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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verse BAD DAY
48/304

BAD DAY 5 ★

 瞬間の緊張は二人に共通していた。


 少女はフードを被り直して小さくなり、ヴィンセントは前屈みになると、地面に目を落として煙草をくゆらせる。――どうか何事も起きませんように。無表情でそう祈り石畳のつなぎ目をなぞる。女を抱きたいのなら娼館へでも行ってくれ、昼下がりの公園などスーツ姿の男三人が並びながらやってくる場所じゃないはずだ。


 目立たないようにじっと水の音を聞く、これ以上面倒は御免だ。


 ――――三人分の足音が重なりながら近づく。


 気持ちの悪いリズムだ。やがて伏せた視界に影が差し、止まる。


 クソ……。心の中で舌打ちし、表に出ているヴィンセントの表情は見事のまでの顰めっ面だった。抜くべきか、抜かざるべきか。彼の左の指先は懐にある銃把に触れている。コイツ等が何者かは知らないが、寄付を無心しに来たわけではないだろう。囲むように配されたつま先だけを睨みながら、ヴィンセントは悟られないようにゆっくり懐から手を離した。いくら何でも分が悪い。


「こいつだな」

「ああ、こんなとこまで逃げやがって、手間掛けさせるんじゃねェよクソガキ」


 右の一人が言い、左の男が答えた。顔を上げると粘つくような視線が向けられている。赤と黒の縦縞(ストライプ)スーツを着て、中央に立っている男からの、まるで剥がし損ねた接着剤みたいなべたついた視線だ。


「ウチの子が世話かけたね、兄さん」


 服も悪趣味なら浮かべた薄ら笑いも気色が悪い、十中八九堅気ではない。なるほど目を瞑れと言うことか。


「いや、別に。……可愛い子だ、お宅の子供か? ンにしちゃ美人だな」


 縦縞の指図で部下の一人が少女の腕を掴み強引に立ち上がらせたので、彼女のフードが落ちて横顔が露わになる。これから自分がどうなるのか彼女は理解しているのだろうか。この連中が少女をどう扱うかなど容易く想像がつく、身寄りのない獣人の子供がマフィアの手に落ちれば、行き着く先は変態共のおもちゃ箱だ。


 無残に嬲られ、弄ばれて死んでいく。――よくある獣人の最後。


「さぁ行こうか、客が待ってる」


 縦縞は薄ら笑いを浮かべたまま少女の首を掴み、動物同様に歩かせる。まるで調教か強制連行で、弾かれるようにヴィンセントは立ち上がっていた。一番驚いたのは彼自身だ。向けられた銃口を睨み、どうするつもりなんだと自らに問う。


 去り際に縦縞が「馬鹿な奴だ」とせせら笑った。言われるまでもなく自覚している。見ず知らずの獣人の子供にかかずらわって殺されかけているのだから。


「少し痛い目を見せてやれ。分かったな(カピシュ)?」


 部下二人が頷き、ヴィンセントの背中を拳銃で小突いた。人目を避ける方へと歩かされ、終点は羽虫が鬱陶しい林の中だ。木の葉のおかげで日射しは弱まっていても、偽物の清涼感にはうんざりするだけだった。破滅へ向かう少女の瞳ですら輝かしい蒼だったというのに。


 ――気に入らねえ。


 ヴィンセントを挟みながら私刑の算段を進めていた二人が、いよいよ実行に移そうとしている。後ろの男は彼の背に銃を押しつけたままだ、逃がすつもりはないらしい。ところが、いざ殴りつける段になると、前に立った男はヴィンセントの懐の一挺に目を奪われた。


「ちょっと待て、こいついい(ハジキ)ぶら下げてやがる」


 そう言うと拳を緩めて無遠慮に手を伸ばし、ヴィンセントの懐から拳銃を抜き取る。


「こいつは俺がいただくぜ、文句はねえよな」


 ヴィンセントはすっかり短くなった煙草を一吸いし、紫煙をともにじりじりと燃える炎を体内へと宿す。彼の目にはチンピラ二人など写っていない。


 ――気に入らねぇ。


 獣人の餓鬼を食い物にする人間も、助けを求めなかった狐っ子も、手を差し伸べなかった自分も、なにもかもが。


「何か言ったか?」

「気に入らねえよ」


 ヴィンセントが吐き捨てた煙草が男の額を焼く。


 竜巻が如く振り返り、背後の銃を払った。


 次いで遊底を掴んで捻り下ろし、


 右の手刀で手首を打つ。


 返す刀で喉へ一閃、嘔吐いた男の顔面へ膝蹴りを叩き込んだ。


 瞬く間に畳みかけ、残りは一人――。ヴィンセントは拳を握り込み、殴りかかる体勢に入っていた。しかし、煙草の火種程度では数瞬の足止めが限度で、ぶちのめすには遠く、拳銃には充分の距離。銃口は既に彼に向いているが、怯むことなくヴィンセントは突進する。


 拳銃相手に正面突撃などいい的だ、男は面子を潰された意趣を込めて喚き散らした。


「やりやがったなテメェッ!」


 怒声と同時に絞られる銃爪。が、しかし

 弾は出ない。

 狼狽。


 その隙を逃さず、ヴィンセントは振りかぶった拳に全体重を乗せて、男の顔面にねじ込み殴り飛ばした。会心のワンパンチK・Oである。男の手から愛銃を取り返すと、彼はいつもより軽い銃をホルスターにしまう。


 矢がなければ射れないのが道理、撃てるわけがないからこそ彼は突進したのである。撃てなかった理由は単純明快、薬室も弾倉も空なのだ。ヴィンセントの愛銃は今、ただのプラスチックと鉄の塊だ。


「警察に銃を預けるとな、弾は抜かれるんだ。他人の得物を使うときはちゃんと確認しろ、分かったか(カピシュ)?」


 ヴィンセントは男の懐から小型拳銃を奪うと弾倉を抜き、差し込み直してからプレスチェックを行った。動作に問題はなさそうだ。呻いた男をブーツのそこで寝かしつけてから、彼は来た道を駆け戻る。


 だらだらと歩かされていただけなので噴水まではすぐに戻れた。見渡すが誰もいない、狐っ子はどこに行った。そのまま駆け抜け大通りへ続く並木通りへ、そんなに時間は経っていないからまだ公園内にいるはずだ。


 翻るジャケット、遠くに見えるボロマント。狐っ子は縦縞野郎に抑えつけられて車に乗り込む寸前だ。


「止まれぇッ!」


 ヴィンセントは声を張り上げたが迂闊である。反応したのは狐っ子ではなく、車の傍にいた短機関銃持ちの男二人、奴らは躊躇うことなく撃ってきた。


「やっべぇ……ッ!」指向する銃口にヴィンセントは即座に反応し、横っ飛びで木の陰に転がり込んだ。間髪入れずに襲いかかる弾雨。ヴィンセントは身体を小さく畳み遮蔽物からはみ出さないようにした。着弾する度にどこかの石畳が剥げ、木が爆ぜ、空気が唸る。連射速度が異常に速く、連続して聞こえるそれは熊蜂の羽音のようだ。間隙を縫って反撃しようにも拳銃で狙うには遠く、向こうは照準の甘さを連射で補っているので迂闊に顔を出せば穴だらけにされてしまう。


 ビシッ――、と割れる炸裂音が響き、銃弾に砕かれた石畳の破片がヴィンセントの頬を裂く。滴る血を拭い途切れた銃声に反撃を試みるが、再開された射撃に身体を隠した。


「あーもう、まったくツイてないぜ。このクッソ暑い中、真っ昼間からバカスカ撃ちまくりやがって……、なんだかアッタマ来たぜ……ッ!」


 と、不意に銃声が止んだ。雨上がりにヴィンセントが顔を出せば、撃ちまくっていた二人が背を向けて車に乗り込もうとしていた。


 このまま逃がしてたまるか。ヴィンセントは遮蔽物から躍り出て猛然とダッシュするが二人は既にノブに手を掛けていて一足及ばない。ドアが閉まると同時に車は急発進し、公園を囲む塀の影に消える。だが、まだだ。車道に飛び出した為に、けたたましいクラクションを向けられても彼は一切気にしなかった。


 拳銃を両手保持、呼吸を安定させ、ウィーバースタンスで狙いを定める。


 狐っ子を乗せた車はテールライトを左右に振り、渋滞の間を抜けていくが、ヴィンセントの照準はしっかりと車を追っている。


 右へ左へ――。片目を瞑り定める狙い。撃て――……ないッ。


「くそッ!」


 銃爪に掛った右の人差し指がぴくりと動くが発砲せず、彼は悔しげに銃を下ろした。人が多すぎる、流れ弾が当たったら事だ。


 ――どうせツイてないんだろ? ならとことん付き合ってやるよ畜生め。


 ヴィンセントは恨めしい眼付きで、ビルの間に消えていくテールライトを見送った。


挿絵(By みてみん)

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