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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd verse Aces High
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Aces High 2

 ヴィンセントの家であり、便利屋アルバトロス商会が誇る宇宙輸送船『アルバトロス』号。そのリビングルームに備え付けられたテーブルに座った二人のクルーは、またしても厄介事を持ち込んだパイロットを、それぞれ異なった表情で眺めていた。


「――と、言うわけで、暫くこいつを船に置こうと思います。はい、新しいクルーに拍手~」


 あらかたの経緯を説明し終えた後、ヴィンセントは気怠そうに締めくくり、狐っ子の紹介を済ませ歓迎の拍手を求めたが、手を打っているのはヴィンセントだけだった。


「勝手なことをするんじゃねえよ、ヴィンセント」


 頭頂部にそびえるモヒカンを猛らせ、船長であるダンが声を荒げる。フォッスクスタイルのサングラス、そして汚れの染みついた作業服。みるからに荒くれのこの男がヴィンセントの実質的な上司である。ボロ布に身を包んだ獣人の子供だけでもキナ臭いというのに、従業員がマフィアに喧嘩をふっかけてきたと聞かされては誰だって動揺を隠せない。ダンの怒りは尤もであり、ヴィンセントもおしかりを受ける覚悟をして船に戻ってきたが、狐っ子が身を強張らせたおかげか怒声は短く収まった。


 それはいいのだが……、ヴィンセントはじりじりと焼くようなプレッシャーに耐えかね、先程から沈黙を決め込んでいる虎の女性獣人に目を向けた。


 腰まで伸ばした癖のある栗色の長髪を一つにまとめ、橙の毛並みをした強面の相棒レオナは、がっしり組んだ筋骨隆々の腕で、ブラウスから零れんばかりの胸を支えながら憮然と狐っ子達を睨付けている。身長が二メートルを超える彼女の威圧感は、向かってくる闘牛すらその眼光で怯ませる。事実、懐の大型拳銃片手に修羅場をくぐり抜けてきた彼女は、その野性と凶暴さにおいては宇宙に数多いる凶悪犯罪者に勝るとも劣らない。


 殺意すら篭もっていそうな眼差しからダンへと目を戻して、ヴィンセントは再び尋ねる。


「あー、異議は?」

「あるに決まっとるだろ、こんな鼻垂れ拾ってきて、俺の船は託児所じゃないんだぞ。お次は誰を引っ張り込むつもりだ、ルイーズ(猫ちゃん)連れ込んでハーレムでも作るつもりか」

「女好きはあんたの方だろ、歳考えろよな」

「話を逸らすな」

「レオナはどう思う、反対か?」


 と、尋ねたはいいが、彼女が狐っ子へ向けた眼付きは猛獣が獲物を狙う眼差しそのままだった。子供に向けるには鋭利すぎる眼光は、同じ獣人である少女を怯えさせこそすれ、安堵させることは有り得ない。


「――アタシは別に文句はないよ」


 どう聞いてもありそうだったが、反対されなかっただけでも良しとするべきか。ヴィンセントがついと少女の様子を見ると、すっかり怯えてしまった狐っ子は彼のジャケットを強く握りしめていた。可哀想に……。


 理由は分かりきっているが「なんでアタシ、ビビられてんの?」とレオナは問うから質が悪い。正直に心中逆撫でしてみるのも一興だが、オブラートに包んで答えることにした。


「初めましてで緊張してるのさ、それか俺に惚れてるか」

「洗脳でもしたンじゃねえだろうな?」

「酷え言い草だな、人間嫌いも大概にしろよ」

「アンタよかマシさクソ人間。――とにかくアタシはダンに従うよ、アンタの船だ」


 いくらごねようがヴィンセントもレオナも所詮雇われの身であり、結局の所、船長であるダンの決定が絶対で自然と視線はダンへと集まった。


「又ぞろ首を突っ込んで、拾ってきた子供の世話をするだと? 誰が面倒を見る? しかもだ、なんて相手に弓を引いてきたんだお前は……むぅ、頭が痛くなってきたぞ」

「頭痛薬でも飲めば?」

「黙っててくれレオナ」

「なら捨ててくるか? 痛むのは俺の懐だけだし、ダンが言うなら仕方ねえけどよ。真夜中にちびっ子一人放り出してみろ、明日の朝日拝めるかも怪しいもんだぜ」


 後ろに引かれる感覚をヴィンセントは感じた、どうやら怖がらせてしまったらしい。彼の陰からは瞳を潤ませた狐っ子がダンを見つめている。


 少しでもまともな部分があるなら誰だって子供をないがしろにするのは気がひける、しかも追い出したが最後、不幸な目に遭うのが分かっているとなれば尚更だ。そんな人間の弱味を突いたのが許せないのだろう。ダンの呻き声はまさに恨み言を言っているようだったが、どんなに険しい表情で呻いていても、悩んでいるということは答えが出ているに等しかった。


「ああ、仕方がない、暫く預かるくらいは許そう。ただしヴィンセント、お前が面倒見るんだぞ、それが条件だ。それから何か仕事をさせろ、タダ飯喰わせるほど甘くはないからな」

「任してくれって」


 船の大きさに反して乗組員は三人きりだ、技術的な作業を抜きしても幸いなことに仕事は山ほどある。船内の雑用でもやらせればいい、それに関しては――


「レオナより役に立つかもな。仕事以外は喰ってるか酒吞んでるかだ」

 ギロリと彼女の目が光る。

「アタシの勝手さ、テメェこそ惰眠貪ってやがる癖にうるせぇんだよ」

「俺はいいんだよ、パイロットだから」

「理由ンなってねえんだよ!」


「喧しいッ!」騒ぎ出す二人をダンが一喝して黙らせた。「とにかくだヴィンセント、この娘っ子の面倒はお前さんが見るんだ、いいな」

「分かったって」


 再度念押しされるまでもない。足音荒く出て行くダンの声は疲れているようにも聞こえたが、子供一人を見殺しにすることに比べれば罪悪感は薄い。とはいえ拒否されればそれまでだったのだ感謝もある。わりぃな、と呟こうとした矢先ヴィンセントの口をついたのは他の言葉だった。


「やめとけってレオナ」


 別に彼女が何をしたわけでもない、強いて言うなら狐っ子を見つめていたといったところだが、耳を寝かし身体を丸めている少女の姿が怯えっぷりを表わしていた。


「名前を聞こうとしただけだってのに、一々五月蠅いな」

「代わりに訊いてくれるのはありがたいが、怖がられてるぞ?」

「うるせえ、あっちで皿でも洗ってろ」


 矛先が他に向いていてもレオナが唸れば少女は怯え、質問もクソもあったものじゃない。自分がどれだけおっかない顔をしているか知るためにも、レオナは鏡を持ち歩いた方がいい。しかし、である。ぶっきらぼうな彼女なりに友好を――おそらくは――示してここまで避けられているのは流石に哀れだ。弁解の一つでもしてやるかとヴィンセントは口を開きかけて言葉に詰まる。そうだ、どう呼べばいい。


「チビ、名前なンてのさ?」


 流石相棒だが尋ねるのは、とりあえずその額の皺をアイロンで伸ばしてからにしてもらいたい。餓虎に詰め寄られながらどうやって言葉を絞り出す? といっても、ヴィンセントが尋ねたとしても結果は同じだろう。これに関してはレオナの凶相は関係ない、必要なのは言葉よりも紙とペンなのだ。なにしろ少女は口が利けな――


「…………エリサ」

 震える声でぽつり、狐っ子が呟いた。


「お前喋れんのかよ⁉」


 狐っ子、改めエリサは申し訳なさそうに頷く。いくら話しかけても首を振るばかりだったのでてっきり聾唖者なのだとヴィンセントは思っていた。が、思い返せば「喋れないのか?」と尋ねたとき彼女は首を振りはしなかった気がする。


「あ、えーっと名前なんだっけ、驚いて忘れちまった、もっかい頼む」

「エリサの名前はエリサ、なの……」


 風が吹けば消えてしまいそうな声でエリサは言った。済んだ青空を、雲の上から眺める青空を思わせる少女の碧眼に似合いの、清涼な名前だとヴィンセントは思う。が――

「へぇ~、可愛い名前じゃん」


 驚愕にヴィンセントの目が見開かれ、不似合いの単語を口にしたレオナに向けられる。感想としては平凡だろうさ。だが、立ち上がればヴィンセントを見下ろし、揉め事となれば、言葉よりも拳よりも先に銃をぶっ放す脳筋女の口から「かわいい」なんて単語が飛び出すのは悪いことが起きる予兆か? まぁいくら褒めたところで、とうのエリサがすっかり縮こまってしまっているのがなんとも哀れではあるが。


「とりあえず座れ、リビングでいつまでも立ち話じゃ馬鹿みてぇだ」


 落ち着いて話をしようとヴィンセントが腰を下ろせば、エリサは彼の向かいの椅子を選んでちょこんと座った。因みにだがレオナとは対角の席である。


「なんで喋れるって言わなかったんだよ」

 エリサは少し言い淀み、「ごめんなさいなの……」と謝った。

「だって知らない人だったから……」

「『口利いちゃいけません』ってか。ひでぇな、飯喰わせてやったろ?」


 冗談めかしてヴィンセントは言うが、エリサは頭を垂れて「ごめんなさい」と呟くだけだった、子供には少しばかしキツい言い方に聞こえたかもしれない。


「フン、こいつに謝ることなんかないんだよエリサ。人間なンてのは嘘と差別で凝り固まった屑ばっかなんだから、信用しないのが賢いってなもんさ。使えるだけ使われて裏切られるのがオチだからね」


 ヴィンセントの真横に腰掛けていても、レオナは人間批判をあっさりと口にする。落ち込むエリサを助けるにしても、彼女の言葉では逆に不安を煽りかねない。


「いいかエリサ、アタシ達、獣人が頼れンのは――」


『――獣人だけ』おきまりの台詞の続きはヴィンセントにも予想出来た。その先の言葉もレオナは用意していたのだが、当のエリサが身を縮めたため尻切れトンボに終わってしまう。


「コミュニケーションの仕方を勉強するこったな、ドンパチする以外によ」

「口だけ野郎が……舌引っこ抜くぞてめぇ。気分で助けて英雄気取りか、面倒になりゃどうせ見捨てる気なんだろ、この偽善者め」

「ンだとこの野郎」


 流石にだ。罵られっぱなしで面白い奴が何処にいる、マゾヒストならば喜んだかもしれないがヴィンセントにその気はなく。


「笑わせてくれるぜ、面白ついでにその暑そうな毛皮剃ってやろうか? そうすりゃ少しは風通し良くなるだろ」


 隣に座ったのが運の尽き。こめかみに青筋立てながら彼はレオナと睨み合うが、人間のヴィンセントが睨付けたところで、人間嫌いのレオナが目を逸らすはずがない。まさに一触即発だ。二人は今にも殺し合いを始めそうで、額をごりごりとすりあわせる様は、おそよ相棒という関係には見えなかった。


「け……ケンカしちゃダメ……なの」


 三白眼で歯軋りする二人は喧嘩と呼ぶには殺気立ちすぎる。殴り合いで済めば御の字である状況だったが、二人はエリサの怯えた目を見ると、ばつが悪そうに顔を逸らして浮きかけた腰を椅子に戻す。無垢な少女の懇願は、すっかり二人のやる気を削いだ。


「喧嘩じゃあないよエリサ、これはね」


 そう嘯くや、レオナは突然ヴィンセントに腕を回して強引に肩を組む。どうやら彼女が抱いているエリサへの好意は本心らしく、殺人的な眼光でヴィンセントに同意を求めた。肩を組んでいるのを仲良しこよしとするならば、じゃれ合いで済むだろう。そもそもレオナと事を構えた場合――


「ああ、そうだこれは喧嘩じゃねえ。一方的な暴力になるしな」


 絡んでいる腕に力が込められヴィンセントの首が少し締まった。抱き寄せられたおかげで彼の頬はレオナの巨乳に沈み込んだが、そこに喜びは感じない。この状況だとナニよりも鳥肌が先に立つ、からかうのもそこそこにしておいた方が良さそうだ。


「遅くなっちまったけど、とりあえず自己紹介といこうか」

 ヴィンセントはレオナの谷間から、もとい腕から逃れ、よれた煙草に火を灯す。

「ヴィンセントだ、この船で戦闘機のパイロットをやってる。そのままだと長ったらしいからヴィンスでいい。それから、さっきの頭にデッキブラシ乗せてたのがダン、あのおっさんが俺たちの雇用主だから、お行儀よくしとけよ? ……んで、こいつがレオナだ」

「助けがいるならアタシに言いな。よろしく、エリサ」

「腕利きの拳銃遣い(ガンスリンガー)だ。怒らせると怖いぞ、気を付けろ」


 無言の圧力を感じて、ヴィンセントは誤魔化すように咳払い。


「分かりやすく言えば俺たちは便利屋だ。……便利屋って分かるか?」

 エリサはぷるぷると首を振る。

「そうだな……どっかの誰かさんの面倒事を解決する仕事だ、幅広く」

「雑すぎンだろ人間、もうちょっと分かりやすき教えてやんなよ」

「決まった仕事があるわけでなし、構わねえだろ」


 一息紫煙を吹き上げてからヴィンセントはまだ長い煙草を揉み消し、煙たそうにしているエリサに目を戻した。


「それじゃあ、次はお前の話をしてもらおうかエリサ。何が出来る?」

「だから分かりやすく訊いてやんなよ、困ってンじゃんか」


 レオナの言うことにも一理ある、ヴィンセントは顎を掻いて船で必要なスキルを考えた。


「料理は出来るか? 掃除とか、洗濯は」

「……うん、ちょっとだけ」


 頷くエリサは不安そうだ。別に三つ星シェフ並の料理も、一流ホテルクラスのサービスも求めていない。飯は喰えれば充分で、部屋だってゴミ屋敷にならない程度に片付いていれば問題ない。最悪出来なければ教えればいい。


「じゃあ決まりだな、よろしく頼む」

 やはり不安げにエリサは頷く。

「あと聞き忘れてたが、どこから来たんだ、お前?」

「…………えっと、おうちは……あれ? えっと……」


 エリサは言葉を詰まらせて碧眼を宙に彷徨わせた。期せずしてヴィンセントはとんでもない地雷を踏み抜いてしまった。

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