Betrayed 4
「おい、ヴィンセント? 生きてるか」
「いってぇ……。あのクソバカ、思っ切り殴りやがって」
背後にコンソールがなければ仰向けに倒れていただろう。ヴィンセントは椅子に手を掛けて身体を起こすと赤い唾を吐いた。虎の獣人であるレオナに殴られれば頭蓋が砕けても不思議はないから、この程度で済んだのは寧ろ御の字ともいえる。まさかヴィンセントもいきなり殴りつけられるとは思っていなかった。
「死んだかと思ったぞ。にしても、派手に飛んだな。船、壊さんでくれ」
レオナは殺すつもりで殴っていた。ヴィンセントが怪我で済んでいるのは、咄嗟の反応で首を捻って威力を逃がしたからである。派手に飛んだのもその所為だ、まさか組み手の成果がこんな形で生きようとは。
「俺よりも船の心配かよ、笑えねえ……」
「こいつがなければ立ち行かんからな」
宇宙船がなければドーム都市に缶詰だ。ヴィンセントは「あぁそうかよ」と恨めしげに呟いて、開きっぱなしの気密扉を見遣る。
「レオナの野郎、何が気に入らねえってんだ。銃の撃ちすぎで頭どうかしてるぜ」
愚痴るヴィンセントに嘆息し、ダンは葉巻に火を灯す。口髭を掠めた紫煙が少しだけ薄くなりながら天井へと昇っていった。
「お前さんは弁舌なのか口下手なのか判らんな」
「何の話だよ……ああ、いってぇ」
「まだまだお前さん達も子供って事だ」
「あんた比べりゃそうだろうよ、エロ親父め」
何が壺に入ったのか、ダンは痛快そうに肩を揺らしている。
「くくく、堪らんねぇ。うちの従業員は」
「胸だけ見て雇うからだ。面接時のダンの顔は見られたもんじゃなかったぜ」
あんな暴力女と同列に見られるのは願い下げだと、毒づくヴィンセントは、ついでにダンの事も詰るのであった。
「まったく堪らんなぁ……」
「それで? 出航までのリミットは」
「ルートを選り好みしなければ、まぁ……日付変更が限度だな」
何だってこう忙しい時に限って立て込むのか。ありがたい(・・・・・)事に次があり、そちらも放っておく訳にはいかないのだ。
「……魔法が解けるまでにってか。足りないぜ」
「必要なときに限って時間ってのは溶けて征くが、砂時計をいくらひっくり返したところで止まりはしない。いつだって足りねえのさ。期限は設けた、あとはお前さん達次第だ」
そして投げ渡されたマイクを、ヴィンセントは受け取る。既に呼び出し音が鳴っていた。
「相手は?」
「猫ちゃんだ」
通信相手は情報屋のルイーズ。市街を捜索していた先程とは状況が変わっている現状ならば、只の家出少女の情報よりは価値が出ている事だろうから、キナ臭い噂の一つくらいは押えている可能性がある。エリサを奪還するにしても正体不明の相手に出たとこ勝負では分が悪すぎるので、せめて相手の手勢くらいは掴んでおきたい。いくら急を要するとはいえ、目隠しでの綱渡りは無謀すぎる。
此処は慎重になるべきだ。ヴィンセントは口元を拭うと、手の甲に薄く伸びる赤色に顔を顰めた。――それなのに無策に突っ込みやがって脳筋女め。
「ん? おい、ダン。どこ行くんだよ」
「格納庫だ。急ぎ仕上げを済ませなければならない案件が上がったのでな。なに心配はいらん、実に個人的な依頼だ、直ぐに済むさ」
ヴィンセントは、去る後ろ姿に呼びかけようとするが、スピーカーから聞こえてきた艶やかな女性の声に応えるべく、皮肉を腹の中へと飲み込んだ。




