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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Betrayed
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Betrayed 3

 結局、エリサとの道程を逆再生していったが、彼女を発見するに未だ至らず。大分時間が経ってしまっているのに、エリサの尾には依然として届かない。最早レオナも急かさずに、憮然と腕を組んだまま押し黙っていた。車は路肩に停車したままだが、二人にはどこを探せば良いのか見当を付けられずにいる。


「ねぇ人間、情報屋は? ほらアンタの女だよ。金星一の情報屋だって言うじゃないか」


 ヴィンセントが知っている金星の情報屋で当てはまるのは一人きりである。正すのも馬鹿馬鹿しい勘違いは、否定するのも面倒だ。


「ルイーズか?」

「そう、そいつ。悔しいがもう詰んじまってる。訊きゃあ早いじゃないか」


 確かにルイーズは金星でも有数の情報屋だ。特にゼロドームでの催し事で彼女の知らない事はない、電話一本で大抵は望みの情報が手に入る。若さと美貌を武器とし、経験を活かす。美しき情報屋、だが彼女が有する真の力は金星に張り巡らされた情報網である。しかしである。商品として扱われる情報は、当然売る為にあるのである。


「ルイーズが扱ってるのは価値のあるネタだ。賞金首や秘密の会合、誰かが誰かの尻をローストするのに必要なレシピさ。大枚叩くに値する、な」

「そんな金は払えないって訳」

「わざわざ獣人の子供一人に札束振る奴がいるかよ。んな売れるか分からねえ情報を持ってる訳ねえって言ってんだ」


 確率はあまりにも低い、一を割るだろう。だが――

「他にアテがあんの? いいから掛けな」


 それもそうだ。ヴィンセントはダッシュボードのケータイを手に取り、連絡帳を漁る。


 この街にとってはエリサなど虫けらも同然の矮小な存在だ。それはヴィンセント達とて同じだが、便利屋として彼等の動向には注意を払う者もいる。対してこの街における少女の価値はいかほどか。遺憾ながら、獣人の行方不明者など、このゼロドームに暮らす人間達にとっては、服の皺より価値がない。行方不明者の情報が最も価値を持つ相手は、本人の近親者であるがエリサの父は既に亡く、そもそも消えた本人に価値がなければ、その足取りを誰が気にするのか。


 はたして路傍の石同然の獣人少女の居所はルイーズの情報網に引っ掛かっているだろうか。虚しい報告を予測しながらケータイを操作するヴィンセントだが、画面の変化に戸惑いを見せ、話を聞いて更に表情が厳しくなる。――電話の相手はダンだった。





「待ちな人間、どうなってンのさ⁉」


 会話の内容は不明のままだが、ダンから電話は吉報とも凶報とも取れた。内容は業務連絡とも取れる単純さで伝達され、即座に行動に移したヴィンセントはハンドルを回す。


 エリサが見つかった。


 電話を切るなりヴィンセントに詰め寄ったレオナに、彼はそれだけで応じてアルバトロス号に取って返していた。


 それは吉報であるべき連絡だ。しかしヴィンセントの表情は相変わらず冴えないままで、沼地に似た覇気の薄さがレオナを苛立たせ、彼が黙したままである事が苛立ちを更に加速させた。良くない事態になっている、それくらいはレオナにも想像出来た。帰路の車内は勿論、艦橋への通路を踏む今ですら彼女は前を歩く男に執拗に問うた。「何が起きているのか」と。


「俺が知るか、ダンに訊けダンに」


 ようやく口を開いたかと思えばコレだ。焦燥混じりの口調ではあったが、ヴィンセントの機嫌などレオナにはどうでも良い事だ。彼女は艦橋の気密扉が開くなりヴィンセントを押しのけ、操舵席に座っているダンに詰め寄った。


「エリサが見つかったってッ?」


 しかし、操舵室にエリサの姿はない。

 答える(いとま)さえ与えず、レオナは正に掴み掛からんばかりの勢いであったが、怯みすらしないのは年の功か。雇い主としての威厳もあり、ダンは白髪交じりのモヒカンを巡らせると、サングラス越しの視線だけでレオナを宥める。とはいえ、カッカ来てるレオナにさしたる効果は無いが。


「何処にいンのさ!」

「まずは落ち着かんか、レオナ」

「落ち着け? 落ち着けだって⁉ 見つかったって言うから戻ってりゃ、エリサは何処にもいやしない。どうして尻を椅子に乗せろってのさ!」

「ダン、理由を話してくれよ。船が出るまで時間はあるんだ。捜索途中で呼び戻されて説明もなしじゃ、俺だって納得なんか出来ないぜ」


 禿頭部を掻き、ダンは呻いた。喜びも不満もなく、彼は単純に不機嫌で、迂闊に怒声を上げるのは致命的だとレオナは気付いた。その原因がエリサに関係している事は明らかである。しかし、詳細を告げずに呼び戻したのは何故だ?

 三人が仏頂面を突き合わせる中、沈黙を破ったのはヴィンセントだった。


「――ほんで?」

「うむ……、どうもチビッ子は俺達の想像以上に厄介な事になっているようだ。説明しようにも骨が折れるな」

「話の枕にすらなってねえよ。それでどう収めろってんだ」

「じゃあ何処にいンのさ。船にいないにしても、居場所は掴んでるんだよな? ダン」


 ダンは、それはそれは深い溜息をつき、再三エリサの居所を問うレオナを、そしてヴィンセントを見据えた。


「まだ判らん」


 レオナは今度こそブチ切れそうになったが、ダンが先んじて口を開く。

「待てレオナ。お前さんの気持ちは解っているつもりだ。が、息つく間もなくいきり立たれちゃ、どうやって話をしろという。お前さんは万事に噛みつく癖を直さんか。そんなんじゃあ男も逃げっちまうぞ」

「アンタこそ、よく落ち着いていられるモンだ」


 一時が惜しいというのに下世話な冗談に傾ける耳などない。雇用関係など抜きにして、レオナは今度こそ殺意を込めてダンを睨付けた。まだ巫山戯るなら懐の銃が口を開く。


 その横で、沈黙の内にヴィンセントも問いただしていた。重苦しい緊張感が操舵室に満ちていく。沈黙が長引くごとに、流水のように流れ込んでくる緊張はかさを増す。


 咳払いが一つ、ダンは返事に身構えながら言葉を絞り出した。


「はっきりと言おう。どうやらチビは攫われたようだ」


 そして二人の反応はダンの予想通りとなる。ヴィンセントは片眉を吊り上げ嫌悪感を露わにし、柳眉を立てたレオナは怒声をぶちまける。


「じゃあなんで邪魔を――ッ!」

「止せよレオナ、ダンを責めたってどうにかなるか? 肝心なのはどこのどいつが、何の目的でエリサを攫っていったかだろ。まさか営利誘拐ってわけじゃねえだろうしな、エリサは身分証すら持ってないんだ」

「残念だが犯人は不明だ」

「あいつは何処にでもいるガキンチョだぜ? 誰が得する」

「それが判れば苦労はせん」

「巫ッ山戯ンじゃないよッ!」


 レオナは牙を剥く。もうヴィンセントも止めなかった。

「結局ナンも分かってないンじゃないか! 探してる方がマシだったのに、どうして呼び戻しやがったンだよ!」

「では訊くがレオナ。闇雲に探して見つかる勝算は? お前さん、答えられるのか」


 あくまでも冷静なその問いに、レオナは明確な答えを出せずにいた。

「もしかしたらなど時間の無駄、根拠のない自信だ。都市が丸々収まるこのドーム都市に一体どれだけのヒトが暮らしていると思う。手当たり次第は無策と同義だぞ」

「この――ッ、エリサは一人きりだってのに!」

「ダンぶっ飛ばしても解決しねえってんだ、抑えろ」


 解ってはいるが、固めた拳を解く事は難しく、レオナは手近なコンソールに怒りをぶつけた。すると、ダンが静かに「ただ……」と口にする。

「相手の目的だけは判明している」


 エリサの行方も、犯人も不明。だがその目的だけが割れている? おかしな話だ。操舵室は誰がそうするでなく、独りでに静まりかえり、ダンへと集まった問いただすような視線がサングラスに反射し、ヴィンセントへと返っていく。


「お前さんだ」

「はぁ?」

「誘拐犯の本命はヴィンセント、お前さんだと言っている」


 便利屋稼業は雇い主次第で様々な相手に銃口を向け、当然向けた先からは恨みを買う。心当たりを挙げればキリが無く、賞金稼ぎも兼業しているのだ。レオナが雇われてから捕まえた賞金首は二桁は下らず、これまでに撃ち込んだ鉛の重さを考えれば、いつ背後から刺されても不思議ではない。長く働いているヴィンセントに恨みを持つ者は、より多いだろう。


「ドコのどいつ?」

 ヴィンセントこそ諸悪の根源であるかのように睨付け、レオナは訊くが、

「まるで見当が付かねえよ、心当たりが多すぎる」

「急がずとも何処の阿呆かは直に分かる。エリサの居場所も、おそらくだがな」


 過ぎない時間を忌々しく、腕時計に目を落としてダンが言った。先程から彼は時計を気にしていたが、その行動の意味するところをレオナが問い糾すより先に、コンソールから外線の着信を知らせるコール音が響いた。

 マイクを掴んだのはダンである。


「こちら、アルバトロス商会」


 電話の相手はダンの固い声音を嘲笑うように『おいおい』と応じた。その鼻に掛かった甲高い声を聞いているだけでも奥歯が砕けそうだ。声だけでも、こいつがかなりのクソ野郎だということは、全員が確認するに十分だった。


『なんだァ? またあんたが出るのか、時間はやったろ? 野郎はまだ戻ってねえのか』

「ダンの読みが当たったな。どうやら俺をご指名らしい」


 ヴィンセントはダンの手からマイクを受け取っていた。


『……ヴィンセントか?』

「そうだよ、んでテメェは誰だ」


 スピーカの向こうにいる奴が、エリサを攫った奴と関わりがあるのなら(なます)切りにして積み上げてやる。今にも咆哮を上げそうなレオナをダンが静かに制し、成り行きを見守らせる。


『いいねいいね、そうこなくっちゃな便利屋。だが一つ忘れてねえか? こっちは獣人の餓鬼を預かってるんだ、気分一つで剥製が届くってことを忘れンじゃねえぜ』

「……誰なんだてめぇは。俺に捕まった奴か? それともそいつの身内か? どっちにしろ誘拐なんて狡い真似しやがる」

『黙りやがれ! 今すぐバラしてもいいんだぜ⁉』


 何が琴線に触れたのか怒鳴り散らす誘拐犯。そして、もう一人が募った鬱憤を爆発させる――、誰がなどと語る必要は無いだろう。


「ブチ殺すぞ糞人間がッ!」


 マイクこそヴィンセントの手に収まったままだが、レオナの怒声は誘拐犯にも届いていた。

 レオナの怒りは尤もであるが、此処で拗れればエリサはドームの闇に消える事になる。交渉に割って入ったのは迂闊と言わざるおえない。『今のは誰だ』と誘拐犯が訊くが、ヴィンセントは構わず話を続ける。


「さっさと用件を言え。先に言っとくが金なら無いぜ、他を当たりな」

『金だぁ? 金なんざいらねえんだよッ! ……いいか簡単な話だ。今夜十二時に旧ポートエリサ第三埠頭に来い。一人でだ。サツに知らせるとか嘗めた真似しやがったらテメェのペットは二度と太陽を拝めなくなる、判ったか!』

「……エリサと話をさせろ。まずはそれからだ」

『てめぇ……命令出来るとおもってんのか?』

「判ってねえのはお前だ、誘拐犯(キッドナッパー)。声聞かせられねえなら生きてる証拠もねえワケだ。それで俺が行くとでも? いいからエリサに電話渡せ」


 逡巡の沈黙があり、舌打ち。ノイズが挟まってからスピーカーが鳴る。

 三人は待つも沈黙……。一向にエリサの声は聞こえてこなかった。ヴィンセントが呼びかけても、レオナが呼びかけても、静かなままだ。そこに彼女がいるのなら助けを求めるはずだ、だのに一言すらもない。


『おら話せクソガキ。……ンだその目は……ガンつけてンじゃねえぞケダモノがよ!』

「きゃあ……ッ⁉」


 派手な打音と少女の悲鳴。それだけで何が起きてるのか想像するのは容易い。

 レオナの虎耳は聞き逃さない。痛々しい悲鳴は確かにエリサのものだった。目の前に誘拐犯がいるなら、問答無用で鉛弾を叩き込んでいるところだ。レオナはギチリと牙を轢らせる。


「殺す……、殺してやる……」


 歯軋りに憎悪を込めて殺意のあり方をレオナは示すが、無論誘拐犯には届いていない。レオナから放出される威圧感はヴィンセント達の首を真綿で絞めるようである。

 すると、ダンが渇いた喉を人知れず鳴らし、マイクを要求した。


「チビの引き渡しはその埠頭で行うのか」

『クソガキが……、そうだ。今日の十二時だ、遅れるな』


 一方的に宣言すると電話は切れた。

 皆一様に無言。

 沈黙している事は同じだが、孕んだ雰囲気には彼方の差があった。レオナは三白眼を鈍く光らせ、人間二人の表情を見比べている。


 ダンの強面は普段通りで、サングラスに覆われた目は見透せず、細かな感情までは読み取れない。マイクを戻すヴィンセントは腕を組んで俯いている。こちらもやはり黙りだ。あの悲鳴がエリサの声である事には気付いているはず、それでも尚、悩んでいるかのようだった。


 それが、レオナには許せない。

 どうするべきなど……。悩むことなどなに一つ無く、そしてその必要すらもない。エリサが置かれている状況が判明した今、考えを巡らせて何になる。求められているのは苛烈な暴力であり、良く回る舌は場違いだ。すぐに乗り込み、蹴散らしてエリサを救い出せば全ては終わる。なのにじっとしているのは助ける気が無いと言う事か。


 あれだけ懐いていた少女をこうも容易く見捨てるのか。ぶつけ損ねた怒りが、レオナの拳に集約されていく。


「さて、行くのか。ヴィンセント」

 ダンに水を向けられて、ヴィンセントは「冗談だろ?」と鼻を鳴らした。

「英雄気取りの勇み足でもって飛び出して、エリサ共々あの世行きか? 陳腐な映画みてえだ、そんなオチはゴメンだね」


 所詮だ。人間などそんなもの、どれだけ取り繕っていようと卑怯な生き物なのだ。偽善で差し伸べた手は自らの都合次第で引っ込める。そんな人間を信じる事自体がそもそも間違っている。獣人を救えるのは獣人なのだ。


 こんな人間に頼ってしまっているエリサが不憫でならない。怒り心頭のレオナは、ダンが止めるのも気かず、固めた拳を薄情者の横っ面に叩き込んで吹っ飛ばした。


 踵を返し艦橋を後にするレオナ。人間の手助けなど不要、その気が無いのなら一人で助け出すまでだ。束になった誘拐犯共をまとめてウジ虫の養分にしてくれる。

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