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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse BAD BOYS
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BAD BOYS 6

「逃げろレオナ!」


 反射的にバイザーを下ろし、ヴィンセントは叫ぶが間に合わなかった。

 艦橋下部に衝突したデブリが大爆発を起こし、船体の一部を吹き飛ばす。その衝撃は艦橋にまで伝わり、内部はミキサーさながらに掻き回され、ヴィンセントもレオナも、猿男も――、全員が床に壁にと叩きつけられた。


 キーン、と耳鳴り。音が遠ざかる。


「くっそ……」

 ふらつく視界に頭を振ってヴィンセントは飛びかけた意識を持ち直す。

 生きているだけで御の字といえ、彼は立ち上がろうとするが足が床に届かない。見ればふわりと身体が浮いていた、ヴィンセントだけでなく艦橋にいる全員が。


 今の衝撃で重力発生装置が止まったらしく、海を漂うクラゲのように誰も彼もが無重力に捕まってしまっていた。

 とにかく安定させようとヴィンセントが壁に向かって身体をよじると、逃げようとしているディアスの背が目に入った。すでに通路へ向けてふわふわと移動してる。


「ディアス、止まれッ!」


 だが、奴の背に鉛弾を見舞おうという刹那、視界の端で銃をこちらに向けている乗組員にヴィンセントの身体は反応した。


 即座に撃ち無力化。しかし、その一秒も満たない間が決定的に結果を変えた。すぐさまディアスに向けて発砲したヴィンセントの弾丸は、虚しく壁に当たり火花を散らす。


 踏ん張れなければ控えめな反動さえも押さえ込めず、彼の身体は後方へと回りながら飛ばされ、コンソールの背にたたきつけられる。

 すぐさま体勢を立て直し艦橋内を見渡すが、幸いなことに他に敵意を向けてくる者はいなかった。そもそも動く奴がいない。獣人の一人は腕を折ったらしく呻き丸まっていて、猿男に関しては姿がない。懸命な判断で、すでに逃げた後のようだ。


「ラスタチカ、一体何が起きた。状況報告」

 報告 廃棄サレタ爆発物ト接触シタモヨウ

 船体ニ亀裂発生ヲ確認

 早急ナ脱出ヲ推奨


 ラスタチカの機首に付いているガンカメラの映像が、バイザーに転写される。爆発により艦橋の根元がごっそり抉れていて、ヴィンセントは溜息をついた。まだ生きているのは運が良かっただけである。


「ディアス捜索を優先する、周辺警戒を維持しつつ待機せよ」


 ラスタチカに指示を与えてから、気を引き締め直すヴィンセント。

 追い詰めて邪魔が入るなど、この事件に関しては全てが微妙にかみ合っていないような気がした。だがしかし、ここまで来て取り逃がしたのでは良い笑いものだ。


「……レオナ、生きてるか」


 身体の大きさ重さなど関係なし、彼女も例に漏れず尻尾を靡かせながら漂っているが、その後ろ姿は人形のようでどこか変だ。壁に触れても捕まろうとせず、姿勢制御する気配もない。奇妙に思ってヴィンセントは呼びかけるが返事らしい返事は皆無。


 それもそうだ。いくら頑強な肉体であろうと頭部への衝撃は別問題。衝突時にしこたま頭部を打ち付けた所為でレオナは意識を失っていた。重力のありがたさを思いながら不自由な飛行でレオナに近づくと、ヴィンセントは銃把の底で彼女のヘルメットを叩いた。


「ったく……。ディアスに逃げられちまうぞ。さっさと野郎捕まえて脱出するぞ、俺だってお前と心中は御免なんだ」



 ――キ、シィ――…………



「……あ?」


 ガラスが擦れるようなノイズ。


 正直寒気のする音に、聞き間違いだと願いながらヴィンセントが音源へと首を巡らせると、またもキシィと異音がした。

 黒いだけの宇宙に白く奔る霜。分厚い耐圧ガラスが凍えている。

 至近距離で受けた戦闘機の破片と爆発の衝撃。無理な航行で痛んだ船体。船内気密はガタガタ、蓄積したダメージは臨界スレスレだったのだ。


 ……そう、だった(・・・)。


 とどめを刺したのは小さな鉛の弾頭、ヴィンセントが獣人を撃ち殺した一発の銃弾が男の身体を貫通し、耐圧ガラスに最後の一撃を加えていた。


 ギシリ、と異音は大きく鳴り、ヒビは拡がる。


 船外に放り出されるだけなら別に問題は無い。バイザーは降りているし、宇宙服は無事である。酸素残量も十分にあるのでラスタチカに回収して貰えばいいのだが、それはヴィンセントに限った話。レオナはバイザーを上げたままだ、気密が確保できなければ彼女の宇宙服はその機能を果たせない。意識はないにしてもせめてバイザーを下ろしておきたかった。

 しかし――



 一瞬早く、割れた。



 艦橋内の空気が瞬間唸ったかと思えば、固定されていないあらゆる物が割れた窓から生物を拒絶する死の空間へと吸い出されていく。まるでボロ布のように飛んでいく獣人達。


 船外に放り出されれば死が待っていて、無情な吸い込みにヴィンセントは抗った。右手の銃を放り投げてレオナの腕を掴み、左手を伸ばして何とかコンソールに指をかけた。床に対して水平に――さながら崖にぶら下がるような格好になった。レオナの体重だけでも十分だというのに引っ張られている分だけ加重される、ヴィンセントの左腕には過重量である。


「ぬぁあああああ! レオナ、起きろォ! 死んじまうぞッ!」


 ヴィンセントはがなる、とても一人では支えられそうになかった。レオナのバイザーは上がったままで、このまま船外へ吸い出されれば体中の血液が沸騰して彼女は死ぬ。窓は依然として割れた状態で放置されていた、非常時には船外の隔壁が降りて気密を確保するのだが、先程の爆発で油圧系がいかれたのか、閉まる気配が全くない。数秒耐えるだけで良かったはずが未だに絶体絶命だった。


 ――ずずっ、と左手が滑っていく。


           ――ずずっ、と右手が滑っていく。


 目ェ覚ませこの馬鹿野郎……。

 奥歯を噛み締め、引き裂かれそうになる両の手に力を込めた。


 ――――ずず、

――――ずず、


 それでも、右手に掴んだレオナの腕が徐々に徐々に滑り抜けていく。焦燥と共に、なんとか手首を握りしめているがそれもいつまで保つか。コンソールの端に僅かに引っ掛かった五指で二百キロ超の力に耐えているのだ、こちらも近づく限界。


 放すつもりは微塵もない、……ないのだが無情にも手は滑っていき、今や右手が掴んでいるのはレオナの指である。せめて彼女が握り返してくれればまだしばらくは耐えられるのだが、生きるか死ぬかの瀬戸際にあるレオナ自身は脱力したまま項垂れている。

 いくら呼ぼうが喚こうがレオナは吸い出されるままに揺れるだけ、覚醒した様子はない。そしてついに……、


 するり、と――


 ヴィンセントの右手から感覚が消えた。気圧に揉まれ吐き出されるがままにレオナの巨躯は捩れ船外へと放り出されていった。


 彼女を追えば、ロングジャムには戻れずディアスを取り逃がすかもしれない。それ以前にデブリに衝突してくたばる可能性もある。そうなれば全て御破算だ、ボロ布となって果てるのみ。

 それでもヴィンセントは即決し、両手でコンソールを掴んで身体を引き寄せ足を着くと、離れ行くレオナに狙いを定めて思い切り飛んだ。


 共に宇宙(ソラ)に上がった以上、共に還る。後席員を見殺しにするなど生き恥を晒すようなものだ。それは単に意地だったかもしれないが、ともかく彼は即断し即決した。


 弾丸のように飛び抜け、猛スピードでレオナに抱きつきヘルメットスイッチを操作してバイザーを下ろす。速度が速い、特に前方にある鉄板なんかにぶつかれば致命的だ。ダンプにぶつかった死体みたくなってしまう。彼女を抱えたまま今度は左手で拳銃を抜き進行方向に連射、反動を使って制動をかけた。十分に減速してからレオナと体を入れ替え、ヴィンセントは背中から鉄板に軟着陸。ぶつかった衝撃で息が詰まり危うくレオナを放しそうになったがすぐさま捕まえる。


「まったく、手間増やしやがって。ダンに笑われちまうな……」


 こぼしながらヴィンセントはレオナの左手首に付いているバイタルモニターを見やり目を疑った。


 ――何も表示されていない。


 画面が死んでいて生命維持装置の稼働状態すら確認できなかった。単に画面の故障ならいいが、最悪なのは……。


 ヴィンセントは恐る恐るレオナの顔を覗くがバイザー越しでは判断が付かない。一見すれば眠っているようにも見える。脳裏をよぎる不穏な思い――間に合わなかったのだろうか。確かめる方法は一つしか無かった。紳士的ではないが已む無しである。


 ヴィンセントは生唾を飲み込み張り付く宇宙服によって強調された彼女の胸の谷間を凝視していた。事態が事態だ、後でキチンと説明すればいかに人間嫌いのレオナでも文句は言うまいと瞬間祈った彼の右手は、レオナの撓わな胸部に押し当てられる。軟らかな肉の感触にあってもヴィンセントは静かに目を瞑り集中していた。生命の証明をこの手に感じるために。


 ――――トクン、


 と、鼓動。それは微かな振動だったが生命が刻む時の音色にヴィンセントはとりあえず安堵の息を漏らした。


 拭えるなら額を拭いていたかもしれない。ロングジャムはすでに遠く、自力で戻ることは不可能。しかし戻れたところでだった。この目で見ればよくぞ保っていたと思う。ロングジャム号の船首はひしゃげ、右舷側は大きく損壊、特に艦橋付近のダメージは酷いもので、不自然に抉れており、最早、鉄塊と化した船はデブリベルトに取り込まれていた。


 あれでは船内にいたディアスも死んだろう。もしくはしぶとく逃げ果せたか。奴の往生際の悪さならありえるが、いずれにしろヴィンセントには手立てがなく、デブリと接触しているロングジャムを眺めながら彼はラスタチカに回収を命じた。


 終わってはいないが終わったようなものだ。手持ちの武器は拳銃一挺で、すでに彼等にはディアスを捕らえる余裕はなくなっていた。深追いは愚策。戦えないレオナを連れて追撃など無謀の極み。わざわざデブリベルトまで来てこの有様は情けない結果と表わすほかない。


 ――まったく散々だ。困憊滲む声で呟いてヴィンセントは天を仰ぐ。愛機が緩やかな旋回でデブリを避けて接近していた。彼は右手を挙げて愛しき天使を招く。


 虚空を彷徨う無力な二人を、鋼鉄の天使がそっと掬い上げた。

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