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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse BAD BOYS
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BAD BOYS 5

 猫の手も借りたい状況に猿男は頭を掻いた。

 艦橋に残っているのは操船が出来る最低限の人員だけで、残りの連中は銃を担いで船内に入り込んだ賞金稼ぎ狩りである。普段なら彼も迎撃に出ているだろうが――。


 何故、危険を冒してまで賞金稼ぎ共が乗り込んできたのかは不明だが、逃げ切る機会が増えたと考えるべきだろう。奴らさえ始末すればなんとかデブリベルトを脱することが出来るかもしれない。


「エンジンはどうだ」

 猿男は修理に向かった部下を無線機で呼び出す。

『なんとかなりそうだぜ、一機だけだが直せそうだ』

「速度は問わない、動けるようになればいい。さもなきゃサツにとっ捕まるか、ここでミイラになるかだ。同じなのは未来がないって事だけだ」

『そうか。そしたら一人よこしてくれ。俺だけじゃどうにもならねえよ』

「わかった、すぐに送る」


 猿男は無線機を置き、近くにいた一人に指示を与えた。賞金稼ぎを仕留められなければ船が直っても意味が無いのだ。エンジンが役に立つのはその後なので、時間はいくらかかってもよかった。

 エンジンルームに向かう部下が気密扉のハンドルを回す。ごぐん、と鳴ってロックが外れた。重い扉だが獣人である彼にはさした問題にはならない。ましてや反対側から力一杯蹴り開けられれば尚更だ。




 一気に階段を駆け上がり、レオナは振り上げた脚に満身の力を込めて丁度ロックが外れた艦橋の気密扉に叩きつけた。勢いよく開いた扉がロックを外した獣人を吹き飛ばし床に転がすと、間髪入れずにレオナは艦橋へ踏み込み、天井に向けて五十口径の銃爪を引いた。

 獣人達は度肝をぬかれたろう。言葉よりも伝わりやすい恫喝の咆哮は、その場にいた獣人達に状況を理解させるには十分だ。


「オラァ、死にたくなかったら動くんじゃないよ!」


 レオナは凄まじい迫力で咆哮を上げ、獣人達に銃を掴む間さえ与えない。

 この場だけを見たらどちらが悪党か分からないだろう。宇宙海賊よろしく、ゴツい銃を振りかざして威圧する様は彼女にこそお似合いだ。


 今こそ恨みを晴らすとき。


 ところが、ざっと艦橋を見回したレオナは更に声を荒げる事になった。


「ディアス……、ようやく見つけたぞ、このクソ外道ッ! よくも、アタシにガキ殺しさせようとしやがって、覚悟は出来てンだろうな、アァァンッ⁉」

「くれてやった仕事しくじった上に、二度も牙剥きやがるか女ァ……。ふざけやがって、貴様の首ちょん切って、ファックしてやるぞ!」


 汚く垂れたディアスの顎を粉々に砕いてやれればどれだけ爽快か。だが、彼女はもう一人の標的を発見した。


「テメェも此処にいやがったか、猿野郎。標的の情報に嘘混ぜやがったなぁテメェだろ」

「ボスを狙う不審人物が標的と伝えた、事実をだ。そして標的は確かに葬儀に現れた、嘘など一つも無い、殺し損ねたのはお前だろう賞金稼ぎ」

 猿男は動じずに答える。

「信念だとか抜かしてやがったな、女ァ! 笑わせるぜ、殺ししか能のねえ田舎者が仕事を選べると思うか。覚えておけ女ァ、お前は所詮道具だ。あのイカレた雌ガキと同じ、使い捨ての道具にすぎねえ! 詮索せずに撃っていれば全てカタが付いてた!」

「臭え口閉じな、ディアス。アタシにゃルールがあんのさ」そしてレオナは、照準に醜い下種野郎の眉間を乗せる。「――ノーラからの送りモンさ、余った弾はアンタ等に喰らわせてやンよ」

「くれてやるのは〈くたばれ〉だ。目障りな賞金稼ぎめ」

 猿男が言う。その眼付きと僅かな所作は、圧倒的に不利な状況でも撃合いに臨む者が放つ殺気を纏っていた。


 だが、レオナには猿男を生かす意味はなく、彼女の鋭い視線が猿男の頭蓋を刺し貫く。

「ハッ、そうかい。なら望み通りくれてやる、あの世でディアスに褒めて貰えや」

「待った……! 撃つなよレオナ」


 遅れてやってきたヴィンセントが嘆息しながら声をかけた。殺す必要が無いなら生かしておくべきだとあれほど言ったのにこの有様では、彼が呆れるのも無理はない。

 ディアスと猿男、他の獣人達に警戒しつつヴィンセントは周りを見回し端の方へと歩いて行った。この騒々しい中で呑気に床に転がっている奴が気になったのである。


 ……眉間を穿たれた死体。


 ヴィンセントは眉を顰めてレオナを訝しげに見やる。

「死体があれば何でもアタシか?」

「大抵こさえるのはお前だろ」

「そいつは違う。とっくに死んでた」

「ああ、見りゃ分かるよ」


 ヴィンセントは死体を足で転がし検分していた。銃弾が抜けた後頭部は三センチほどの孔が開いていたが、レオナが撃ったにしては傷が小さい。彼女の銃が使っている50AE弾ならばもっと大きく頭蓋が弾ける。

 そして何を思ったのか、ヴィンセントは近くにいた獣人の乗組員に声を掛けた。


「煙草は?」

 戸惑う乗組員。「いらない」と彼は答えたがヴィンセントは軽く笑った。

「ちがうちがう、俺が欲しいんだ。持ってねえか、誰でもいい。――悪いな。ライターも貸してくれ」


 半ば強制である。

 そして黙って差し出されたライターを借り煙草に火を点し紫煙を吐き上げるヴィンセントだが、彼を見下ろす相棒の目は蔑みに満ちていた。


 ――王手をかけたんだ一服つけてもいいだろう。


 コンソールを操作しながらヴィンセントは尋ねる。

「よぉ、ようやく会えた。……お宅がディアスだな?」

「後悔する事になるぜ、そういうテメェはどこのどいつだ人間野郎」

「どこにでもいる便利屋さ、覚えなくていい」


 名乗る名前などないとばかりに、薬物でトンでいるディアスを睨め下ろし、ヴィンセントは静かに紫煙を吐き上げるだけ。


 すると、ディアスの口元がいびつな形に吊上がった。

「勝った気でいやがるようだが……馬鹿共が、救いようがねえな、テメェ等。自分がなにをしてるか分かってやがるのか? 俺に刃向かうって事ァ、本国の組織を丸ごと敵に回す事になる! テメェ等は終わりだ、宇宙のドコに逃げても必ず見つけ出して殺してやる!」


 涎をまき散らし恫喝されても、ヴィンセントの表情は変わらない。ただ無表情のままに、死体を顎でしゃくり、猿男に水を向ける。


「床に転がってんの、お宅の仲間じゃないのか? 部下を殺すような男だ。お宅の覚悟は立派だと思うがあんな奴に忠義立てしてどうすんだ」

「金さえ払えば誰にでも尻尾を振る便利屋が、偉そうにほざくな」

 淀みなく言い放つ猿男。レオナは今にも撃ちそうで、間に入るヴィンセントにも殺気を込めた視線を向けていた。


「ご立派……。だが豚小屋に近づいてるのはお宅の方だ。選択肢は二つに一つ、ブチ込まれるか、囲いの外を歩き続けるかだ。最低二十年は出られないぜ? こっちはお宅等に用はねえ。ディアスさえ渡してくれりゃあ、後は何処へでも逃げればいい。追わねえよ」


 猿男以外の獣人達が、目配せで会話しはじめる。やはりディアスへの忠義は薄いのか、互いに保身を考え始めているようだった。

 だが、猿男は靡いた部下を黙らせるとヴィンセントを睨み付ける。


「人間らしい卑怯なやり口だ、俺達獣人は仲間を売る事は決してない。裏切りで繁栄してきた、お前達人間には判らないだろうがな」


 厄介なほど頑なで、なるほど部下に一人は欲しい人材だと理解は出来る。

 だが、その実直さ、頑固さに見合った相手に仕えているかはまた別の話で、敵にいるからこそ扱いにくいが、この猿男個人に関しては好感が持てるヴィンセントである。


「残念だ。これ見て同じ台詞が吐けると良いが……。レオナ、俺が運んで来たケースがあるだろ、それ開けてくれ」

「アタシに指図すンじゃないよ、テメェでやんな」


 レオナは銃爪に指をかけたままだ。憂さを晴らしたくて仕方がないのだろう。ヴィンセントの挑発で、猿男が下手なことをするのを望んでいるような口ぶりだった。


「ちょっと手が離せない、頼む」


 ヴィンセントはコンソールを弄り始めていた。

 不承不承、ヴィンセントがどこからか持ってきたアタッシュケースを開けようとするレオナだったが、ケースには暗証番号式の鍵が付いてた。

 普通なら脅して開けさせたりするところだが、苛立ちが臨界にある彼女がそんな手間を踏むはずも無く。手っ取り早い方法で開けようとした瞬間――


「やめろぉッ!」

 ディアスが叫び、同時にケースは撃ち壊された。そして中身はレオナによって、無造作に床にぶちまけられる。


 散らばる『キャンディ』と大量の札束。かき集められるだけ、かき集めた繁栄の残滓。

 しかし、最も現状を語っていたのは他の荷物だった。


 ――偽造身分証と旅券である。


 そして、コンソールからお目当ての録画映像を引き出したヴィンセントが、更なる事実を突き付ける。


「どうやら、お宅のボスに甲斐性はないらしい。――シニョール・ディアス、大人数で逃げるにしては随分と荷物が軽いようで? 行き先は? 火星かな?」


 艦橋内のディスプレイに表示した映像に首を振り、ヴィンセントは小さく呟く。予想はしていたが見れば苦笑が漏れる。

 ディアスに猿男並の根性が少しでもあればそもそも逃げていなかったかもしれない。責を負い部下を逃がし、金星にあるオフィスで果てることを選んだろう。ところがそうはしなかった、底の浅いこと紙皿の如しだ。


 カメラの場所は保管室らしい小さな部屋だった。棚に積まれた〈キャンディ〉の袋と札束。普通に考えれば大金ではあるが、そこに写った男にとっては残りカス程度の金額だろう。かつて積み上げた悪行の残滓。栄華の残骸だ。しかし、カメラに写った醜悪なディアスの後ろ姿は必死さが滲み、逃げ落ちた王の姿にさえ見える。棚を掠い次から次へと札束をブリーフケースへ詰めていく様はカルテルの幹部らしき威厳など皆無で、唯々哀れの一言に尽きた。


「見極めが肝心だ、盲信は罪だぜ」


 黙している猿男に声を掛けるが、ヴィンセントの言葉は慰めにもならない。続けて彼は、脂汗を浮かべているディアスを追い詰める。


「お宅はとっくに本国の組織から見限られてんだよ。殺し屋使って散々っぱら内外の敵を排除してきてんだ、自業自得って奴だな。逃げ場がねえのはお宅の方だぜ」


 拘束する必要すらなくなったかもしれない。彼だけではなく、艦橋にいるディアスの部下全員が同じ表情で画面に写ったディアスの背を眺めていた。額に汗滲ませ札束をかき集め、往生際を弁えず未だ保身を考え続けるボスの背に彼等は何を思ったろう。


 ――その時である。


 突然、異常を知らせる警告音が艦橋に鳴り響いた。

 一気に騒然となり、船員達はレオナに威圧されながらも計器を確かめようとした。コンソールには機関室で異常発生の表示。そしてその異常は、連鎖的な爆発で船体を大きく揺さぶった。吹き出す爆炎が艦橋からでも見え、船が沈むのは時間の問題だった。それだけでも大きな問題だというのに、事態はさらに極まっていく。


 この船はデブリ帯の中にあり、停船中の船は爆発のエネルギーによって制御不能な移動を開始していた。高速道路を逆走する以上に危険な場所にいながら、障害物を避ける手立ては皆無でなすがまま。


 例え、すぐ外にデブリが迫ってきていても回避行動などとれるはずがなく――

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