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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Angels With Dirty Faces
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Angels With Dirty Faces 6

 個人業ながら始業時間と終業時間は目安として設けているが、時には残業が発生することもある。従業員は一人きり、そして客は時間を選んでくれるような相手では無い。なので実のところは二四時間営業だ。


 時は金なりという諺もある。それに懇意にしてもらっているアルバトロス商会との取引ならば応じておいて損はない。そんなわけで、一人事務所でパソコンに向かうルイーズは、買い置いておいたシリアルバーをかじりつつ情報集にあたっていた。今夜は外食を考えていたが、コーヒーでバランス栄養食を流し込むだけの何とも質素な夕食になってしまった。


 手元にあった情報は流したがまだ不足だろう。獣人の子供が攫われた程度では誰も騒がないことくらい生まれる前から知っている。寧ろいなくなることを望んでいる人間の方が多いのだ。貶まれ、忌避されるのが異形の定め。それは孤児(みなしご)のエリサも、美麗なルイーズも同じ。


 耳と尻尾と毛皮を持った人間の紛い物。獣の遺伝子を晒した無様な姿というのが、多くの人間が抱いている獣人への印象だ。


 獣人が被害者の事件はほとんど注目されない。――だからこそ、やりがいがある。


 食べくずの付いた指先をぺろりと舐めたルイーズは得意先の電話を鳴らす。


「お待たせしたわねダン、続報よ」

『おお、ちょうどよかったぞ猫ちゃん(キティ)。タイミングが良い。退屈で危うく眠っちまうところだった。調子はどうか、よろしくやってるかい?』

「上々よ、おかげさまで冷たいコーヒーと健康食の夕食」

『ほほう、そいつは朗報だ』


 ルイーズは微笑を浮かべて息を漏らす。

「……ちょっと、酷くないかしらァ? 私にも予定があるのだけれど」

『妬けちゃうねえ、ルイーズ。もしかしてデートの約束でもあったのかい? だとしたら詫びるが一つ言わせてくれ、娘っ子にはまだ早い』

「アラまぁ失礼なおじ様だこと。そういう貴方こそ、いつまで女性のお尻を追いかけるつもりなのかしら。年相応にするべきは私よりも貴方の方でしょうに」


 全く以て大きな下世話だ。淑女に対する態度ではないのだが、最早慣れてしまったルイーズは流れ作業であしらうのみ。そろそろ本題に入りたいので、彼女はスッパリと切り替えた。


「もう十分、本題に入りましょう」

 彼女はキーボードを叩き、まとめた情報ファイルをダンの端末に送信する。


『ほぅ、これだけの情報をあの短時間で……』

「明日の天気を調べる方が大変でしょうネェ。リストを確認して貰えば理由は判るはずよ」

『……こりゃまたどうかしてるな、連中は一体何を考えてこんな装備を揃えた。突撃銃に散弾銃、手榴弾まで。誘拐程度でこんな武装が必要とは到底思えん。それに数も多い、いや多すぎる。これだけ買い込んでるって事ぁ、頭数は同等かそれ以上だ』

「そのおかげで目星は容易く付いたわ。他にもあるわよ、ヴィンセント達を狙うにしては過剰だけれど、一番の大物は重機関銃でしょうネェ」

『厄介だな。戦争でもおっぱじめる気か』

「おそらくそのつもりよ――ところでヴィンスは? 随分と静かネェ」

『ん、ああ……いや、あいつは…………いま席を外している』


 ダンは何故だか言い淀んでいた。

「彼にこそ聞いてもらいたいわ。呑気に煙草を吸いに行っているわけではないでしょう」

『此処にはいない点は同じだ、呼びに行こうにもな……』

「それなら私から掛けるわ」

『あぁ待てルイーズ。劇場の注意書きを読んだことは? 開幕ベルはとっくに鳴って、幕も上がっちまってる。ヴィンセントもレオナも舞台上でスポットを浴びてる頃合いだ』


 予想外すぎてルイーズは耳を疑った。何かを聞き間違えたのかと彼女は時計に目をやるが、黄金の瞳に狂いはない。となれば、どうかしているのは電話の向こう側である。


「説明願いたいわネェ、ダン。もしかして私がプログラムを見間違えたのかしら? それとも豪華二本立てだったの? 開演時間まではまだ時間があるはずよネェ」

『客席は最初ッから埋まっていたからな、あれでもだいぶ遅らせた方だ』

「……先走ったのね、また」


 誰とは言わなかったが予想は付いた。

『結果だけ見て過程を論ずるのは早計ってもんだぞルイーズ。無理はないかも知れんが、お前さんレオナが勇んだと思っとるだろ』

「問題事の後始末を手伝っていればそうも思うわ。――ということは、彼女ではないのね」

『……チビは、こんな事に関わり合うはずがなかった。謂われはねえと判っちゃいるだろうが、納得出来るかは別問題だ。巻き込んじまったことは事実だからな、奴なりに責任感じてるんだろうよ。レオナっつうブレーキがなければ真っ先に飛び出していったよ』

「彼女がヴィンスを殴ったと言っていたわよね」

『自分より取り乱している奴がいると冷静になる奴がいる、ヴィンセントはそっちだ。暴れるよりも、手綱を掴んでいないと危険だと気付いているのさ。話は俺が聞こう、続けてくれ』


 ルイーズが掴んだのは誘拐の首謀者に関する情報だ。主立った人物は人間の男二人である。


 元マルコの用心棒で武器・人員を調達したトマーゾ・シプリアーニ――通称ストライプと、アントニオ・モレッティである。


 これまでの二人は同じ悪行の神輿を担ぐ程度の関係で、肩を並べるような身近なものではなかった。同じ組織に属していなければ関わることさえなかったろう。


 その二人を束ねていたのがマルコ・モレッティ……レオーネ・ファミリーの幹部、もとい、元幹部で獣人女性を見世物にしていた外道である。


『マルコにアントニオ……。マルコって方は聞いたことがあるな。親殺しを企んだ奴か』

「ええ、思惑とは逆の結果に収まったけれど」

『子が親を刺すなんざ法度も法度、素直に死ねたなら幸いだな。もう一人は?』

「マルコの弟でどこにでもいるチンピラよ。頭もなく才もない、兄の後ろ盾がなければ辻強盗で生計を立てたことでしょうネェ、仲間の評判も芳しくないわ。そんな彼にマルコが価値を見出したのはストリートでの獣人狩り、店で客を喜ばせる獣人を集めていたのは彼よ」

『だが、マルコを殺したのはレオーネだ。チビやヴィンセントを狙う理由にはならんはずだ』

「言ったでしょう、頭が残念なの。兄が死んだのはヴィンセントの所為だと思っているのよ。自業自得だというのに論った逆恨みよ」

『それで復讐か』

「飾るなら仇討ちネェ、見当違いだけれど」

『そうなると厄介な事だ。憎しみってのなぁ入れ墨と同じでな刻んじまったら絶対に消えねえ、連鎖してどこまでも続く。一人殺せば二人に恨まれ、その後は倍々ゲームで際限なく増え続けていく。これで馬鹿げた装備も納得だ。ヴィンセントの次はレオーネを狙っている。仇討ち、特に血縁者の仇討ちってのは採算度外視でやるもんだからな、こりゃ面倒だ』


 恨みが募れば銃撃戦が起こり、誰かが銃爪を引けば墓標が一つ増えるがしかし――

『ま、果たせるかどうかは別問題だ。ストライプが集めたのは殺しを小遣い稼ぎと勘違いしてる二流揃いだ。俺としては連中が気の毒でならんがな』

「……ダン、待っているだけなんて不安にならない?」

『若いモンが必死で走り回っている、そのケツを支えてやるのが俺の役回りだ。それにジタバタしたところで好転するとも限らん。出番まで葉巻と、美女との会話を楽しむさ』


 しかし、やはり待っているだけというのは辛いものだ。焦燥に苛まれるルイーズに、ダンが声音も明るく続けるのだった。


『急場だってのに御苦労だった、今夜はゆっくりと休んで――む、ちょっと待て』


 と、ダンが言葉を切ると、無線機を介したヴィンセントの声が断片的に聞こえてきた。


『ダン――回収――――頼む、ぜ!』

『電波状態が悪い、もう一度繰り返せ』

『――回収してくれ!』

『オーライすぐに向かう。気張れィヴィンセント。――すまんな、どうやら出番のようだ』

「……ええ、便利屋に幸運を」


 電話を置くとルイーズは椅子に深く沈み込む。明日は寝不足になりそうだ。

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