Betrayed 10
ヴィンセントが負ったのは時間稼ぎである。
包囲と呼ぶにはお粗末すぎる連携のおかげで逃げ果せるのに苦労はなく、彼はひとしきり誘拐犯を引っ掻きまわしてから上屋を出ると、大きく迂回してブロックB目指して走っていた。まだ誘拐犯達はいるはずのない襲撃者の影に怯えながら捜索を続けている事だろう。今暫く、無為な時間を過ごしてもらいたい。
「――にしてもとんでもねぇ音だな。これホントに銃声か?」
夜風を圧して届く雷鳴に似た轟き。ダン入魂の一挺はその性能を遺憾なく発揮しているらしい。脳筋女と技術を持った浪漫思考職人を合わせてはならない典型に、ヴィンセントは呆れるばかり。あれだけ騒いでしまえば引き付けた誘拐犯達を呼び戻してしまう。ここに至っては発砲は仕方ないとして、もう少し静かに出来なかったのか。
案の定、倉庫の二階部分では激しい銃撃戦が展開されているらしく、撃ち割られたガラスが降り注ぎ、なんとヒトまで降ってくる始末。ヴィンセントは反射的に足を止め、窓から飛び降りてきた人影に銃口を向ける。
「レオナッ? ――うおッ⁉」
頭上で爆発。思わず一瞬怯んだが、状況を理解した彼は素早く二階の窓へと照準を移し発砲。ちょうど下を覗こうとしていた誘拐犯に風穴を開けた。
制圧射撃を加えながら相棒に叫んだが、爆発の所為で耳が遠いのかレオナの反応は鈍い。
「あ? くそ耳鳴りがする……なんだってェ⁉」
「まさか抱えたまま跳んだのか? 馬鹿じゃねェのッ⁉」
チラとレオナが抱いているエリサへと視線を向けて、すぐさま攻撃に戻るヴィンセント。
上から狙われるのはキツい。支えきれなくなる前にレオナを立ち上がらせて活を入れる。
「シャンとしろ、ずらかるぞ!」
取る物を盗ればあとは用済み。三十六計なんとやらだ。先に行かせたレオナを援護する為に制圧射撃を加えながら後退するヴィンセント。最後の弾倉を撃ちきると潔くライフルを投げ捨て、|二挺の拳銃(Five-seveN)を引き抜く。レオナからの援護が始まるや、すぐさま彼女が隠れている遮蔽物目掛けて走り出す。身を屈めながら走るヴィンセントは、途中でずっこけるが四つん這いのままレオナの隣に滑り込んだ。
「その方が早いんじゃないの? 人間にしちゃ四つ足の動きに慣れてる」
「いいからもうちょい詰めろ、はみ出るだろ」
「なら撃たれな。ヘイ! ちょっと、アタシに触るんじゃないよ」
無論お断りなので、ヴィンセントは無理やり彼女の隣に収まる。
「それで? そっちは何人仕留めたのさ」
「まぁ……多少?」
と、レオナは倉庫に集まってくる足音を敏感に聞きつける。覗いてみるとヴィンセントが引き付けた誘拐犯達が戻ってきているではないか。しかも大して数が減っていないどころか、寧ろ増えている。彼等を呼び寄せたのはレオナが派手に銃声を響かせまくったからなのだが、彼女はそんな事実には一切気が付かず、ヴィンセントの無力を責めた。
「なんで片付けてないのさ⁉」
「あんな大人数相手に出来ッかよ! 逃げながら、数減らすだけでも大変だったんだぞ」
「減ら――ッ、アンタ数も数えらンないの」
眉根を寄せて物陰からチラ見したヴィンセントは明らかに表情を曇らせた。
「げ……、増えてる。嘘だろ、もう相手したくねぇんだけど」
「ハッ! ご大層に説教くれた割に女々しい野郎だ。ホントのとこは逃げ回ってたな」
「俺の所為だってのか? お前悪くねえのか⁉」
「ったりめえだボケナス! 風呂敷まとめてテメェん荷だろうが、自分で捌け!」
「むこうにいるぞ! 撃て撃てぇ!」
誘拐犯はすっかりヴィンセント達を見失っていたのだが、二人の罵りあいは彼等の耳まで届いてしまったようだ。アントニオが嗾けると、回りのチンピラ共が一斉に銃を構える。
「ホラみろ見つかっちまった。どっちの声もデカいんだよ、レオナ」
「上等さ。どのみちコロがしてやるんだ、何処で殺ろうが変わンねぇよなァッ!」
「駄目だ、今は逃げだ。エリサ連れたままじゃ分が悪すぎる」
「チィッ……、敵は呼ぶ、撃つのは止める。どこまで足引っ張りゃ気が済むんだアンタはよ! ボケッとしてないで走りな、撃たれても捨ててくよ」
「続きは船で聞いてやる、スタコラサッサだぜ!」
エリサを抱え、罵りあいながら逃げ出す二人。どちらも互いの足を引っ張り合っているのだが、脱兎駆け出す足並みだけはものの見事に揃っていた。




