Angels With Dirty Faces 2
回収地点に向けて走る二人。エリサを抱えているレオナを先に立たせるわけにはいかないので、先導はヴィンセントである。
「追いかけてくるね、連中……なあ、やっぱし撃っちまった方が早いンじゃねえの?」
「んでエリサ抱えたままドンパチか。リスクが高すぎるだろ、それは。ゲートに増援が回るまでに突破出来ればダンが回収に来るんだ、止まる方が危険だぜ」
「ふん、人間共なんざ屁でもねェさ」
追撃をかわしつつ二人は逃走を続けていた。侵入時は壁を越えてきたが、エリサがいる為同じ経路では戻れない。二人が目指しているのは西側ゲート――、回収地点を目指すに最短距離を走っては発見されるので、仕分け倉庫の間を縫うようにして進んでいた。
「……エリサの様子は?」
「まだ気ィ失ってるよ。怪我はしてないみたいだ、チンピラに殴られた以外は。起こすかい?」
「いやいい。そのまま寝かしとけ、下手に目ぇ覚まして騒がれると面倒だ」
「冷てぇ男」
「冷静と言ってほしいね。それにやっぱ……なぁ?」
「……なんだよ? 気持ちわりい顔しやがって」
「お前が言ったとおりだ。詰まるところこんなのは狗の喰い合いでエリサには関係がねえ。エリサにしてみれば悪い夢さ、最悪の。だからこそ目が覚めたらベッドの中で丁度いい、世の中は知らなくていい事の方が多い。特に俺達の世界なんて子供が見るもんじゃねえし、それに、今のお前の面は敵にだけ向けておけばいい」
鬼の三白眼のレオナへと、肩越しに皮肉っぽい笑みを向けるヴィンセントは冗談めかしてこそいても、どこか暗い。その笑みの底面に、冷徹さとはまた違う一物をレオナは感じ取る。
――こいつはどんな過去を過ごしてきたのか。と、よぎる興味と不信感。だが、そんなの葛藤など露知らず、エリサは瞼を閉じたままだった。
確かにヴィンセントが懸念しているとおり、いま目を覚ましたエリサが静かに出来る保証はない。もしパニックなど陥られてしまったら、更に守りにくくなってしまう。いくらレオナいえども暴れる子供を抱えながら、多勢を向こうに銃撃戦は厳しい。しかし、ヴィンセントは気楽そうに「また間に立つのはゴメンだぜ」と軽口に繋げていた。
「それにお前も。巻き込んじまって悪かった」
「良く回る舌だ、どこの仲介人だアンタ。都合良く忘れてるみたいだから教えてやっけど、アンタがホラ吹き込んでなきゃ、そもそも拗れてね――……ッ」
悪態をせき止め、代わりにレオナは本能の囁きに耳を傾ける。
同じく緊張状態に入っているヴィンセントが片手を上げて『要警戒』のサイン。彫刻のように固まった二人は、周囲に神経を張る。何か聞こえたのだ。この場において言葉は不要、問うような視線をヴィンセントが投げかけると、レオナの虎耳がぴくりと動いた。最も彼女でなくとも聞き取れただろうが。倉庫を挟んだ反対側を複数のエンジン音が迫ってきている。それは近づき、並び、遠ざかっていった。
やがてタイヤが啼いて、
前方の十字路にヘッドライトの光が差込んだ。
目を見開いたヴィンセントが手近な扉を蹴り開けレオナ達を中へ隠し、自分も飛び込んですかさず扉を閉めた。もうすぐ回収予定時間だというのにまたトラブルだ。
「よくない物が見えた気がしたけど気のせいだよな? あれ……? レオナどこ行った」
倉庫内は窓がなく、暗闇の中ではレオナがどこにいるのか全く分からない。ヴィンセントが目を凝らしていると深々とした溜息が離れたところから返ってくる。どうやらレオナは倉庫の中を確認していたらしい。その溜息を、ヴィンセントは肯定と取った。
「クソ面白くねえ話だ。おかしいだろ常識的に考えて。物騒極まれり、ここは何だ? 火星の紛争国か? たかがチンピラがどうしてあんな物持ってんだよ」
しかも誘拐犯達はこの周辺にアタリを付けているらしく、倉庫の一棟一棟を捜索しているようだ。話し声も着実に迫ってきていて、じきこの倉庫にも入ってくる。
迂闊に出れば連べ打ちに合い、死体が三つ増えてゲームセット。それにここまで来てエリサという荷物を危険に晒したくない。煙草に火を点け、ヴィンセントは愚痴る。
「近接航空支援(C・A・S)でも呼べりゃ楽勝なんだけどな。空から掃射しちまえば歩いてでも帰れる」
「アンタの言ってる事は判ンねえが、無い物ねだりしたって始まらないさ。どのみち後ろにゃ退きようがないんだから、やる事は一つさね。アタシにいい考えがある」
「……嫌な予感しかしねえ」
足音殺して戻ってきたレオナがおもむろにヴィンセントの肩を引き寄せる。暗闇にあってもギラつくレオナの眼光。その自信ありげな目の輝きが寧ろヴィンセントを不安にさせた。
二人が隠れている仕分け倉庫の外では誘拐犯達による捜索が行われている。仲間が血みどろになったあの惨状を目の当たりにしても、彼等は怖じ気づいてはいなかった。無謀な勇気ではなく、確信があっての自信。その源は彼等が乗ってきたきた車両の一台にあった。
――即製戦闘車両。その四輪駆動車のルーフに積まれた重機関銃だ。
射手が引くコッキングハンドルの動作音は頼もしく、道路を見張る50・Calの破壊力は凄まじい。金属板を貼り合わせた程度の強度しか持たない仕分け倉庫など棟単位で貫ける。
「まだ埠頭の外には逃げてねえ、探せ! 便利屋共は近くにいるぞッ!」
彼等が仕分け倉庫の捜索を始めて数棟目。一人がドアノブに手を掛けると同時に内側から扉が蹴り破られ、背中合わせで飛び出してきたヴィンセントとレオナが手当たり次第に銃撃を加える。片腕の塞がったレオナの背を庇うようにヴィンセントが彼女の背に張り付き、死角を補いながら通りを横断し、倉庫の隙間に走り込む。
皮肉な事に敵中突破を試みた二人を重機関銃の脅威から守ったのは、誘拐犯達自身だった。乱戦の中に向けて銃器を放てば味方に当たる為、射手は撃てずにいた。
「なにやってる、撃て! 撃ち殺せェ!」
「味方に当たるぞ」
「引っ込んでろストライプ、いいから撃ち殺せ!」
アントニオの号令で、銃撃を躊躇していた射手が銃爪を落とした。発射の反動で車体が震え、すでに倉庫の隙間に姿を隠したヴィンセント達に向かって、壁越しの銃撃が行われる。
12・7㎜徹甲弾は濡れ障子に穴を開けるように倉庫の壁を穿ち、二人を追い立てた。あんなもの喰らえば人間など血煙になる。そこら中から聞こえる着弾に負けないくらいヴィンセントは声を張り上げ、レオナの背中に怒鳴っていた。
「なぁレオナ、お前名案があるって、そう言ったよなレオナァッ⁉ 聞くんじゃなかった! なんだこれ⁉ 正面突破は名案って言わねえだろッ、お前は親はランボーか何かか⁉」
「こんな時まで皮肉しか言えないの、アンタはッ!」
「他になに言えってんだ、愛の告白でもしろってかッ⁉」
ヴィンセントは走りつつ見張りから奪っておいた手榴弾の安全ピンを歯で引き抜いて後ろ手に転がす。二人が倉庫の隙間から抜けると同時、追っ手の足元で手榴弾が炸裂した。
レオナの名案は力押しのゴリ押しだ。奇跡的に窮地を脱しても次の手は考えてあるのか。
「テクニカルに張り付かれてちゃダンと合流したところで鴨撃ち、車ごと穴あきチーズになって、アタシ等は新しいケツ穴をこさえる事になっちまう。先に潰す。サンピン共に狩りの仕方って奴を教えてやるのさ」
「は……、やっぱしイカれてるぜ、レオナ」




