BAD DAY 7
ふぅ、と小さな溜息が一つ、野性を腹に収めたルイーズが口を開く。慎ましく艶やかな雰囲気を纏い直していた。
「どうやらあなた、大変な事になっている様子ねェ。本当に懲りない人」
彼女の言葉には甘い誘惑が付きまとう、その淫靡さは毒薬のようだ。
「トラブルメイカーみたいに言わないでくれ。俺は平穏無事に暮らせるならそれでいいのに、トラブルの方からやって来るんだからしょうがねえだろ」
「混成街で出騒ぎがあったと聞いたときはもしかしてと思ったけれど、まさか本当にあなたが関わっていたなんてネェ、それに公園でも――。日に二度も撃合いをするなんて」
「ど~も今日はツイてないらしい、幸運の女神の憂さ晴らしを味わってるよ」
「レオナと組むようになってから何度聞いたか分からないわね、その言葉」ぼやくヴィンセントに微笑みを返すルイーズ。「それに酷い格好、ジャングルでも抜けてきたのかしら」
銃弾をかわすために草の上を転がったときにでもついたのだろう、木の葉がはらりと床に落ちた。ついでに服装をただしてみるが、元がしわくちゃのミリタリージャケットでは整えたところで程度は知れている。
「ではヴィンセント・オドネル、お望みの情報は?」
「連中は何をやってんだ」
「モレッティ・ファミリーについて……? やっぱり詳細は知らないのね」
あれだけ話を聞かされれば誰にだって察しがつくというものだ。紙袋から弾薬箱を取り出して、空の弾倉に弾を込めていくヴィンセントを、ルイーズは憂いながら見つめていた。
「ウチは基本的には(・・・・・)クリーンだ。どんな依頼でも受けるが、裏社会の連中とはできるだけ関わらないようにしてる。俺が知ってるのは概要だけ」
「……彼等が人間のみで構成されたマフィアなのは知っているわよね。組織のトップであるレオーネが構える本部は別のドームだけれど、ココでも彼の影響力は強いわ。冷酷で残忍、恐ろしい男よ。敵対する者には容赦しない、例え身内であろうとねェ。これは組織全体のカラーでもあるわ、マルコも同様よ。以前、儲けをちょろまかした部下が居たのだけれど、その男は両手を切り落とされてから焼かれたわ、生きたままで。直接手を下したのは弟のアントニオ。彼も兄に劣らぬサディストよ。組織はあらゆる犯罪行為に手を染めているわ。強請に売春、それに密売。売っているのは物だけじゃなく、ヒトまで売り物として扱っているわ」
「人身売買か」
「獣人の、特に若い女性や子供を狙ってね。巧妙に隠されているし、ストリートに溢れている獣人の子供が一人二人居なくなっても誰も気にしないけれど」
事実、彼女の言うとおりだ。ドーム都市と一口にいってもその広さは島国一つが収まるほどで、中心部から離れればスラムさえある。その中から家無き獣人が何に消えようが関心を持つ者など皆無なのだ。
「マルコについて教えてくれ」
ルイーズの耳がぴくりと反応する。彼女は平静に見えるが、どうも表面上のことらしいと、揺らぐカップが物語っている。彼女は眉根を寄せることも牙を剥くこともしなかったが、憎む相手を語るには落ち着いたその表情がむしろヴィンセントの背筋を寒くさせた。
「彼はゼロドームの支部を任されているわ、お店も持っている。クラブよ、人間御用達の高級クラブ。いえ、果たしてそう呼べるのかしら。そこで何が行われているか貴方に分かる?」
金色の瞳は目の前の人間を見据える。――冷たい微笑。
「……主な客層は裕福層の人間達、でも彼等が望んでいるのは美酒や流行の音楽でもなければ、ダンスでもないわ。思い思いの獣人排斥論を語り合うのよ、ステージで嬲られる獣人の姿を眺めながらね。それに暴力行為だけじゃ飽き足らず、彼等は――……」
彼女は言葉を切ったが、どのような行為が行われているかは容易く想像出来る。空の胃袋が引き攣るような不快感を覚えたヴィンセントの手は止まっていた。人間である自分でさえそう感じるのだから、ルイーズの心は言葉で語るには哀しすぎる。
「言わなくていい、ルイーズ」
ルイーズはその眼を細める。満月のような金色の瞳は陰り、直視するには辛すぎる。
「信じられる? マルコはね、攫ってきた獣人を磔にして、ステージ上で辱めるのよ。無抵抗の獣人を大勢の前で陵辱して、見世物し最後には殺すの、まるで家畜でも扱うみたいに。それを見て、嗤うのよ彼等は」
ヒトの死を見世物としてステージを囲み語らう下衆の極み、鬼畜の所行だ。胸糞の悪さに二の句が継げなかったヴィンセントは、手にしていた弾倉を机に置き、新しい弾倉へと手を伸ばす。彼はリスクと報酬を天秤に掛けて仕事を受ける便利屋だ。ハイリスク・ローリターンな仕事は避けて通ることも出来る。が、それでも彼は新しい弾倉に為を込めていた。正義だとかそんな綺麗事ではなく、彼の行動原理はもっと単純なものだ。――気に入らない、ただそれだけのこと。まだ十歳かそこらの子供が嬲り殺しにされるのを知っていながら目を瞑るのは寝覚めが悪い。放っておけばあの狐っ子がステージに上がるのは明白で、その時は迫っているかもしれない。早ければ今夜だ。
「だからここに来たんだ、役に立つ情報あるんだろ? 一つ儲けが減るかもしれないが、俺が来たときに受けてた電話の内容なんか使えると思うぜ」
ルイーズは驚き混じりにヴィンセントを見つめ、訝しんだ。
「聞こえちまったんだ。気に入らねえのは分かるが、諸刃の剣は使い様さ。それに時間も少ない、バックアップ頼まれちゃくれないか」
「一人で行くつもり?」
「これ以上事を荒立てたくない、そもそもは俺の私闘が原因だ」
ルイーズはだが、凪いだ瞳でヴィンセントを見つめている。
「後悔しているの? 助けられなかったことを」
「俺の人生は後悔と失敗の連続さ、増えるかどうかは……まぁお前次第かな」
「ズルい人……。高く付くわよ? それと条件が一つあるわ」
「足元見やがって」と、にべもなく応じたヴィンセントの手の中では、カチリカチリと金属音が鳴り続けている、条件は聞くまでもなかった。
「必ず助けてあげて」
「ふ、お人好しめ」
ヴィンセントが皮肉っぽく笑うと、優しい微笑が返ってきた。




