BAD DAY 8
売り上げは順調、人気も絶頂。店にやってくるお客様方は人の形をした獣を毛嫌いし、連中が死に絶えることを望んでいる。狙ったとおり、獣人をステージに上げての見世物は上客達の人気を博し、売り上げにも大きな効果を上げていた。非日常的なスリルを求める客は、普通に暮らしていてはまず得られないスリルがあるからこそ、店に足を運ぶのだ。しかも喜ばしい事にステージに上げる獣人には事欠かない上、お咎めもないとくる。スラムには家無しの獣人の等掃いて捨てるほど居る。捨てられたゴミの中から人間を楽しませるエンターテイメントに貢献出来るのだから、獣共も使い様だ。獣人がどれだけ消えようが人間は無関心で、むしろ歓迎する声が多く、街を片づけた上に金も稼げる。素晴らしいサイクルだ。
上等なスーツに身を包んだ紳士に、麗しき淑女。金星に名高いお客様方には、嬲られる獣人の姿は最高の娯楽となり、上機嫌になった彼等は次々金を落としていき、懐はボイラーよりも暖まったが上り詰めるにはまだ足りない。長いこと我慢してきた、が――いつまでも老いぼれの下にいるつもりはない、今日全てがひっくり返ることになる。頭の固い老人は長い旅に出ることになるだろうさ。その前祝いとして、クラブで見世物をやるようになってから初めて、ステージに立つ獣人を買った。陵辱される獣人は美しければ美しいほど、儚ければ儚いほど客は盛り上がる。
幼く、儚く、美しい――。あの狐の餓鬼は条件を満たしていて、良い買い物だった。
そう……、ただ餓鬼一人を嬲るだけだったはずだ。あの餓鬼の悲鳴は新たな一歩へのファンファーレとなる筈だったのだが、どうだこの有り様は。肝心の餓鬼は逃げるは、捕獲に出した部下は派手なドンパチの挙げ句、一人の男にあしらわれ病院送り。お得な買い物だと思っていたが、押しつけられたのはとんでもない災厄の種だったのか。
金星において、レオーネ・ファミリーの顔役であるその男、マルコは高級クラブのオーナーに相応しいデスクに腰を下ろし、前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。
「お前がついていながらなんて様だ、とんだ失態だぞストライプ」
「ガキの方は抑えました。男の方はまだだが、時期見つかります」
報告を受けたマルコが背もたれに身体を預けると、彼の腹心である縦縞スーツの男は腕を組み直し「どちらも」と付け加えた。
「必ずだぞ。生かしてこの街から出すな」
報復は組織にとって重要な意味を持つ、やられたらやり返すのが当然の流儀で、血には血の報復をであるがしかし、彼の関心は獣人の子供でも謎の男にもなかった。マルコが待ち望んでいるのは一本の電話である、その知らせに比べれば他の全ては獣人の命くらいどうでもいいことだ。彼は言いしれぬ焦燥を感じていた、それは期待に因るものなのか、それとも不安に因るものなのか、凶報に包まれた吉報は未だ彼の元に届かない。
「ディーラーとの連絡は取れたのか」
「探させているが奴も取引以来、足取りが掴めてません。アントニオからも進捗は良くないとだけ聞いてます。しかし相手はたかが獣人の奴隷商だ、何か気になることでも?」
そう尋ねられマルコは考える、気にしすぎなのかもしれないと。計画の完遂を前に神経質になりすぎているようだ。彼の心中を察するようにストライプが口を開く。
「もうすぐマルコの時代が来る。腑抜けちまったドン・レオーネに悩まされることもない」
「その通り、時代は変わった。休暇に出たって連絡が待ち遠しい」
「ええ、ボスにはじっくりと骨を休めて貰いましょう」
唐突なコール音。瞬間。緊張の面持ちでマルコは電話に視線を落としたが、普段と変わらぬ所作で受話器を持ち上げる。しかし、その内容は彼が切望していたものではなかった、発信は店の受付からだ。
「暫く取り次ぐなと伝えておいただろ、耳逆さについてんのかテメェは」
『すみませんボス。それが、公園での一件について知っていると言う奴が来てまして……』
「耳ひっくり返してよく聞け。俺は告解を聞く神父じゃねえ、世話になりてェってんなら棺桶にブチ込む算段はしてやるぞ。それっぐらいテメェで聞いとくくれえの頭が働かねえか」
『すみません。それがボスに直接合わせろと聞かなくて、会えねえのなら帰ると』
「どこの馬の骨とも知らねえ野郎が『顔を出せ』だ? それで、テメェは親がそこまで嘗められてるってのに馬鹿丸出しで電話してるってワケだな、受話器越しで殴れるなら爺さんが使ってたバットで忠義ってモンを脳髄に叩き込んでやるとこだ」
『あ……、どうしましょうか』
「連れてこい、話くらい聞いてやろうじゃねえか」
こいつには、いや、こいつらには色々と叩き込んでやる必要がある、来世で役に立つように。受話器を置き暫し待つ、やがて――
ノックノック――……




