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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verse BAD DAY
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BAD DAY 9

 残ったのは奇妙な取り合わせの三人だった。ヴィンセントにレオーネ、それから彼の護衛である大男。この状況は窮地を脱したと考えるべきか、それとも深みにはまったと捉えるべきなのか。密室には圧迫感が満ちていて、部外者であるヴィンセントは息を詰まらせていた。


「――して小僧」


 紫煙の霞。背もたれに再び身体を預けたレオーネがしゃがれた声で話しかける。「はい」と、反射的に返事をしてしまったヴィンセントは、何とも間抜けな気分になった。


「お前が電話の主か? 話では女だと聞いていたが」

「重要なのは話の内容、役に立ったかどうかです」

「無事に済むとも限らんのに無謀な真似をしたものだ。便利屋だな、小僧? アルバトロス商会のパイロットだろう、名は確か……ヴィンセント、そうだ」


 便利屋にとって名が売れることは、喜ぶべき事であり、同時に避けるべき事でもある。知られたくない相手に知られた今回の場合は後者であり、ヴィンセントは渋面になった。そもそもレオーネに、自身の命が狙われていることを知らせたのはルイーズだ。頼んだのは彼女が仕入れた情報をそのまま高値で買い取る相手に流してもらうこと、その過程でヴィンセントの身分を漏らすようなヘマを彼女がしでかすはずがない。というか、ありえない。その会話をヴィンセントは事務所で聞いていたのだから。


「黙っていても構わんが、そこにずっと立っているつもりか、獣と戯れる阿呆鳥よ」

「人間の恥さらしと呼びたければご自由にどうぞ」


 皮肉交じりに答えてみたが、レオーネは気にした様子もなく葉巻をくゆらせていた。

「優秀な者に区別はせん、貴様には礼を言わねばならんようだしな」

「お役に立ったなら伝えた甲斐があるってものです、爆弾魔まで見つけるとは思っていませんでしたけど」

「貴様からの知らせでマルコの企みが確定し、即座に対応しただけの話よ、前々から気配は察しておった。どうにも甘やかしすぎたようだ、儂の首を取り成り代わろうとは……」

「野心の固まりみたいな連中が集まってるんだ、下克上なんて珍しい話じゃない」

「信頼に足る人間はそれだけで貴重だな、何にも勝る価値がある」


 憐れみを宿した視線をドアへと向けると、レオーネは嘆息した。ついとヴィンセントへ視線を戻すと彼は訊く。


「それで小僧、貴様は儂の危機を知らせてくれたわけだが、ファミリーでもなければ、面識もない貴様がダイヤルを回した理由を聞かせてもらおうか」

「そこまで特別な理由はありません」


 無償の誠意を疑うのが裏世界に携わる者の性である。レオーネは正にそんな表情だった。


「ふむ……、なんにせよ救われたのは事実だ。行動には結果が、そして結果には報酬が発生するもの、儂はケチな金貸しとは違う――何が望みだ」

「大したことじゃありませんが」

「さっさと言え、歯切れの悪い言い方を儂は好まん」

「じゃあお言葉に甘えて」ヴィンセントはデスクを挟んでレオーネの正面に立ち、改めて彼と相対する。「マルコが攫っていった子供を返してもらいたい」

「子供とな?」

「白い毛の、狐の獣人です」

「それだけか」


 あの狐っ子を連れ出すだけで、他の謝礼は不要だった。拍子抜けだと聞き返すレオーネに、ヴィンセントは短く「そうです」とだけ答える。


「いいだろう」


 返答は実にあっさりとしていて、レオーネが承諾すると同時に、彼の傍に控えていた大男が子細承知と頭を下げ退室していった。


「聞くが小僧、この店についてはどこまで知っている」

「――というと?」

「ショウの内容だ、説明せずとも詳細は知っているだろうがな」


 殺人ショウ――考えるだけでも胸糞悪い。人が死ぬ様をみて楽しむなど鬼畜の所行、ブタの愉悦だ。吐き気と一緒に体内を駆け上がってきた罵詈雑言を聞かせてやろうかとも思ったが、なんとか思いとどまり、ヴィンセントの喉を通り過ぎた言葉は彼の目に宿った。


「だろうな――マルコはファミリーの面汚しだ。……意外そうだな、儂等を悪党だと思うか」

「貴方が悪党じゃなけりゃ、この世は善人だらけの素晴らしい世界だ」


 暴言の欠片が喉に引っ掛かっていたらしい。思わず出た皮肉をレオーネは笑った。


「儂等は殺しも密売もするが、その全ては必要な事柄であり、見世物のための殺しなどせん。相手が獣人であろうとな。それこそ人の道を外れた行いだ、見世物としての殺しなど、どちらが獣か分かったものではない、超えてはならん一線が奴には見えておらんかったようだ」

「止める気があったと」

「警告に気付ず、外道なシノギに手を出しおってからに、愚か者めが」


 レオーネが語る言葉をどこまで信じていいのか分からなかったが、少なくとも殺人ショウが行われることはないだろう。人道から外れることを良しとすれば、それはつまり、忌むべき獣人と同列か、それ以下のケダモノに成り下がることに他ならない。マフィアが人道を語るかとも思えたが、便利屋にしても大した違いはない。黒か、黒に近い灰色かの違いだけだ。


「それにしても小僧、中々面白い男だな。流れの便利屋しておくには惜しい」


 柔和を感じさせる声音でレオーネが言った。褒め言葉とも取れるが、マフィアの大ボスに褒められてもだ……。おそらくレオーネは、ヴィンセントが便利屋稼業とともに賞金稼ぎをしていることも承知しているはずだ、つまりは分かりやすい敵対関係にあるわけだが、その相手を囲おうとしているように見えた。わざわざ身中に虫を飼おうというのか。


「……興味が湧いたのなら仲介屋に連絡してください、番号は御存知でしょう。依頼を受けるかどうかは別の話ですが」

「飛行機も飛ばすと聞いている、宇宙船の護衛も請け負っているそうだな」

「積荷次第です。場合によっては積荷事いただくかも」

「それは否だ、貴様は裏切らん。第一それが商売だろうが、一見すれば捻くれているが、その実は真っ直ぐないい目をしている、この世界では珍しい」

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