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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Betrayed
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Betrayed 5

 まだ陽は高く、誘拐犯の指定した時刻まではかなりの余裕があった。車が使えないにしても夜までには引き渡し場所に付ける。

 総身に纏った殺意は一歩ごとに圧搾されていき、その脅威を着実に高めていく。今のレオナは発射シークエンスが進むミサイルが如しで、射出機に固定された弾体は打ち出されるその時を待っている。標的は入力済み、殺意の火焔で一人残らず焼き払いエリサを救い出す。難しい事など皆無である。


 レオナは奥歯を噛み締める。エリサを思うと不憫でならない。



 昨夜の事だ。


「ねえレオナ……」

 膝枕に頭を乗せたエリサが眠そうな声で、それでも何処か真剣に訊いてきた。レオナは無骨な手で優しく撫でてやる。


「なに?」

「ニンゲンじゃないよ?」

「――? エリサも獣人でしょ、アタシと同じさ。間違えやしないよ」


 とんがり気味の狐耳とふかふかの尻尾。一㎞先から眺めても人間なんかと見紛うはずがない。慣れない様子で微笑みの真似事をするレオナに、「ちがうの」とエリサは首を振った。


「ヴィンスのことなの……」

「野郎がどうしたって?」


 獣耳もなければ尻尾もない。ヴィンセントはどう見たって混じりっけなしの人間だ。混血でも獣人血が薄い場合は外見的特徴が発現しない場合もあるが、他人を表するときに重要視されるのは外見であり、傍目に人間と見れるならば、そいつは人間だ。


「どーしてヴィンスのこと『ニンゲン』ってよぶの? ダンのことは『ダン』ってよんでるのに。ダンもニンゲンなの」

「そりゃあ、ダンは人間だけど雇い主だし。どうしてって訊かれても、特にワケはないけど」


 理由はあった。意地というか何というか――くだらない理由であるが、だからこそ口にしたくない。彼女が拗ねているとエリサが哀しげに呟く。


「やっぱりエリサね、ちゃんと名前でよんであげた方がいいと思うの。いっつも楽しそうにしてるのに、ヴィンスはレオナのことちゃんとよんでくれてるのに、ヘンなの」


 楽しいなど、あり得るはずがない。

 ヴィンセントは只の仕事仲間、それ以上でもそれ以下でもない。同じ船で働いているから我慢しているが、本音を言わせて貰えば人間などと同じ船には乗りたくないのだ。だが世間は人間が幅を利かせていて、生活していく上ではどこかで必ず人間との接点を求められる。ならば煩わしさを減らした方が、まだ健全に生きられる。レオナは生活の為に少数の不快感を選択しているのだった。


「たのしくないの?」

「違うね、有り得ないよ」

「……レオナ、おこってるの?」


 黙するレオナ。なるほど、エリサは純粋な子だ。彼女を殺される寸前まで追い込んだのは、他ならぬ人間共だというのに、まだ同族に寄り添おうというのは、まるで天使のようである。あれだけ蹂躙されて尚、人間を信じられるのだから。


「人間はね、エリサが思っているようなもんじゃないんだよ。……アイツもね」


 眼差しはエリサから外れていたが、その寒気を少女は感じ取った。

「ご、ごめんなさいなの。でもね、あのね……やっぱりヴィンスってよんであげた方が良いと思う……の……。だってね? エリサもじゅーじんってよばれるの……ヤだもん、なんかね、胸がね、きゅって痛くなってね、すごくかなしい気持ちになるの。痛いのレオナもイヤでしょ? ヴィンスもきっとニンゲンってよばれるのイヤなの」

「ふん、野郎はンな事気しやしないよ」


 危険極まりない職業に就いている人間が、おいそれと本名を名乗るとは考えにくい。どうせ偽名だろう。そんな奴が呼び名を気にするはずがない。


 ヴィンセントは人間、所詮は人の皮を被った悪辣の一つ。チャラ気た態度で誤魔化していているつもりだろうが、他の人間と同様に、奴の眼には獣人に対する恐怖がある。その臭いを逃すレオナではない。


「エリサ、みんなのこと好きだからなかよくしてほしいの」

「人間共に理解を求めるだけ無駄なのさ、ハナッからする気が無いんだからね」

「でも……」

「酷な話だろうけど覚えときな。連中はアタシ等を動物の延長としてか考えてないンだ。人間共の優しさなんてのは、てめぇの見窄らしさを誤魔化す為に振りまく香水と同じ。憐憫。他者を憐れんで手を差し伸べりゃ、神に似た気分を味わえるってワケさ」


 悪く言わないでと、エリサがレオナのシャツを掴んだ。

「ヴィンスはやさしいの、エリサのことたすけてくれたもん」


 その純粋な眼は人の業さえ許せるのか。人間が行ってきた差別の歴史を、身に染みて味わっているはずなのに。

 少女の瞳は、儚い外見に反し頑なな光を宿していた。その碧眼に相応しく宝石のように。


「……レオナもすきだもん。けんかはイヤなの、ひとりぼっちは……こわいよ……」

 レオナの膝に顔を埋めて、少女は呟いた。



 而してレオナの危惧したとおり、少女の想いは裏切られた。ヴィンセントは来ない、ダンすらも。このロクデナシが支配する世界において頼れるのは同族のみ、エリサの救出は自分が行うべきなのだ。

 彼女の歩幅に合わせて、ガチャリと手にしていたギターケースが鳴る。得物はこれきりだがそれがどうした、人間など物の数ではない。銃がなければ殴殺するのみ。


 いくら獣じみた強さを持ったレオナであっても、武装した人間相手に殴りかかって勝てるわけがない。だが、そこまで思慮が及ばない程に今の彼女は頭に血が上っていた。既に臨界点を迎えている殺意は、誘拐犯共を皆殺しにするまで収まりはしない。


 そんなレオナの行く道を遮ったのは一台のピックアップトラック。ごついボディのダッジラムだった。耳慣れたエンジン音に気付きながらも無視を決め込んでいた彼女だが、目障りにも真横に付けられては足を止めるしかない。助手席の窓からは白髪交じりのモヒカン頭が覗いていた。


「今更、何の用なのさ。殺されたくなかったら道を空けな」

「そいつは出来ない相談だ。大事な従業員をみすみす死なせるワケにはイカンのでな」。

「アンタ等は依頼人の所へ行きゃいいだろ、えぇ⁉ 便利屋さんよ! 獣人の問題は獣人がかたす、人間の手は借りない。どきな、今度こそ殺すよ」

「その問題について話がある。いいから乗るんだ」

「アタシにゃ無いね。(ナシ)はとっくに終わってる」


 運転席で憮然とハンドルに寄り掛かっているヴィンセントを認め、レオナは奥歯を轢らせる。彼は見向きもしないのだ。


「チビなら無事だ」とダンが告げるが、薄情な人間の言葉など、どうやって信じればいい。

「拉致られて先でクソ共に囲まれてンのが無事だってのかい? 喉首裂かれて同じ言葉吐けるか試してやってもいいんだぜ」

「頭を冷やせレオナ。エリサの身を案じてカッカ来てるのは理解している。だからこそ、落ち着けというのが判らんか。怒りは敵、何の足しにもならんぞ」

「知った風な口を利くんじゃないよ。一人残らず血祭に上げてやる。涼しい顔してやがる、そこの糞野郎からでもいい」


 殺気立った怒声も意に介さず、ヴィンセントは未だにハンドルに寄り掛かったままだ。彼はうんざりしたように「だから言ったろ、聞きゃしねぇって」と呟いた。


「お前さんも。いつまでふて腐れているつもりだ」

 いきなりぶん殴られれば誰だって釈然としない。殺す気で殴られれば尚更だが、嘆息したダンはサングラスを直して、レオナへと目を戻す。

「訊くがレオナ。どうやって仕掛けるつもりだ?」

 レオナにとっては愚問も愚問。奴らがしでかしてきた事に三倍に熨斗を付けて墓まで持って逝かせてやる。正面から乗り込めば良いと、彼女は活きる。


 いっそ清々しい程の無策に、ダンは呆れるばかりである。

「この莫迦モンが……何故、連中がチビを生かしているかを考えんか。奴らの目的はそもそも金銭の要求ですらない。恨みを晴らすだけならば誘拐など面倒な手間を踏まずに、殺してしまうだけで済む。わざわざコンタクトを取ってきたのは、その目的が復讐だからだ、ヴィンセントへのな。巻き込まれたチビは災難と云う外ないが、そんな中にお前さんが乗り込めば、要求を蹴ったとみてたちまちチビを始末するぞ。その義憤がエリサを殺すと何故判らん」

「このままじゃ結局殺される。当人はお命大事で膝抱えてブルってやがるんだからね」

「ヴィンセントが姿を現すまではチビに手は出さんはずだ。あくまでも標的はヴィンセントだと言っただろう、チビは釣り餌にすぎん。片付けるとしたら全てが終わってからだ。大体、敵の手勢も判らんで、そいつでどう立ち回る」


 手にするギターケースをレオナは見下ろした。手に馴染んだ武器は頼もしいが彼女の得物は状況を選び万能では決して無い。


「殴るしか能のねえマリアッチなんざほっとけよ」

「いい加減にせんか、ヴィンセント」

 釘を刺され、ヴィンセントはそっぽを向いた。


「……その口ぶりだと、情報掴んでるみたいだね」

「さてな。冷静になったのなら聞かせてやろう」


 常に動じぬダンのおかげか、野性的な殺意に凝り固まった思考を、理性的な殺意に切り替えてレオナは優先事項を改める。解りきっている事だが最優先はエリサの救出であり、誘拐犯共に地獄を見せるのは福次目標だ。エリサに危険が及ぶ事態は避けなければならない。


 納得しかねるレオナだが、同乗しない限り情報は与えないと言われ、渋々後部座席に荷物を積み込んで自身も隣に収まった。端から見れば、とても同じ船で働いている同僚が乗り合わせている雰囲気には見えないだろう。


「ギターケースで鉄火場に乗り込もうとは、冗談にしても(タチ)が悪い」


 苦笑交じりに振り返ったダンがそう言って、ジュラルミンケースを差し出した。レオナは動かずにいたが、不敵な笑みで「開けてみろ」と言われればやはり気になる。

 膝の上にアタッシュケースを置き、留め金を外す。彼女は中身に息を吞んだ。


「こんな状況じゃなけりゃ洒落た贈呈を考えたんだが……。約束の品だ、持っていけ」


 そこに収まっていたのは、人間の手には余る新品の大型拳銃だった。

 刃が如き輝きを宿す遊底と象牙のグリップ。角が目立つ無骨な造形、発射の反動に耐える為に厚みを持ったフレームは、徹底して無駄を排した設計でシンプルに纏まっており、銃器の在り方を端的に示す。


 撃ち、殺す。単純明快。


 待ちに待ったオリジナルメイドの一挺に、違う状況であればレオナは手を打って喜んだであろう。思わぬ形で作品(・・)を授与された彼女にダンが向けたのは、自らの技を存分に振るった職人からの言葉であった。


「はじめは棒きれ。石斧、弓矢、銅剣。技術の発展は常に武器を船頭にして進んで来た。全長391㎜、重量3058g。使用弾薬.500S&Wマグナム。名を雷哮(ライコウ)。――食い散らしてこい、これがお前さんの新たな牙だ」


 銃把の感触を静かに確かめながら、一つ誓いを立てるのだった。誘拐犯共に明日の朝日は拝ませない、と。

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