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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd verse Aces High
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Aces High 8

 エリサを連れて操舵室に駆け込むと、顰めっ面のダンとレオナが既に待っていて「船に引き籠もっていてもトラブルを起こすとは、お前さんの人生は困難で満ちてるな」と、同情なのか皮肉なのか、開口一番ダンが言う。


「退屈しなくて助かるよ、ちくしょう。さて、どうする?」

「蠅みたくぐるぐる回りやがって。おい人間、あの飛行機いったい何のつもりなのさ」

「俺じゃなくて本人に訊けよ」


 艦首側に大きく開けた窓からは、悠々と旋回している戦闘機が見える。機影を追う眼差しは、エリサを除いてどれも鋭く光っている。


「アンタの客でしょ。知ってるはずだ、無線でアンタを出せってずっとがなってやがる」

「おい、レオナ待――」


 ダンが止めようとしたが間に合わなかった。レオナが雑にスピーカー音量を上げると、割れた怒声が炸裂し、全員が耳を塞ぐ。ガツンときた、まさか音で殴られるとは。


『オオォッラァァ、ヴィンセントォッ! 聞こえてンだろォが出てこいやァァッ!』


 声の主は金星域で盗賊行為を働く宇宙海賊〈フーチ一家〉を束ねるフーチ・フェルディナンド。賞金稼ぎと海賊。便利屋と海賊。反する立場でありながら彼等は知り合い(・・・・)であった。

 音量を下げてからヴィンセントはマイクを取る。


「あ~、あ~、ただいま多忙の為、無線に応じることが出来ません。御用の方はピー、という発信音の後にメッセージをどうぞ」

『ふっざけんなコラァッぶっ殺すぞテメェ! 出て来て勝負しろゴラァァッ!』


 スピーカ越しでざらついたフーチの怒鳴り声は音量を絞っても喧しい。正直なところ相手をするのは面倒で、ヴィンセントは、どうする? と指示を仰ぎダンを見遣る。


 ボスの指示を待っているとフーチ機が機首をアルバトロス号に向け、真っ直ぐに降下してくる。機首横にある機銃が火薬の閃光を放ち、曳光弾の帯が舷側を掠めて水柱を立てた。


「挨拶ってモンを判ってねえな。あの野郎、俺の船になんて事しやがる!」


 命中こそしなかったが、手塩に掛けた宇宙船を狙われたダンは威嚇射撃だけでも怒髪天を突く勢いだ。きっとサングラスを外したら目から光線を発射してフーチを撃墜するだろう。そんなダンを煽るようにフーチ機は挑発的な旋回に戻っていた。


「ヴィンセント、こいつはお前さんの仕事だ。今すぐフーチを叩き落としてこい」


 半ば観念したように頭を掻くヴィンセントだが、自分が出る必要があるかどうか疑問であった。確かにゼロ・ドームは宇宙の掃き溜めの糞詰まりのドーム都市だが、一応は警察組織があり、武装犯に対抗する火器も備えている。監視の目がある白昼に街の上空で空中戦を演じるなんて、警察署の前でストリップダンスを披露するようなものだ。まさか荒くれ者のフーチでもそこまでの馬鹿はするまい――、だがフーチは一人で踊るのが寂しいらしく、意地でもヴィンセントをダンス会場に誘う気だったようだ。


『オラァ、九十秒くれてやる! とっとと上がってこねえと船ごと沈めッぞぉッ!』


 そして時間は与えない、と。そこまで熱烈にご指名ならば応えてやろう。フーチとの回線切ると、艦内の制御AIに向けてダンが命令する。


「ラスタチカ緊急発進準備。電磁カタパルト、スタンバイ。六十秒で空に上げる。ヴィンセント任せるぞ、楽しんでこい」


 胸躍る感覚がある。危機感よりも期待感が勝っているのだ。ヴィンセントは不敵な笑みを返すと操舵室を飛び出していく。

 不安を隠しきれないままにエリサが通路を見つめていると、ヴィンセント後ろ姿は階段へ消えた。


「俺達に出来る事はヴィンセントが無事に発艦出来るようにすることだ。空戦が始まっちまえば手出しは無用。心配ない、奴なら自力で乗り切る」


 港に付けたままでは狙い撃ちなので、操縦席に着いたダンが緩やかに船を操り離岸させる。碌な武装がない輸送艦と戦闘機では、離岸したところでそもそも勝負にすらならないが、それでも動かない捲き藁よりはマシというもの。大型の輸送艦の操艦はAIの補助があっても困難だが、彼はフーチ機の位置を把握しながら極めて冷静に船を操る。


「猟師気分で様子見とは忌々しい。レオナ、レーダーを見てやってくれ」


 コンソールの縁に手を置いてレオナはレーダーを睨む。立体映像で表示される対空レーダー上で飛行物体を示す光点が円を描くように動いていた。


「一機だけだ、他にはいない。ダン、あの野郎は何なのさ。アタシだけすっかり状況飲み込めてないんだけど。いきなりブッ放してくるなんてどうかしてんじゃないの」

「奴の名はフーチ。表の世界からあぶれた獣人を集めたケチな宇宙海賊だ。どこにでもいる悪党の集まりだが、愚かにもドームの中でまでドンパチする程とは思わなんだ」

「やけに人間に御執心みたいだけど?」

「ウチに舞い込んでくる依頼の中には宇宙船の護衛も含まれるのは知ってるな。そこで何度もヴィンセントに仕事の邪魔をされているからな、恨み辛みもあろうよ」


「なるほどね」とレオナは鼻を鳴らし、レーダーの光点を注視する。アルバトロス号の上に味方を示す緑色の表示が増えた。「動かない飛行機なんて只の的だ、飛ぶ前に撃たれる」

「それはない。いいか? フーチは思慮が浅い上にプライドが高いときてる。奴が仕留めたいのは戦闘機に乗っている、パイロットとしてのヴィンセントであって、人間としてのヴィンセントにはそもそも興味が無い。発艦するまでは大人しくしているだろう。……それでも裸一貫で空に上げるのはリスキーか」


 狭い湾内では無関係の宇宙船に被害がでないとも限らないので、充分に距離を取りたいところ。既に艦首はドームの外に向けている。前方に障害物がないことを確認してから、ダンがスイッチを操作すると、圧縮空気で発射された煙幕弾が上空で破裂し、濃白の煙で船体を覆った。同時に電波を攪乱する〈エヴォル〉を散布し、電子妨害を行う。


「ねぇ、ほんとにヴィンスだいじょうぶなの? あぶないの。もしかしたら……」

「席に座っていろエリサ、何が起こるか判らんぞ」


 それでもエリサは尋ねるが、目隠しの中で船を操るダンには、少女を宥める余裕はない。


「――平気だよ人間は。空にいるなら野郎は負けない」


 答えたのはレオナだが、彼女の言葉はヴィンセントの勝利を願っているようには聞こえず、むしろ逆の結果を望んでいるようであった。〈エヴォル〉の影響で対空レーダーは役に立たない。ノイズだらけのレーダーから不透過の煙幕に目をやって、忌々しげに彼女は呟く。


「やられっちまえ……!」

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