Angels With Dirty Faces 8
ヴィンセントはエリサを抱きかかえて西ゲートを目指していた。誘拐犯の大半がレオナとの銃撃戦に興じているおかげで、見張りの一人とも出会っていない。
とはいえ、普段から走り込んでいても、流石に三〇㎏近い荷物を抱えてのマラソンはしていないので、腕は重いし、足も攣りそうだ。呼吸の度に吐きそうになる。
「はぁ……はぁ……。マジで煙草やめっかぁ、ちくしょう」
後は逃げ切れればこの誘拐騒動も一応の終わりを見る。今日の所はとりあえずエリサを奪還出来ればよし。落とし前は必ず付けさせるが、とにかく脱出が最優先だ。
まだ銃声が散発的に聞こえるが、レオナを本気で殺すつもりなら手段から間違っている。人間のみで彼女を殺そうとするならば、銃を担いで向かい合わずに砲兵隊でもよんで埠頭ごと吹っ飛ばした方が良い。寧ろそれ以外にレオナを仕留める方法があるのだろうか。
ヴィンセントはそう思うからこそ、レオナの策をのんだ。重機関銃に睨まれた状況下でエリサを抱えながらの撃合いは彼女も避けるようになっていて、そしてヴィンセントもまた、彼女にしてみればお荷物だ。
「本当に任せて平気なのか? 手伝いは」
「いらない。つーか邪魔」
無用な心配だと、ヴィンセントの提案はこの一言で却下されたのである。
連携は組む者同士が互いの実力や思考を汲み、信頼し合えばこそ成り立つ。そして能力が拮抗している程バランスも取りやすいのだが、この戦闘能力の部分が厄介で、二人の間には差と呼ぶには大き過ぎる開きがあり、そんな仲間を庇いながら闘ったのでは折角の戦闘能力に枷を嵌めてしまう。つまり控えめに言ってもヴィンセントは足手纏いなのだった。
「ダン、第二回種地点に変更だ。急いで頼むぜ!」
『――よ―聞――繰り返せ――』
「買い換え確定だな。故障だけかと思ったら電波もわりぃ、まったくよ。エリサは奪還した、レオナは交戦中だ。先に俺達を西ゲートで回収してくれ!」
そこまで行ければこっちのものだ。息も切れ切れに無線機に呼びかけるヴィンセントだったが、やおら横っ面を殴られて視界が明滅する。踏ん張りきれずよろめき倒れるヴィンセント。ヘッドセットも吹き飛び、エリサと一緒に拳銃まで取り落としてしまう。
彼に一撃を入れたのは建物の陰に潜んでいた誘拐犯だった。殴りつけてきた突撃銃の銃床は固く、ヴィンセントは額から血を滴らせながら見た。自らへ指向する銃口の動きを――。
撃鉄が落ちる。その前にヴィンセントは誘拐犯に体当たりをカマし、そのまま突撃銃を掴んで銃口を空へと向けさせた。無理やり銃爪を引かせるとフルオートで銃弾がバラ撒かれる。
押し合いへし合い、取っ組み合ったままヴィンセントは誘拐犯を壁に押し込んだ。突撃銃が弾切れになるとハンドガードと銃床を掴み、舵切るように回して男から銃を捻り落とす。
武器がなくなれば殴り合いだ。誘拐犯が振るう拳を潜り避け、腹に向けて左右のフックを差し返すヴィンセント。ひたすら腹を叩き続け、誘拐犯が呼吸困難に陥ったところでもう一度壁に叩きつける。そのまま左手でショルダーホルスターから拳銃を抜き、誘拐犯の胸に押し付けて銃爪を引いた。
訓練はしておくものだ。血を吐き倒れた死体を見下ろしながらヴィンセントは心底そう感じた。レオナの拳とは比べるべくもない。傷む額を手で拭うと、血でぬめっていた。
「ッつぅ……くそ、なにをやってんだ俺は……」
体力の消耗は集中力も削り結果この様、なんと間の抜けた負傷だ。自分だけならまだしも、放り出した所為でエリサにも怪我をさせてしまったかもしれない。
様子を確かめようとしたヴィンセントはしかし、左手の銃把を握り直す。背後を狙う銃口の視線をひしひしと感じる、続けざまの不意打ちなど誰が喰うか。
素早く振り向き銃を向けるヴィンセント。――しかし、撃鉄は落ちなかった。ただ愕然としたまま彼は、エリサを見つめていた。




