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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verse The Pretender
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The Pretender 4

「それで? 助手はいいけど具体的に何すりゃいい」


 ヴィンセントは煙草に火を灯すと、尻尾を揺らしながら前を行くルイーズ尋ねる。働くのはよしとして、明確な指示が欲しかった。


「そう難しい話じゃないわ、人間街に足を伸ばして情報収集を頼めるかしらァ。賞金首の情報よ、連続殺人犯の……事件については知っていて?」

「犠牲者八人、賞金増額。ニュースレベルでなら」

「充分よ、私も似たようなものだから」

 時間が掛っても、ゼロ・ドームで起こっていることの大半はルイーズなら調べられる。その彼女がニュースと同程度の情報しか持っていないのは些か不可解だ。


「――お前にも集められない情報があんだな」

「全くないわけではないけれどね。異様に少ないのよ、気味が悪いくらいに。それから犠牲者はまた増えているわよ、九人よ」

「そいつは初耳だな、いつだ?」

「今朝早く、人間街で獣人が一人殺されたわ。手口も一緒、喉を裂いて全身を八つ裂きだそうよ。増えた賞金を狙って続々と賞金稼ぎがドームに来ているの。他の案件があって私も手を出せていなかったのだけれど、人手が増えたのなら、本腰を入れられるわ」

 なるほど、チンピラ共も過敏になるわけだ。あいつ等の場合は別の理由かも知れないが。


「――賞金はいくらになってんだ」

「未発表だけれど二十五万ドルよ。今の状況が長引くのなら増額もあり得そうだわ」


 高級スポーツカーに手が届く大金にヴィンセントは口笛を吹く。一週間など余裕で乗り切れるし、それどころか戦闘機の新しい装備も揃えられじゃないか。膨らむ想像、捕らぬ狸の何とやらであるが、彼の不埒な欲望を、ルイーズは背中で感じ取っていて「簡単にはいかないわよ」と、キツい口調で戒める。


「なんの話だ?」

「捕まえようと思っているでしょう」

「お見通しか、脇に銃下げてるのは身を守る為だけじゃないんだぜ」

「やめておきなさい、貴方の手には負えないわ。殺されるわよ」

 死ぬのが怖くて銃が握れるか。そう剽げるヴィンセントだが、ルイーズは耳の先まで緊張に強張っていた。


「相手が誰かも分かっていないのに強気に出るのは無謀よ。この犯人がただの狂人ではないと言ったら、投げ縄を回す手を止めるかしら。別のドームでも似たような手口の事件があったのよ。ここまで残忍ではなかったけれど喉をスッパリと切られて、一ヶ月で四人が殺されている。調べた範囲では手口に無駄がなかった」

「本当なら賞金増額も納得だが、そいつがこの事件の犯人だと?」

「予想の範疇は出ないわ。ただ、まだどちらも捕まっていない上に情報が皆無なのよ、同一人物の可能性はあり得る。相棒がいれば少しは安心して任せられるけれど」

「ダンがいればって? あんましおっさんに無理させるなよ」

 ルイーズはだが、見当違いだと首を振る。

「貴方の友人の少なさを嘆いているのよ」

「ほっとけ、でっけぇお世話だ。……だから情報を集めろって?」

「武器の手入れをしているよりは有意義でしょう」


 つまりルイーズは高額賞金首の情報を賞金稼ぎに売りさばきたいわけだ。生け捕ることが困難な標的だと見切りをつけられない、無謀者達に向かって。問題があるとすれば、情報屋は彼女だけではないということ。


「手分けした方が良かねえか? 出遅れてるんだろ」

「するわよ、勿論。ただ最近物騒だから途中まで護衛もお願いしたいの」

「助手じゃなかったか?」

「助ける意味では同じでしょう? 街中ピリピリしちゃって、まともに話も出来ないわよ、特に人間とは。困ったものだわァ」


 合点がいった。ヴィンセントは煙草を踏み消すと、通りの反対側を望む。道幅はたかだか二十メートルでも彼岸は別世界のようで、混成街と人間街を隔てる通りは国境線に似ている。


「そこで俺の出番ってことか――、にしても意外だな」

「? なにがかしら?」

「いや、情報集めるのに足使ってんのがさ、古風だなぁ~、と。ずっとパソコンに張り付いてるもんだと思ってたけど」

「やだ偏見じゃない? いつの時代も情報収集の基本は自ら出向くことでしょうに。私はそう教わったし、間違いではないと思うわァ。ネットに出回っていない情報の方が価値が出るものよ。必ず――とまでは言わないけれど、今回はどうかしら、よろしくネェ」


 ルイーズは人間街にも顔が利くはずだが、そんな彼女が踏み入るのを躊躇うくらいまで両種族の緊張感は増しているとなると、なるほどハードな案件で、それならまずは共通の知り合いから回ってみるべきか。


「んじゃ、一通り聞き込んでみっけど、期待はすんなよ? 合流はどこだ」

 交差点で止まるルイーズに並んでヴィンセントは尋ねた。

「そうネェ、私はもう一度獣人街(こっち)を聞き込んでみるから、事務所で合流にしましょう。頑張ってきてネェ、ヴィンス。成果がないと宿がなくなるかも」

「マジでか」

「ふふっ、それじゃあまた後で」

 冗談だと思いたいが、どうだろう。尻尾をフリフリ去って行くルイーズを見送ると、ヴィンセントも通りを渡る。せめて屋根のあるところで寝たいものだ。



 しかし、そう上手く行かないのがこの世の常であり、何よりもイタかったのは一番の情報源に会えなかったことだ。まぁ突然押しかけたわけだし、向こうにも仕事がある。どうも人気者は忙しいらしく、時間いっぱいまで聞き込みはしたが誰からも有力な情報は得られなかった。

 なるほど、ルイーズが手こずるわけだ、異様に情報が少ない。

 足取り重く、思考も鈍行のヴィンセントだが、気分はそこまで沈んではいなかった。初日で成果が上がるようなら、そもそも助手など求めないだろう。折檻は仕方ないにしても、安心して眠れる場所をもらえるのなら、引っかかれるくらいなんて事はないのである。


 事務所まで戻れば、退屈そうに尻尾を揺らすルイーズが待っていたので、ヴィンセントは遠目からその表情を静かに窺う。――ぺたりと寝た耳、芳しくない。


「お帰りなさいヴィンス、どうだったかしら」

「さっぱり、なしのつぶてだ。目撃談はあるにはあったが、プレスリーの復活ライブとどっこいなガセネタだぜ。どいつもこいつも言うことバラバラ」

「そう……役にたたないわネェ、と、言いたいところだけれど概ね予想通りだわ。私の方も得られたのは被害者に関する情報で、犯人に関しては恨み言を聞いたくらいだもの」

「名前どころか、顔も性別も不明か。出歩けねえなぁ、これじゃ。どうすんだ情報屋」


 正直なところ、ルイーズの情報網に何も引っ掛からないこと自体が異常なのだ、かの時にしても相当もどかしいのだろう、「う~ん」と唸り考え込む彼女の姿なんて見たこともなかったが、やがてルイーズは金色の瞳を見開いて、何かに答えを出した。


「……帰りましょう」

 言うが早くヴィンセントを外へと追いやり、ルイーズは事務所の鍵を閉める。そのまま帰路へと付く彼女の後ろには戸惑う様子のヴィンセントが。

「いいのか切り上げちまって。実質、収獲ゼロだぞ」

「今日の所は、ネェ。 それに収獲ならあったわよ」

「確かに、俺は宿にありつけたけど」

「そうじゃなくて事件についてよ。今回の事件はドーム全体が注目している、なのに誰一人まともな情報を持っていない。これってヘンでしょう」

 それはヴィンセントも感じていた。普段なら、勘に引っ掛かる情報の一つくらいはあるものだが、皆無というのはどうにも怪しい。


「まあな。それがどう繋がるんだ?」

「見えていないことが、見えているということ。――貴方、ロキシーには会えたの?」

 結局ヴィンセントが会えなかった共通の友人の名をルイーズは挙げた。今日彼が出向いた区画では間違いなく一番の情報通なのだが――


「いや、仕事中だった。客から零れた話を他の子にも当たってみたけど、さっぱりだったな。口止めされてるとかじゃなく、単純に知らなそうだ」

「でしょう? 少ないにしても程がある。普通は数ある噂ばかりの中に手がかりの欠片でも落ちているのだけれど、それすらもない。一目で分かるガセネタばかりが蔓延しているなんて不自然だもの」

「警察も慎重になってるんじゃないか? 犯人が人間でも獣人でも大事になる。解決までに時間を掛けすぎた」

「でも過剰にすぎる。犯人に関する情報がなさ過ぎる」

 となると、警察内部で情報統制が行われているということか。それにしたって警察も敏感になりすぎている気もするが。


「なるほどな、確かに元栓閉められたらいくら蛇口捻っても水は出ねぇわな」

「そういうことよ。手は打ってあるからまだまだ、これからネェ。明日も忙しくなるわよ」

 強かな笑みに自信を滲ませたルイーズは、それからキッパリと話を変えた。暫く歩いているうちに荒廃しかけた街並みから、整備された住宅街へと通りの雰囲気が変わっていく。その道中、ルイーズは一切仕事の話は口にしなかった。プライベートと仕事は分ける性質なのだろう、それならとヴィンセントも文句はない。


 静かな夜――街が街だけに剣呑な雰囲気は拭えないが、ルイーズと一緒なら獣人街を歩いていてもトラブルに巻き込まれる可能性は低いはずだ。これが仮に夜景の綺麗な通りなら、ロマンチックな一コマにもなったろう。

「さぁ、着いたわよ。……? どうかしたのヴィンス、変な顔して」

 ルイーズが立ち止まった建物を見上げ、ヴィンセントは呆然としていた。どうもここが彼女のお家らしいが、なんとまぁお洒落なマンションじゃあありませんか。ゼロ・ドームに似つかわしくない高級さで、受付にはマンション・コンシェルジュまで在中している。

 住めば都とは皮肉なのかもしれない。この上等なマンションを見れば、生活水準の差に憤りさえ起こらなかった。ヴィンセントの狭っ苦しいアルバトロス号の船室はさしずめ独房だ。

「いや、なんでもねえ……」

 ルイーズに続いて、彼は惨めったらしく自動ドアを潜った。

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