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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Betrayed
78/304

Betrayed 9

 大きな貨物を取り扱う倉庫の一階は天井が高く、マンションならば三階分の高さはある。


 一階から気配が失せたのを確認すると、レオナは物陰から忍び出て二階へと続く階段を上がる。足音一つ立てる事もない彼女の歩法は、電灯の明滅音の方が響くくらいである。


 ヴィンセントの口車を褒めるべきか、それとも誘拐犯共が単純に阿呆なのか。とにかく奴は宣言通り、馬鹿共を見事に釣り上げて見せた。――と、レオナはくぐもって聞こえる銃声に耳を傾ける。見る事は叶わないが、銃声が続いている間は余計を心配はしなくて済む。


 しかし、手早く済ませる必要がある。なるほど彼の銃捌きは多くの修羅場を抜けてきたと感じさせるが、その神髄は『逃げ』にあるとレオナは見立てていた。多対一の状況を覆せる強さがヴィンセントにあるかと訊かれれば答えはNo。ともすれば追いかけ回されたヴィンセントがケツを捲り、誘拐犯共が戻ってくるのも時間の問題だ。


 だが、……らしくない。気を散らしたレオナが顔を上げると、丁度踊り場に踏み出してきた爪先が目に入った。ゾクリと、彼女の背中に悪寒が走る。――迂闊。


 レオナもまた敵地のただ中にいる事に違いは無いのだ。余所に気を取られて接近に気付かないなどまるで素人じゃないか。


 体毛が逆立つよりも早く、見張りに襲いかかるレオナの動きは素早く、一瞬で間合いを詰めるや男の胸ぐらを掴んで階下へと投げ落とす。彼が自身の身に起きた出来事を知ったのは、脳天をコンクリートに打ち付ける直前だったろう。


 発砲こそしなかったが、頭蓋の割れる鈍い音と人生最後の短い絶叫が倉庫内に響いてしまい、二階の部屋部屋が騒がしくなる。もうじっくり探す事など不可能だ。レオナは銃を片手に廊下を駆けつつ気配を探り、他とは異なる動きを探した。


 カチリ、と錠の落ちる音。襲撃を感知して錠前を下ろすのは、臆病者か攻撃への備え。威勢だけは良いチンピラ共ならば銃を手に飛び出してきていいはずだ。


 そこにエリサがいる確信。


 走る勢いそのままにレオナは足を振り上げて、全力で扉を蹴り破った。

 アルミ製の扉が外れ、ひしゃげたヒンジが飛ぶ。

 仰天している男が三人。


 雷哮(ライコウ)の銃口で彼等を見据え、.500S&Wマグナム弾の連射を見舞う。

 大口径自動拳銃の銃声は雷鳴さながら、

 抗う事さえ許されず、男達は血飛沫を上げて次々と倒れていった。


「エリサッ! ……くそ、人間共が」


 純白の毛並み美しい狐少女は椅子に縛られていて、呼びかけても答えない。縄を解いて撫でてやる。紅に染まった口元。意識がない。あの通信の後も人間共に殴られたのか。


 断じて許せない。誘拐犯共にエリサが受けた苦痛を骨の髄まで教えてやりたいレオナだったが、まずはエリサを安全な場所まで連れて行くべきだと怒りを抑える。殺意に駆られて行動すれば危険が増す一方で、無闇な発砲はエリサの身を危険に晒す事になるが、時既に遅し。


 廊下には群がる人間共の足音。部屋は廊下の中央付近に位置している為、左右から挟まれてしまっている。レオナはすぐさま机をひっくり返して、エリサと一緒にその裏に隠れた。


「くそっ、マッシモ達が殺られた!」「便利屋は外じゃなかったのか⁉」


 一つっきりの出入り口は糞詰まりのどん詰まり、壁の向こうではチンピラ共が撃鉄を起こして臨戦態勢。だがレオナには追い詰められている焦りなど微塵もない。宿すのはぎらぎらと燃えさかる怒りの火焔。圧搾されてきた憎悪がボイラーの蓋から溢れるように猛る。


 閂はガタつきいつ壊れる事やら。そんな蓋に向かって銃弾を放てばどうなるか?


「殺っちまえェッ!」の号令強く、放たれた銃弾に穿たれる机が木っ端を散らし、レオナの堪忍袋の緒を切った。


「上っ等だッこンの糞人間が! パック詰めのミートパテにしてやる、かかってきな!」


 何が隠密、クソ喰らえだそんなモン! 全員まとめて地獄に送ってやる。


 机から身を晒してレオナが銃をぶっ放したのは廊下に面する壁。通常の拳銃弾では貫通するのは難しい厚さだが、雷哮は大きさ威力共に拳銃の域から二、三歩はみ出した代物だ。

 目視不可でも構わず銃爪を引くと、強烈極まる反動と銃声が過剰な威力を表現する。内壁を易々と貫いた.500S&Wマグナム弾は、廊下の一人をタンパク質の固まりに変えた。


 どさり、と倒れ込む音。命中の手応えにレオナは牙を剥いて嗤った。壁抜き必中の曲撃ちは冴え渡る戦闘センスがなせる業、狼狽える誘拐犯共に更なる追撃を見舞う。


 穴だらけになった壁に隔たれた廊下から悲鳴のアンサンブル。そこに銃声のパーカッションで彩ってやる。50口径がブチ抜いた銃眼に影がちらつき、レオナは銃爪を引き続ける。


 開いた銃眼から誘拐犯達の反撃を察するや、襲いかかる弾雨を机の陰に隠れてやり過ごすレオナ。再装填からの銃撃で黙らせるが今度は別の銃眼から撃たれた。


「チッ、くっそうぜぇ。数いるからって調子くれやがって!」


 イキるレオナだが状況は厳しい。雪隠詰めの上に、そこら中にある銃眼から撃たれては、狙いが甘くとも顔を出すには危険すぎた。そして黙らせた人数を数えていた彼女は、おかしなことに気が付く。倉庫内に残っていた人数よりも、すでに三人多く殺していた。しかも敵はまだ増えている、階下より更なる増援の気配。


 レオナの予想通り、廊下には数人を引き連れて戻ってきたストライプがいた。


「……惨状だな。相手は何人だ」

「一人だ。獣人の女、ありゃ化物だぜ!」


 廊下は死屍累々。壁はどこも穴だらけで、耳を劈く銃声が室内で咆哮を上げている。それでも数では圧倒しているのだ、ならばその利を捨てる理由はない。ストライプの指示で動き出したチンピラ達は、代わる代わる銃眼から銃撃を浴びせ、レオナの動きを封殺していた。


「一人? 一頭だ、ありゃ恐竜だ。強気に出るわけだぜ。……ガキはまだ中にいるのか?」

「ああ。中で見張ってた奴らは全員死んだ。ケダモノの毛皮をさっさと剥いじまおう」

「チッ、仕方ねえ……。おいお前、そいつを貸せ。手っ取り早くブッ込もうじゃねえか」


 あちこち欠けた机の裏では、いつまで経っても減らない誘拐犯にレオナが柳眉を逆立てていた。脱出を考えるが出入り口は狭い戸口一つっきりで、人間共が押し寄せる廊下を突っ切るしかないが、どれだけ撃ち込んでも次から次に増援がやってきてキリが無い。そんな中で、レオナは膠着状態の室内で最も聞きたくなかった音を耳にしてしまう。


 それは、キンッ――と、極めて小さな金属音――手榴弾の安全ピンの抜かれた音だ。


 次々と戸口から放りこまれる四つの破片手榴弾(フラググレネード)


「なァ⁉ ちっッくしょうッ!」


 火薬入りの果実を味わわせまいと、素早くエリサを抱きかかえたレオナは、窓に向かって発砲する。こいつはかなりの無茶だ、だがやるしかない。それは獣人の身体能力があればこその無茶。エリサを脇に抱えて机の影から飛び出すと、肩口から窓のフレームを突き破り、彼女は高すぎる二階から飛び降りたのである。


 一秒も経たずに頭上で爆発


 粉塵と降り注ぐガラス片の中を落下するレオナ。

 なんとか着地したがしかし、彼女を出迎えたのは7・62㎜口径の銃口だった。彼女に向けられた銃口が、待ってましたと火を噴いた。

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