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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Angels With Dirty Faces
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Angels With Dirty Faces 10

 辺りは暗闇ばかりで誰とも出会うことはなかった。海に近いことは波音で判ったが、ここはエリサの知らない場所だった。彼女は後ろ髪を引かれる思いを抱えながら、ヴィンセントの示した方向へと走る。


 目指すのは西ゲート。そこまで行けばダンとレオナが迎えに来てくれる。だから怖くない、頑張れる。そう言い聞かせ前を向く。諦めないと誓ったのだ、生き延びると決めたのだ。


 ヴィンセントも、必ず――来てくれる。そう信じて。


 海風が頬を撫ぜても、熱を持ったエリサの身体は僅かも冷めず、苦しい呼吸が胸を締め付ける。と、エリサは、はたと立ち止まり自分の手を見下ろした。どこか虚ろな皮膚感覚。ヴィンセントを撃った反動が染みついたように残っていて、手を握っても力が入らない。


 三発。三発しか撃っていないのに、銃という武器の怖さをエリサは心に刻みつけていた。幼い彼女も銃がどういったものなのかは知っていた。けれど、本当の怖さをエリサは心底思い知ったのだった。容易くヒトを傷つけてしまう、恐ろしいものなのだと。


 そんな凶器で……この手でヒトを撃った。恩人を撃ってしまった。多分、殺すつもりで撃っていた。それなのにヴィンセントは責めることもしなかった。怒らずに、叱ってくれたのだ。「生きろ」と道を示し、「逃げろ」と言ってくれた、笑いながら――


 嗚呼、その横顔は、最後に見た父の笑顔と重なっていた。



 エリサを逃がす役目を、ヴィンセントは果たしたろうか。レオナも又、合流する為に西ゲートを目指していた。もし万が一にもしくじりエリサに傷でも付けていようものなら棺桶から引っ張り出してもう一度殺してやる。そう決意した彼女の真横へ、スリップ音も高らかにダッジ・ラムが急停車した。


 反射的に銃口を向けると助手席側のドアが開かれ、運転席のダンが「乗れ」と急かした。

 レオナが飛び乗るやトラックは急発進し、運転席のダンが矢継ぎ早に問いかける。彼女には原因がさっぱり不明だが、なにやらお冠である。


「お前さん一人とはどうなってる⁉ 呼ばれて拾いに来てみりゃお前達はいねえ! 代わりに屯してた阿呆共に撃たれるはで散々だ、俺の車穴だらけにしやがって。二人はどうした?」

「どうして東から入ってきたのさ、回収は西ゲートって無線あったでしょ」

「西だと⁉ 何の話だそれは、聞いてないぞ」


 レオナの無線機は故障している。なので連絡はヴィンセントに任せたのだが、どうもおかしい。それに厳密に言えば、彼女のヘッドセットは送信機能が壊れているだけで、受信は出来る。なのに回収地点変更の連絡を彼女も聞いた憶えがなかった。ふと気になって左耳を探ると、あるはずのヘッドセットが無い。


「なんか嫌な感じだ。ダン、とにかく西ゲートへ」


 ヴィンセントが先に付いていれば、どこかに隠れて待っているだろう。レオナはダッシュボードに置かれている無線機から、待機しておくように無線を飛ばす。


「いまダンと合流した。東から拾いに行くから下手に動くんじゃないよ。……聞いてんの⁉ ――これ通じてンの?」

「はずだがな、先刻から呼び出してるが応答がない」

 苛立ちも露わに、無線機を投げ戻すレオナ。どうにも嫌な感じがする。レオナはセンターコンソールを乗り越えて無理やり後部座席に移動した。

「レオナ、無茶をするな馬鹿モン!」

「いいから前見てな、壁来てるよ」


 ダンは衝突を避け、揺れる車体を安定させると、積みっぱなしにしておいたギターケースに手を伸ばしているレオナを、バックミラー越しに見遣る。


「やれやれ、キリがねえな」

「ここまで来てンだ、出し惜しみなんかナシさ。アンタだって感じてンだろ、粘っこい血の臭いを。まだ終わっちゃいねェ」

「やはり勘が鋭い。お前さんを連れてきたヴィンセントの見立ては正しかったというわけだ。レオナ、お前さんにゃ天性のセンスがある。この商売じゃ重要だ」

「野郎に褒められても嬉かないね。それにこの程度、トーシロでもなきゃ誰でも気付く」

「一つ注文を付けるなら、個人的な感情は置いて仕事に臨んでくれるとありがたい」

「仕事だって? 給料(ペイ)でも出ンの?」

「生憎とこいつはサービス残業だ。それとも仲間のケツを拭くのは不満かね」

「人間なんざ仲間じゃないね」

「ならば同僚だ」

「ふん、まぁいいさ。アイツにでも請求するよ。尻の毛まで毟ってやる」

「お前さんの懐が暖まるのも、二人が無事であってこそだ」


 だからこそダンはアクセルをベタ踏みしていて、レオナはギターーケースから取り出したボルトアクション式狙撃銃を組み立てていた。


 ヴィンセントが微塵に刻まれていても構いはしないが、彼の死は、同時にエリサの無事を否定することになる。無事を願って吐いても、エリサが一人きりで非道な誘拐犯から逃げ切れると楽観する程レオナは呑気では無かった。


 ふと、前方を凝視していたレオナが「見つけた」と呟く。

 しかし、ヘッドライトが照らす先には闇が拡がるばかりでダンは困惑していた。


「人間の視力じゃ無理さ。横にして停めな。エンジンも切れ」


 彼女指示通り、ダンは車体を横滑りさせ停車させる。


 エンジンが停止すると車内も車外もなくなり、唯々静かになった。後部座席の窓は誘拐犯達の銃撃で割れてすでになく、レオナは窓枠に銃を預けて四倍望遠のスコープを覗き込む。 遠くの照明。蠢く人影。三〇〇メートル遠方の光景に彼女は渋面となった。

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