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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd verse Aces High
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Aces High 5

 ――――――?


 もしかして死んだのだろうか。あるいは死が迫る緊張の中で時間の感覚が麻痺しているのかもしれない。ヴィンセントが恐る恐る目を開けると、彼の視界を橙色の固まりが塞いでいた。ぼやけた焦点が合えば、レオナの拳であることが分かる。その隙間数㎜。最後の一押しとして、レオナは寸止めしていた拳をヴィンセントの額にゴツンと押し当てた。


「ヘッ、ざまぁみやがれ。どうよ、人間様よ。獣人に踏まれる気分はさ」


 跨がられたままのヴィンセントは呻く。無念ではあるものの、訓練内容自体に収獲はあったのでは良しとしたが、それよりも――


「お前が勝ってどうするんだ」

「あ? なんか文句でもあんの?」


 当然の勝利に緊張を解いていたレオナだが、再び凶相を宿してヴィンセントを睨め下ろす。


 どうも、彼女は忘れているらしい。スパーリングを始めた理由は一体何だったのかを。訓練の枠を超えた威圧感に煽られてヴィンセントも半ば失念していたが、そもそもはレオナの弱い部分を見せてエリサの恐怖心を減らすのが目的だったのに。


「馬ッ鹿お前、エリサとお近づきになりたいんだろうが」


 レオナはマズった、と眉根を寄せる。端から見れば今の二人は食物連鎖の一部にみえるだろう。動く範囲でヴィンセントが首を巡らせると、純白の尻尾を風に靡かせながらエリサがおずおずと寄ってきていた。果たしてこの捕食者をエリサは好くだろうか。


 二人の様子を蒼い顔で眺めるエリサは、何か言おうと口を開いたが、レオナと目が合うなり震えながら顔を伏せた。


「人間、なんとかしなよ」


 ヴィンセントの胸倉を掴んで、レオナは無茶な注文を耳打ちする。さもなきゃぶっ殺す、と続きそうだった。なんとかしようとしていたのを御破算にしてくれたのはどこのどいつだ。


「あー、俺は平気だぞエリサ。訓練だからな、やられた方が間抜けなのさ。レオナも、もういいだろ、いい加減重てぇからど――」

「あぁアンッ?」

「ぐおぉ……! 体重掛けるなって、色々出るだろうが」


 いかに筋骨隆々で男勝りだとしても女性は女性。迂闊な一言は実力行使に繋がるところだが、エリサの怯えた視線を感じて、レオナは腰を浮かせた。


「げほ、なぁエリサ、こいつのどこが怖いんだよ? ただデカいだけだぜ」

 とは言うが、跨がられたままでは説得力は薄い。

「えっと、あの…………でも……」

「構わねえから言えって、レオナは怒りゃしねえよ」


 企みが無為に終わった以上、二人の蟠りを解消させるには話し合わせるしかないし、ヴィンセントも正直、鬱陶しく思い始めていた。


 エリサと話しているならレオナが癇癪を起こすことは考えにくいが、もう一度促されるまで少女は口を噤んでいて、やっと絞り出された声はまるで、詫びるように小さく震えていた。


「あ、あのね……えっと、えっとね…………。ヴィンスがね、言ってたの。レオナは……食いしん坊だから、お腹がすくと何でもたべちゃうって……エリサのことも、たべちゃうって」


 困惑と冷や汗。ヴィンセントは、すぅ、と息を鳴らして肺を膨らませた。

「……俺そんなこと言ったっけか」

「……うん、なの」

「そうか」

「うん」


 そして流れる暫しの沈黙は誰にとっても居心地の悪いものだった、特にヴィンセントにとっては。思い返してみると、あの日アルバトロス号へ戻る道すがら、冗談交じりにそんな事を話したような気もするが、数日前の雑談の内容など詳細まで記憶しているはずもない。


 そんなヴィンセントの腹の上では、レオナの身体が露骨に熱を持っていく。

「おい、人間」と、レオナがドスを利かせて股下のヴィンセントを睨む。


「アレダ、ホラ。リラックスサエヨウト思ッテダナ」

「端っからテメェの所為じゃンか、コラァ!」

「ぎゃー、ちょっと待て、振るな! 吐く吐く!」


 レオナに襟首を掴まれ、力任せに脳味噌が攪拌されて行く中で、悲鳴にも似た少女の声をヴィンセントは聞く。


「だめなのッ、やめて~ッ」

「放しなエリサ! 元はと言えばこいつの嘘が原因で――」

「レオナはらんぼうばっかりなの。エリサ、レオナきらいッ!」


 その言葉には悪気も邪気もない。純粋だからこそ子供の言葉は心に刺さる。

 レオナは体毛を逆立たせてエリサから視線を逸らした。ぶつけたい憤りと滲む悔しさに身体を強張らせると、ヴィンセントを突き放して立ち上がる。


「おい、レオナ――」

 だが船内に戻るレオナは立ち止まらず、肩越しに中指を立てて気密扉へ消えていった。


「ごめんなさいなの……エリサが言っちゃったから、いっぱい痛いコトされちゃったの」


 申し訳なさそうに佇むエリサは哀愁を誘う。綿菓子のような耳も尻尾も、すっかりへたってしまっていた。しかし数発殴られたが、それだけだ。むしろあれだけ怒らせて、怪我が無い方が不思議なくらいである。


「訓練だって言ったろ、ああやっていざって時のために鍛えてるのさ」

「……レオナこわいの」

「デカくて怖いってのは見方次第。レオナほど頼りになる奴を他に知らない」


 例えばエリサが身に着けている衣服だ。エリサが船にやってきた日の夜。あまりにも汚いということで、ヴィンセントが念入りに風呂に入れている間に、倉庫代わりの船室を総ざらいして、少女に見合う服を探してきたのがレオナだった。


「世話役の俺形無しさ。お前にゃ言うなって言われたんだけどな。恥ずかしがり屋なんだよ、ああ見えてな。本当に助けが必要なときは俺よりもレオナを頼れ、あいつは強ぇぞ~。さっきも手加減してたからな」

「ヴィンスが?」

「まさか、レオナがだよ。あいつに本気で殴られたら今頃、救急車の中だ」

「でも痛いって言ってたの……」

「そりゃ手加減されても殴られてるから、痛ぇモンは痛えよ。だが、レオナのおかげで少しは強くなれた。初めて戦ったときは一発でノされちまったから」

 語りつつ、ヴィンセントが拳を当てたのは、かつてK・Oパンチをもらった箇所である。


 鉄火場においての彼女の存在がどれだけ頼りになるか、身に染みて理解しているのは他ならぬヴィンセントだ。女伊達らに銃を携え、槍衾を闊歩するその姿には、畏怖と同時に敬意を禁じ得ない。もし彼女が向こう(・・・)に回るときが来たとしても、追いかけ回すのは御免被る。


「エリサ、この前話したことは全部冗談だから、怖がらないでやってくれ。いきなりは難しいかも知れねえけど――、少しずつでいい。な?」

「…………うん」

「レオナが来るまでウチは男所帯だったし、加えて俺とダンは人間だ。レオナにしてみりゃ真逆だから、エリサが来て嬉しいんだろうよ。それに、俺達じゃ判らないことでも、あいつなら理解出来る。一度落ち着いて話してみな。――そういえばダンとは話してるのか?」


 船長であるダンは、この船にいる限り絶対の存在だ。当然、無視出来るはずがない。熊のような体格に、特徴的なモヒカンのヘアスタイル。かつて名を馳せたロートルの賞金稼ぎは第一線を退きこそしたものの、未だに裏方で汗を流している。


 基本的に、格納庫か操舵室に篭っているダンと話す機会は、食事時か彼の元まで出向くほかない。まして最初に煙たがられたエリサにしてみれば、話しかけづらいのもあるのだろう、少女は首をぷるぷると振った。


「どこ行くのヴィンス?」

 ようやく立ち上がったヴィンセントは、振り返ってエリサを手招く。

「まだ船の中ちゃんと見てねえだろ。ついて来な、案内してやるよ」

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