Angels With Dirty Faces 3
レオナの攻勢策は単純だ。足の速いテクニカルの機動力を削ぎ、かつ数の不利を覆す。入り組んだ地形に誘い込んでのゲリラ戦はレオナの趣味ではないものの、西部劇の決闘じみた真似事を大人数相手に仕掛ける程、彼女は無謀ではなかった。狩りの舞台として選ばれたのはコンテナヤード。積み上げられた錆びだらけのコンテナは城壁のように重く、高く存在していて、踏み込んでみれば深い谷間は迷路のようである。
波音に混じり、遠くから近づいてくるエンジン音。脅威ではあるがしかし、いかに高威力の重機関銃とはいえ、これだけ大物の遮蔽物があってはその力を完全に発揮する事は難しい。
高低差あり、入り組んだ配置で暗さも十分。上々だとレオナはほくそ笑んでいた。
「堪ンないね、クソ人間を地獄に送る瞬間ってのは。あとはアンタさ、バテバテでやれんの?」
「悪い顔になってるぞ、レオナ。はぁ……、ああ、問題ない。ラクショーだ」
天を仰いで酸素を求めていたヴィンセントが首肯する。恨めしい程の体力差、荷物を抱えて走っていたというのに、レオナは涼しい顔だった。
「相棒も上司も人使いが荒ぇ。もうちょいスマートに終わるはずが夜の埠頭で大運動会だ。やれやれ、連中よりも先にお前に殺されそうだぜ」
「だらしのねえ。それよりトチんなよ、ケツまくりやがったら追っかけってって殺すからな」
「ここまで来てンな事ァしねえよ」
「アタシは獣人、アンタは人間。何処に信頼持てってのさ」
「誤解は色々あるけどよ、ともかく銃捌きは信頼してる。不足か? 相棒」
「アンタは……上等なクソ野郎だ。皮肉のセンスと飛びっぷりは認めてやるよ」
無茶が過ぎるが完全に反対というわけではないのだ。レオナの名案に従いヴィンセントは動き始める。寧ろ負担が大きいのは彼女の方なのだ。
「おい……ヘイ、人間!」
と、走り出した途端に呼び止められ、怪訝に振り返るヴィンセント。声を掛けたレオナは眼光こそ鋭いままだが、屈辱的な自嘲を堪えているようだった。振られる尻尾は何とも不機嫌で、誘拐犯達が迫っているのに何をふて腐れているのか。
「チッ……、あれだ…………殴って悪かった」
さぞ気色悪い物でも見たように、或いはこの世の崩壊を見つめるようにヴィンセントは眉根を寄せ、立ち尽くしてしまう。
「よせよ聞きたくねえ」
「アァ⁉ ンだよ、人が折角頭下げてやってンのにッ!」
頭を垂れたところで、レオナの方が上背が高く、そもそも彼女は直立のままである。上から目線での謝罪とは一体何のだろう。気持ちは確かにあるようだが、ヴィンセントは寧ろ彼女の謝罪を残念がっていた。
「らしくねえ、らしくねえよ。そんな事言われたらひっぱたけねえじゃねえか」
「一発だけじゃんか、女々しい。スパーならいつでも受けてやるから、自力で当ててみな」
「お前の一発は一発分じゃねえんだよ。それに映画とかじゃそうやってデレた後にひでぇ目に遭うのが定番だ、だろ? じゃあ後でな」
遠ざかるヴィンセントの背を見送るレオナは、一度尻尾を振った。
「ああ、思い知らせてやるさ……とっくりと。誰の仲間に手を出したのかを」
一呼吸だけの安寧。そう呟いた彼女を目の当たりにすれば、逃げ出す奴もいただろう。賢い奴なら回れ右して走り出す。憶病者と誹られても死ぬよりマシだ。
瞳は照準の為、指先は銃爪の為。感情、思想、理念――。殺しに不要な要素を排した彼女は一つの殺戮機械と化す。すべては糞共を自らの名が刻まれた墓石の下へと送り込む為に。
誘拐犯達はまだ狩りをしている気分だろうか。無謀にも乗り込んできた人間と、デカいだけの獣人が相手だと思っているかもしれない。周囲を囲まれた埠頭をいつまでも逃げ切れるものでもない、いずれは捕らえられる。それからじっくり嬲り殺せばいい、と。
――勘違いも甚だしい。
レオナは猛獣然とした外見に相応しい鉄の牙を持った獣人である。いま正に暴力の化身と化したレオナは、彼女こそが狩人である。




