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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Betrayed
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Betrayed

 和気藹々とした空気など、アルバトロス号には縁遠い。平常時でもどこか並々ならぬ緊張感が付きまとうのが彼等の暮らしであるが、今日に限ってはその種類が些か異なっていた。

 ヴィンセントとレオナ、顔を合わせればギスギスしている二人が神妙な面持ちで話を進めた。機体整備の仮眠中に蹴り起こされたヴィンセントも、レオナの話を聞いている内に、寝起きの不機嫌をぶつけるよりも事態の把握が優先になっていた。


「エリサが船内の何処にもいない」真剣な表情でそう聞かされては、眠気眼に気合いを入れるのに時間は掛からず、アルバトロス商会で陸の足として重用されているダッジのピックアップトラックを獣人街へと向けながら、ハンドルを握るヴィンセントは自問していた。


 それはこの数日抱えていた疑問を看過したツケ、違和感は最初から彼の頭にあったのだ。


 彼女が受けていた暴力を鑑みれば、人間に近寄ろうとは想像すらしないはずだ。ところがエリサは見ず知らずのヴィンセントの後ろに付いてまわり、紆余曲折の末に生活をともにするまでとなっている。

 炊事洗濯も任せられるし、ならば些事に囚われる事もないかと楽観視していた。だが、事情が判明するにつれて、疑問は晴れるどころか深まる一方で、放置した結果がこれだ。


 少し考えれば判る事である。人間に虐待されていた獣人が、どうして人間に懐けようか。


 酷な問いと承知の上でも、もう一度尋ねておくべきだった。気が付いておくべきだった。

 エリサが追いかけていたのは――ヴィンセントに懐いていたのは、彼の懐から父の残り香を感じていたからだと。重さにして数百グラム。胸ポケットに入っていた純銀製のペンダントは、煙のように消え失せていた。


「形見のペンダントね。アンタがエリサの親父を看取ったのか」


 迂闊に首を突っ込んだ銃撃戦の顛末について詳細を話してやると、後部座席に座っているレオナが口を開く。彼女は車窓に蠢く人影を注視したままだ。


 普段はヴィンセント好みの楽曲を奏でるカーステレオが沈黙している所為で、車内の空気は重い。かといってロックもバラードも聴く気になれず、赤信号で停車しながらV型8気筒エンジンの振動に耳を任せた。とりあえずアタリを付けたとは言え、もう楽観はしない。


「……よっぽどじゃなきゃ無断で持ち出したりしないでしょ」


 ただ黙っているのが嫌だったのか、レオナが独りごちる。話しかけられてはいなかったが、同じく沈黙に耐えかねているヴィンセントは答えていた。


「ああ、他にペンダント持ってく理由がねぇわな」


 二人が親子であると断言こそ出来ないが、その可能性は非常に高い。父親はハイエナ、子は狐。似ても似つかぬ姿の親子は獣人の家族ではよくある構成である。しかし、人間の両親の間から最初の獣人の子供が生まれた事を考えれば不思議はない。おそらくエリサは母親似なのだあろう。それにしても全く気付かなかったのは失策と言える。


「シクったなぁ」とぼやくヴィンセントをレオナは詰る。

「ふん、アンタがしくじらない事ってなんかあンの? ってかドコ向かってんのさ」


 ヴィンセントが車を向けているのは、他ならぬ最初の事件現場。思い当たる中で一番エリサが向かいそうな場所だが、問題はやはり時間だ。エリサがどのタイミングで船を降りたかによって彼女に降りかかるであろう危険と、移動距離の推測にも変化が出る。深夜に船を出たのであれば、子供の足でも獣人街に出るのも可能だ。正しそこには、運が良ければという特級の形容詞が付く。このゼロドームはソドムとゴモラの隣町なのだから。


「……記憶が戻ったにしても、バカ野郎。世話かけさせやがって」


 そもそも真夜中の一人歩きが危険なのはどの街でも、人間でも同じことだ。そこまで言って聞かせなければならない程、エリサが子供だとは思っていなかった。本当にヴィンセントが看取った獣人がエリサの父親だったとしても、日が昇ってから探しに行くべきだ。その前に相談があってもよかっただろうに。


 車外はこれまでは人間ばかりであった人波が様相を変じてきている。今では色とりどりの毛皮が目立ち、次第に獣人が混じり出した景色はその割合が五分に迫っていた。人間街はとうに過ぎ、既に混生街の中程まで車は進んでいた。


「ここだ」と、路肩にダッジを停めると、ヴィンセントは降車する。残念ながらエリサの姿は表通りには見当たらない。もしエリサがいたならば遠目にも彼女だと判る。それくらい彼女の毛皮は処女雪さながらに美しく、だからこそヴィンセントも落ち着かない。使える物は余さず使って、一刻も早く見つけておきたい。


「なぁレオナ。鼻で追ったり出来ないのか? 犬程じゃなくても鼻は利くんだろ」


 人間と獣人の差違を持ち出すのはそのまま侮辱に繋がる無礼。特に人間嫌いの相手を前にして口にするなど、顔に唾を吐きかけるのと同義である。が、さしもレオナであっても、真剣に尋ねるヴィンセントに向けて拳を振る事はせず、ただ頭を振った。


「排ガスに、ヒトに、そこら中のゴミ。街中じゃにおいが多すぎてどれがどれだか解りゃしないよ。イヌ科の獣人なら判別付く奴もいるだろうけどね」

「ネコ科の限界か……。やっぱり目で探すしかねえな」


 ヴィンセントは路地へと向き直り、記憶を頼りに入り組んだ路地裏を進んでいく。銃声の手招きも、パン屑代わりの薬莢も残っていなかったが、銃弾で穿たれた壁の標識だけは健在で、立ち入り禁止のテープ越しに眺める現場には、もちろん死体は無い。だが、清められてはいるものの、やはりヒト死があった場所というのは昼夜を問わずに陰気な雰囲気を孕む。


「ここが……そう(・・)なのか?」

「ああ。俺が駆けつけた時にはエリサの親父は腹に二発喰らって瀕死だった。……エリサの匂いとかは感じ取れないか?」

「全然。空気が凝っちまってる、はっきり臭うのは鉄の臭いだけさね。他に心当たりは?」

「待てよ、いま考えてるんだ」


 エリサは何処へ行く? 口に出す事で何か閃かないかと呟いてみるが、思考は停滞したままだ。なによりもエリサの行動予測を立てるのに判断材料が少なすぎ、ましてや向かいそうな場所など想像も付かなかった。ここぞという選択肢は外れ、小さな手がかり一つさえ無い。


 車に戻りエンジンをかけても何処を探せば良いのやら。他に考えつく場所といえば、エリサと出会ってから二人で回った数カ所だけ。わざわざエリサの立ち寄る理由は見当たらないが、立ち止まっている時間が惜しい。

 既に数時間が経過し、明らかな焦燥が車内に漂い始めていた。


 タイムリミットは容赦なく近づいてくる。普段は暇な癖に、こういう時間が欲しいときに限って仕事の依頼が舞い込みやがった。


 ダン曰く、日付が変わるまでに船を出す必要が発生したので、それまでに戻ってこいと。 便利屋稼業は基本的に自由業。悪童の耳には魅力的で、聞こえは良いかもしれないが、仕事がないときは銃の整備くらいしかすることがなく、そのくせ一つの依頼に対する信用が殊更重用になる難儀な職種で、さらに競合する会社も多いと来る。一度の失敗で暖簾を下ろす事になりかねないのだ、舞い込んだ依頼に待ったを掛けるには相応の理由が必要になる。


 もしエリサが見つからなかった場合レオナはどうするだろうか。バックミラーに映る相棒の横顔をヴィンセントは窺った。


 残って探すと言い出すだろうか……おそらく、そうなるだろう。獣人の味方は獣人のみ、それが彼女の信条(ポリシー)であり、なにより少女を見捨てるような薄情な人間と行動を共にするなど彼女自身が許さない。人間にこそ強烈な敵意を向けるが、同胞には献身を以て尽くす。それがレオナという女だ。


 レオナの主張も判る。エリサにも、少しばかりの情もある。しかしだ、仕事が入ってしまえばそれまで、見切りを付ける非常さも時には必要だ。何を拾い、何を捨てるか。身体は一つっきりだから、どうしたって取捨選択が求められる。同情や正義感で飯は喰えない。


 深い嘆息と共に鳴らされるヴィンセントの舌打ちに、レオナは顔を顰める。

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