺等がこっちに逃げるって判ったな。そんなに子供の尻追いかけるのが好きか!」

「同じ手が何度も通じるとは思わないこった。それにあの虎女、あれはいただけねえ」


 ストライプは悦に入りながら嘯くと、隠れているヴィンセントに向けてヘッドセットを放る。それはレオナの左耳に付いているべきものだった。


「筒抜けなわけだぜ……!」


 ヴィンセントは少しでも体力を回復させる時間が欲しかった。ストライプにマルコと同じ運命を辿らせるにしろ、残弾は少なく、力尽くで伏せさせた時に、エリサに撃たれた脇腹からの出血の所為で意識も危うい。一発でいい。確実に当てる機会を狙う。


「しっかし、よく生きてやがったな。マルコと一緒にくたばったもんだと思ったのによ」

「自分の身も守れなかったマルコはどの道、先も無かったさ」

「それで復讐か、笑かすぜ。マルコがくたばったのは自業自得、テメェが掘った墓穴にテメェが埋まっただけだろ。恨まれる謂われはねえな、相手間違えんなよ」

「恨んじゃいないさ。レオーネは衰えてるが呆けちゃいない。マルコはそこを甘く見てた」

「お宅もだろ、ストライプ。海賊程度で片付く程、ウチの船は柔くねえ」

「海賊? ああ、それもアントニオが嗾けたのさ、前哨戦のつもりでな。ろくすっぽ考えずに獣人なんぞ雇うからしくじる。俺としては事務所での段でお前とのカタは付いてたんだ。レオーネを狙った復讐ならもう少し付き合ってやってもよかったんだが、業突張りの荷物持ちは御免だ。勝手にガキまで攫ってきやがってよ、あそこまで馬鹿だと救いようがねえ。だが悪いことばかりじゃあなかった。あのガキと、ペンダントだ。ファミリーには長い間使われてきた。退職金代わりに丁度いいお宝さ」


 これがヴィンセントには判らない。確かにエリサのペンダントは高価な物だが、積み上げてきた経歴全てを捨て、新しい人生を歩む為の資金になる価値があるとは到底思えない。


「他のアクセサリと間違えてないか? たかが純銀製のペンダントだろ、騙されてるぜ」

「売り物は中身だ。俺としちゃ退職金になりゃそれで良し。それにこれ、二重の生体認証ロックと大層な代物で鍵を掛けてやがるんだ。たかがペンダントにそこまでする必要が?」


 ヴィンセントの脳裏によぎる、エリサの親父が遺した言葉。あれが妄言で無かったとすれば、ペンダントの中身がなんであれ、取り返す理由が又一つ増えたことになる。


 饒舌に話したおかげで互いの位置は丸わかり。条件はこれで五分だが、尚も謳い続けるストライプに好機を見出し、ヴィンセントは最適な射撃位置を求めて移動した。だが、彼が物陰から飛び出すや、ストライプは饒舌を噤み、代わりに浮かべた不敵な笑みを銃口と一緒にヴィンセントへ向け、九㎜口径を放った。


「――同じ手は通じねえ、そう言ったろ便利屋」


 撃たれたもののまだヴィンセントは生きていた。不幸中の幸い、弾丸は彼が構えていた拳銃に命中し、直撃は免れていた。しかし、撃ち弾かれた拳銃に引っ張られて身体が捻れ、脇腹の銃創が悲鳴を上げた。手が痺れ、足が痺れ。歯を食いしばって足掻いたものの、身体が言うことを聞かない。地面を跳ねる愛銃に手を伸ばすことさえ出来なかった。


 そんな彼にストライプは悠々歩み寄ると、思い切り傷口を蹴り飛ばした。


「――かっハァ…………ッ!」

「終わりだ便利屋。ガキに撃たれた傷の所為でくたばるとは、獣人は助けるもんじゃねえな。どうした? さっきまでの軽口は? 最後に冗談の一つでも聞かせてくれよ」


 青息吐息、壁に寄り掛かりなんとか上体を起こしているヴィンセント。呼吸するのも苦しいが、彼は俯かなかった。赤い唾を吐き、彼は言う。


「……ペンダント置いて逃げるなら、今日の所は見逃してやる」


 ストライプの笑い声。次いでもう一度、ヴィンセントの脇腹に蹴りが刺さる。これまでとは比較にならない激痛に彼も叫ばずにはいられなかった。身体の内側からハンマーで殴られているような痛みに襲われながらも、意思の力で気絶だけは耐えた。


「面白かったぜ、他にもジョークはあるか?」

「とっておきのが。静かな夜だと……そう思わねえか。薬莢の落ちる音も聞こえそうに――」

「ああ、お前の悲鳴もよく響く」

「俺達の他に銃声がねえんだよ。お宅の仲間はとっくにくたばった、逃げるなら今のうちだ」

「虎女が突撃ラッパ鳴らして助けに来るってか? あの人数を一人で突破して。ハハハ、今度のジョークはつまらないぜ。ハッタリにしてもお粗末だ」

「俺を取り逃がした連中にレオナの相手が務まるかよ。もう一度言うぞ、逃げて隠れろ。必ず見つけ出してやっからよ。相棒に取られちゃ楽しみが減る」


 その眼には一切の感情が見当たらない。死に瀕した絶望や、生に縋る狂気。消える刹那であっても生命が宿すべき力が微塵も見当たらなかった。例えるなら死人に向ける眼差し。まるで過去を語るように、ヴィンセントは未来を話している。


 得体の知れない感覚にストライプの本能が警鐘を鳴らしていた。この男は本気で言っていると、この場から早急に離れるべきだと。気が付けば、彼は銃を構えていた。


「ところが地獄からじゃあ手は届かない、マルコによろしく伝えておいてくれ」


 じわり絞られる銃爪を、ヴィンセントは静観していた。

 全く不自由な身体。動かない。――たかだか子供一人に命を張って死ぬことになるのか。自嘲に歪むヴィンセントの口元だったが、その諦観を責めるように少女の声が響く。


「ダメーーーーッ!」


 銃声と悲鳴、胸に衝撃……。息が詰まり、ブラックアウトしていく視界。

 継続的な旋回で奈落へ引き込まれるように、虚ろ虚ろと沈む意識。


 混濁する意識の途切れる刹那、白い毛皮が見えたんだ。これまで何度も死にかけた。もうダメだと、感じたことも多かった。だが、神なんぞ信じちゃいない。それでも生き残ったのは運がよかっただけなのさ。神の御技なんてもんじゃなく、偶然の産物だ。


 かの有名な人類初の宇宙飛行士ガガーリンは言った。「地球は蒼かった、だが神はいなかった」と。けれどもしも天使がいるのなら、きっとこんな姿をしているんだろう。

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