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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Betrayed
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Betrayed 8

 倉庫群を照らし出す光源は、建物の窓から漏れる僅かなもの。この暗さは大いに問題だ、目に頼り生活している以上こいつは大きな問題である。――そう、人間ならば。


 レオナには人間の数倍の敏感な耳があり、培ってきた勘がある。なによりも夜目が利く為、同じ条件下であれば彼女が先に発見される事は有り得ない。闇は障害とはならず、レオナの巨躯を覆い隠すのに最適なベールとなる。


 暗がりを巧みに味方に付け、レオナは持ち受けの倉庫の裏口に辿り着いた。貨物搬入用のシャッターは閉じているが、作業員用の通用口はどうだろうか。近づき気配を探る。

 足音に話し声、中の数人は正面搬入口で作業しているようだ。もう一度念入りに気配を探り、近場に敵がいない事を確信してからレオナは静かに忍び込み、手近な物陰に身を潜めた。


『レオナ、聞こえてるか』


 ヘッドセットからヴィンセントの声。しかし、応答しようにも声は出せず、第一、レオナの無線機はマイクが不調なのである。どうするべきか考えている間にヴィンセントが察したようで、ジッパーコマンドでの返事を要求してきた。他に手段もないので、彼女は言われたとおりに送信ボタンを二度押して短い雑音で返答する。


『オーケィ、こっちは空振りだ。新しいお友達が色々教えてくれたんだが、どうもそっちがビンゴみたいだ。どうだ、エリサは居たか? イエスなら二回、ノーなら三回で送れ』


 一階には積まれたパレットと木箱があるだけだ。エリサが捕らえられているとしたら二階の個室だろう。まだ発見出来ていないので、三回スイッチを操作する。


『見張りは何人……じゃあ答えられないよな。あ~、多いか?』


 上階の動きにも注意を払うレオナ。一階と合わせて、十二いや十三人か。レオナにとってはさしたる数ではないものの、救出を強行するには厳しく、ヴィンセントに合わせるならば多い。なので二回鳴らすも返事がない。こちらから尋ねようにもジッパーコマンドだけではどう訊けばいいのやら。まさか、見張りに見つかったのか? それならまず銃声がするはずだが。倉庫に木霊している誘拐犯達の会話に警戒しつつレオナは待つ。


『ならこっちに何人か引き付ける、その隙に探してくれ』


 思わず「何考えてンの? アンタ」と死んだマイクに問うてしまう。ヴィンセントは自信ありげに語っているが、果たしてどういう方法で倉庫を空にするつもりなのだろう。その方法はすぐに明らかになった。

 無線機が鳴ったのである。誘拐犯達が使用している無線機から聞こえてくるヴィンセントの声にレオナは耳を疑った。あれだけ繰り返し見つかるなと繰り返していた本人が、まさか自らの存在を誇示するなど考えてもみなかった。


『もしも~し、捜し物は見つかりましたか~?』


 これまた絶妙に人を苛つかせる口調である。レオナもそうだが、誘拐犯達の方が動揺が大きかった。無線機を見つめて一人が問う。


「……こいつぁ、何を言ってやがるんだ。おい、ストライプ! 俺は人を集めろと言ったんだぞ、銃を使える人間をだ」

「やれるだけの努力はしたさ、アントニオ。言われたとおりの頭数は揃えてる」

「何処で集めた? ワゴンセールでかァ? ケツ穴の締め方を覚えてるかも怪しいぞ」

「連中も殺しのプロだ、事が始まれば賃金分の働きをする」

「お前はしくじった。だな、ストライプ?」

「……ベストは尽くした」


 忙しく作業しているチンピラ達の中、リーダー格二人の声をレオナは聞き逃さない。慎重に様子を窺うと、いかにも街のゴロツキ風な格好をした人間達の中に、スーツ姿の人間が二人、片方はギラギラとした赤い縦縞のスーツを着込んだ男だった。


 何を隠そうこの二人こそがエリサ誘拐の主犯である。回りのチンピラ達の態度からある程度予想はしていたが、もう一つ、レオナは感じ取り目を大きく見開いていた。


 アントニオと呼ばれた方は聞いた声をしている。あの鼻に掛かった癪に障る声を聞き違える事があろうか、姿は初めて見るが間違いない。殺意に滾る三白眼。音だけでも大まかな位置は把握できたが、より確実に皆殺せる射点を求めレオナは移動しようとする。


 機会はあるとヴィンセントは言っていた。連中を殺る機会は必ずあると――。その通りだ、いま正に狙える瞬間にいる。物陰から飛び出せば誘拐犯に鉛弾をブチ込める位置にいるのだ。向こうに何人いようが関係ない、エリサを攫った連中が目と鼻の先にいる状況が好機でなければなんだというのか。


 アントニオが無線機を取る。

「おい間抜け、無駄口叩いてねえでしっかり見張っとけ、現在位置は」

『さぁてねえ』

「自分のいる場所くらい判んだろ、なにか見つけたのか?」


 これ以上こいつの声を聞いてるなど耐えられない。レオナは一秒でも早くこの糞野郎の脳天に風穴を開けてやりたかった。しかし――、


『まぁ落ち着けよ』


 倉庫に反響する皮肉めいたヴィンセントの声に、陰から踏み出しかけたレオナの足が止まる。小馬鹿にしたような言い草は誘拐犯達に向けられたものだったが、同時に何度も彼女が聞かされた声にも似ていた。


 人間の十や二十、レオナに取っては敵ではない。

 だが――、と火花散る思考はショート寸前で揺らぐ。


 撃てば、殺せばいい、害する全てを地獄へ叩き込んでやれば少しはマシな世の中になる。飛び出していって片端から鉛弾を見舞ってやれば万事解決じゃあるまいか。素晴らしき解決法を閃いたレオナはだが、破滅へ誘う悪魔の誘惑に従わず――暗がりへと足を退いた。業腹ながらヴィンセントの忠告が彼女の理性をすんでの所で保たせたのである。


『呼び出しといて判らないってのはない話だぜ。まだ気が付かないのか? お宅。俺が誰なのかも。名札ぶら下げて目の前に出てってやろうか』


 アントニオはこんなにも早くヴィンセントが来る事を予想していなかったらしく、大きく動揺していた。尚、ヴィンセントはその動揺を感じ取るや寧ろ調子に乗り、クイズ番組の司会者よろしく煽りはじめる。


『ブー、時間切れです。新しいチップを掛けてセカンドチャンスに挑戦しますか?』

「てめぇ……、乗り込んできたってワケか、のこのこと。望みどおり嬲り殺しにしてやる!」

『へっ、こっそり取り返そうしたんだが、それじゃあお前が情けなさ過ぎると思ってよ。チャンスの一つも欲しいだろ』

「電話で教えたはずだぜ、『口には気を付けろ』とな。覚えてるかぁ、チャンスはねえ」

『まったくダセェ、狙いは俺なんだろ御山の大将。こそこそ隠れてないで石の下から這いだして来な、相手してやるぜ。一対一の勝負なら男も立つ。お宅に出来るかな?』


 全く以て同感だ。しかもこの無線が他の誘拐犯も同じ周波数で聞いてると思うと愉快極まる。レオナは大変な思いで笑いを堪えていた。


「こ……ッ! くそ、ブチ殺してやる」

『照明も点いた、ステージはこっちだぜ』


 上がって来いよとばかりに銃声がスピーカーを(ひず)ませ、次いで遠くから残響が聞こえる。あれだけ人には撃つなと言っていた癖に先に弾いたのはヴィンセントだった。その傲慢さに、レオナはだがニタリと笑って誘拐犯達が飛び出していくのを待つ。


「く、くく糞野郎めぇェェ……!」

「安い挑発だ、乗るなアントニオ」


 見事に煽られたアントニオに対して、ストライプは冷静で、むしろ辟易している風である。


「ここまで虚仮にされて黙ってられるか! 奴を挽肉にしてやンだ! 銃よこせッ、勘違い野郎をブッ殺してやる! ガキから目ェ離すんじゃねえぞ、諸共沈めてやるんだからな」

 そして矛先をストライプに向け彼は宣言する。

「あんたにも来てもらうぜ、死んじまった兄貴の恨みを晴らしてやるんだ、ストライプ。糞便利屋にも、レオーネにもな! テメェら、付いてこいッ!」


 仲間を引き連れ飛び出していくアントニオ。挑発に乗って一人で行かないところをどう評価するかは難しい。賢いか、或いは臆病か。だがどちらにしてもストライプには頭痛の種である。エリサがこの倉庫にいる限りヴィンセントの最終目的地は少女の監禁場所なのだから。


「…………引き際ってのは大事だぜ、アントニオ」


 そう独りごちりヴィンセントを殺しに出かけるストライプは、戸口で立ち止まると倉庫内を見渡し、不敵に笑って姿を消した。

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