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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd verse Aces High
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Aces High 8

 敵機襲来、スクランブル。早く空へと血が滾るが、だからこそ慌てるな。


 ヴィンセントは操舵室から格納庫まで降りると、走り込んだ勢いそのままに既に主翼を展開したラスタチカが待機している昇降機のスイッチを叩き、リフト上で愛機に乗り込んだ。鳴り響く昇降機の警告音と上昇を感じながら、コクピット内の液晶画面に目を走らせる。


 ALL SYSTEM READY

 YOU HAVE CONTROL

 ――GOOD MORNING VINCENT


 サングラス型のバイザーを装着し、ベルトを締めている間に甲板に着いた。隔壁が開くのを待ってから機体を前進させ、前脚をカタパルトにセットする。

 それから無線機の雑音にヴィンセントは答えた。


「こちらラスタチカ。ノイズが酷くて聞き取れなかった。出力を上げて繰り返せ、どうぞ」

『聞こえるかヴィンセント』まだノイズが混じっているがダンの声がぎりぎり聞き取れる。『念―為、煙幕と〈エヴォル〉を散―――、これ――フーチからは見――い』

『バ―人―――』

「おいレオナ、いま悪口言ったろ。何となく判るぞ」


 まだ艦上にいるのに雑音が酷い。〈エヴォル〉の所為だ。

 現在では化石燃料に代わり使用されている〈エヴォル〉は燃費の良さ汚染物質の少なさにおいて、旧時代の燃料と一線を画していた。しかし、完璧な存在が夢想の産物であるように、〈エヴォル〉もまた不完全な性質を持っている。適切な配分から外れた燃焼を起こした際に発生する微粒子が電波という電波を引っ掻きまわし、濃度次第では大出力のレーダーでさえ支障をきたす。――とはいえ使い方次第だ。上手く利用すれば今回のようにジャミング手段として生かすことも出来る。しかし、通信不調は困るので受信設定を変えて対応する。


『いいか。艦首はドームの外壁側に向けてある、闘りあう前にまずは場所を移せ。ドームの中で空戦なんぞしようものなら俺達までお尋ね者だ。フーチに付き合って警察に尻を狙われたくはない、今後のビジネスに支障が出る』

「了解ビックボス。しつけのなってない犬っころをお散歩に連れだしてやるよ」


 この二重のカーテン越しに命中弾を与えるのは至難の業だ。発艦は安全に出来るだろう。


 カタパルト電圧上昇、バリヤー固定、スロットル・ハイ。


 残りの発艦作業は自動で行われる。ヴィンセントは操縦桿から手を放し、衝撃に備えてシートに身体を預けた。液晶画面に表示されたカウントがゼロになると同時に、激しい加速度に襲われる。発艦完了を確認してから改めて操縦桿を掴む。


 ギア・アップ

 マスターアーム・スイッチ・オン


 引き絞られた矢弓が如く打ち出されたラスタチカは、その両翼で白煙を切り裂き晴天を目指した。コンマ数秒で白い視界が開け、現れる青。


 ――どこだ! ヴィンセントは忙しなく首を巡らす。いくら煙幕に隠れていても、出現場所を予想出来る分、彼の方が不利。レーダーは未だ使用不可で、回復を待つより目視で探す。


『待ぁ~ちわびたぜヴィンセントォッ! 今日こそぶちのめしてくれる、覚悟しろ!』

「きゃんきゃんよく吼えるお犬様だ、パンに挟まれる前に失せな」


 〈エヴォル〉の影響か、無線が混線している。


『無駄話してる間に落とせヴィンセント、きかん坊にはきついお灸が必要だ』

『引っ込んでろジジィ、先に船ごと沈めっぞ!』

「てめぇの相手は俺だろ、間違えんなフーチ」


 八時上方に確認、機首をラスタチカに向けようとしている。


 機銃の射程に収まるより先に左旋回。機銃弾に次いでフーチ機がすぐ脇を飛び抜けていく。


 ラスタチカとは対照的な、直線的で攻撃的なフォルムの双発大型戦闘機。それがフーチの駆る〈ハウンド〉だ。猟犬の名が示すとおり、広大な宇宙を逃げる獲物ですら大出力を持って追い詰める。つまり一目散に逃げる相手を追うのが得意なわけで、海賊稼業のフーチには正しくうってつけの機体である、がしかし、ヴィンセントは狩られるだけの弱者ではない。


 エンジンパワーに裏打ちされた、追随を許さぬ最高速を有していても、それだけだ。ラスタチカはすかさずハウンドの背後を取る。ヴィンセントの指先が銃爪に掛かるが、彼はまだ機銃を発射しない。まだ射程外だ。スロットルレバーを限界まで叩き込みアフターバーナーに点火するも、あっという間に距離を離される。このまま追いたいところではあるが、街の上空での空戦は御法度で、追撃よりもまずはフーチをドームの外へ連れ出す方が先決。


 天蓋を突破し金星の空へと向かったヴィンセントの姿は、尻尾巻いた臆病者に見えたのだろう、フーチは上機嫌に叫ぶ。


『ヘイヘイヘイ! どこに逃げようってんだ! ケツ振りやがって誘ってんのかぁ? アァン⁉ だがよ、その機体じゃ俺様からは逃げられやしないぜ。――やっちまえ(・・・・・)』

『人間! 七時下方に――』


 新手だろ、知ってるよ!

 レオナの警告を受けるよりも先に、ヴィンセントは機体をロールさせ下方からの突き上げに対して回避機動を行っていた。その最中、彼は敵機を視認する。伏せていた敵機は小さい戦闘機だ。細身の胴体に単発のエンジン。前後に大小の三角翼を持つ機体。――〈バラライカ〉か。


 果たして奇襲を仕掛けた新手はラスタチカを傷つけられずに、すれ違う。


『避けるんじゃねえよヴィンセント、当たらねえだろうが!』

「無茶苦茶言いやがる……。こんなこったろうと思ったぜ。案の定、仲間連れてきてるじゃねえか。何機か壊してやったのに、よくもまぁ手駒が減らねえな」


 フーチ一家が宇宙船を狙う時はハウンドを基幹にして、二機から五機の編成である。単機で狩りに臨むことはないだろうと、襲撃を受けた段からヴィンセントは予想していた。

 彼の操縦に応じて、エルロン、エレベータ、推力偏向ノズルが独立した生物の如くうねり、ラスタチカは滑らかな機動でバラライカの背後の付けた。


 撃って、離脱。


 敵主翼に命中。撃墜には至らなかったが確認する暇が惜しい、まだフーチがいる。


『アアァ、てめぇこの野郎。またやりやがったな! 修理費いくらになると思っていやがる! バラライカもニコイチにしてやっとこ飛べるようにしたんだぞ、コラァッ!』


 エンジンから蒼炎を引き一直線、戦闘機を壊されたフーチが怒声をがなり散らしながら襲いかかる。機体特性を活かした一撃離脱を繰り返す腹積りらしい。フーチの選択は間違っていないが、降下しながら襲撃するには速度が付きすぎていた。


 その致命的な隙をヴィンセントは見逃さない。ラスタチカの機首にある宇宙航行用補助スラスターが瞬間作動。中空に留まる形で宙返りし襲撃を躱す。


 空が大地になり、茶色が蒼になる。そのまま機首を下に向け、追撃。垂直降下するラスタチカの正面には離脱を計るフーチの機影。


 ほぼ垂直に降下する二機。このまま飛べば金星の荒野に真っ逆さまだ。機敏な機動の苦手なハウンドをフーチが引き起こす、その瞬間が狙い目。


 ――一掃射。


 高度を取って眺めればフーチ達の機体にはそれぞれ主翼と尾翼に風穴があいている。煙こそ吐いていないが勝負は決したろう。あの状態で戦闘機動をしようものなら空中分解を起こしてバラバラになる。フーチがその気なら受けて立つが、ヴィンセントにはそれよりも確かめたいことがあった。


 遠くドーム都市の上空では、赤色灯が煌めいていて時間が無い。ヴィンセントはラスタチカを二機の背後にピタリと付ける。


「騎兵隊のお出ましだ。パーティはお開き、ダンスフロアを開けろってさ」


 フーチは聞くに堪えない罵詈雑言を喚き散らしていたものの、背後を取られたことでようやく口を噤んだ。


「まずは話を聞けよフーチ、俺だって鬼じゃねえ。誰に雇われたか喋れば見逃してやるよ」

『バッキャロウ! こちとら怖い物知らずの海賊様だぞ。人間に垂れる頭なんぞ持ちゃしねえってんだ、撃てるモンなら撃ってみやがれ』

 ならばと、僅かに照準を外して撃ってやる。

『マ、マジで撃つ奴があるか⁉』

「お前と漫才するつもりはねえ。話すのか、話さねえのか」


 空電の向こうで屈辱に歪むフーチの顔が見えるようだ。それはさておき、宇宙海賊であるところのフーチが実りのない仕事(ヤマ)を踏むとは考えにくい。わざわざ意趣返しの為だけに、ドームに飛び込んでまで空戦を挑むなんてリスクは負わない――筈だ。唆した奴がいる。


 意地を張るならそれでも構わない。海賊稼業を生業としているフーチの首にも当然懸賞金が掛けられているので、次善の案としてはその回収すればいい話。


『クソ……』とフーチは歯軋りしながら呟いた。『名前は忘れちまったんだが……』

「往生際がワリィな、もう一発ブチ込んでやるぞ」

『マジで覚えてねえんだよ! てめぇを狙う仕事(ヤマ)じゃなけりゃ人間からの依頼なんて受けるかってんだ。ちんけな人間野郎の名前を覚えるくらいなら、ポルノスターを覚える』


 つまりフーチは不詳の相手から依頼を受けた訳か。支払があれば問題ないと考えていたのかもしれないが、あまりにも杜撰。彼の部下に同情すら覚える。


「特徴の一つくらいあるだろ」

『俺からすりゃ人間はどいつもこいつも同じよ。外見にばかり拘りやがる』

「ベッド入る前に服脱がすタイプだろ、お前。それより続きを」

『俺達の金銭事情まで調べた上で話持ちかけてきやがった。シケた野郎さ、足元見やがってよ……。あとはと言えば癪に障る笑い方をする野郎だった、てめぇ程じゃねえがな。これで全部だ。さぁ謳ってやったんだ、ズラからせてもらうぜ』

「しっかり逃げろよ」

『いいかヴィンセント。今日の所はお前の勝ちにしといてやるが、これだけは忘れるな! お前を! 落とすのは! 俺様だッ!』


 フーチが先導しながらエヴォルスモークを捲きつつ逃げていくが、ヴィンセントは約束通り追いはせず、むしろ彼等が無事逃げ果せることを願いながら緩やかに高度を取り、警察に追われる機影を眺めていた。野放しにしておいた方が護衛の依頼が増えるので儲けになるのである。ある意味では賞金稼ぎと賞金首は共存関係にあり、無闇矢鱈に捕まえれば良いというものでもない。


 ふぅ、吐息を吐いてヴィンセントはバイザーを額に乗せた。ようやく静かになった空、機体を左にバンクさせれば下方にアルバトロス号が見えた。


『見事な手際だヴィンセント。御苦労だったな、降りてこい』

「アイアイ、ボス」


 緩やかに旋回下降。金星の大地は荒れ果てているが、空にだけは生命力を感じる。もう少し飛んでいたい気分だった。

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