BAD BOYS 3 ★
「襲撃だと、一体全体何だってんだ! エェッ⁈ 用心棒共は何やってるッ! 警察からは逃げ切ったろうが!」
船内全てに轟かんばかりに猿男を怒鳴りつけながら、ディアスは艦橋に向かっていた。通路が歪み、捻れる視界。逃亡成功は目前、邪魔に入ったのは何処のどいつか。〈キャンディ〉がもたらした陶酔は薄れ始め現実が不条理が彼に襲いかかっていていた。
「それがボス・ディアス。どうも賞金稼ぎらしいです」
「ンなこたぁ聞いてねえ! ピザ屋が来るとでも思ってたのか、トンチキめ。ロバの方がまだマシな働きをするぞ、賞金稼ぎが来てンならさっさとブッ殺しやがれッ!」
怒号を掻き消し、ずずん――、と艦内の空気が振動した。不穏な爆発音と共に揺れる船体。その衝撃にディアスもよろめき気密ドアに叩きつけられる。二度三度と続く爆発に転げそうになり、怒りに歯軋りしながら脇を支えている猿男を払いのけ、彼は艦橋へと怒鳴り込む。
「賞金稼ぎはくたばったか⁈」
「ボス! それが――」
一人が慌てて答えたがその先の言い訳は不要だった。
艦橋のすぐ脇を飛び抜けていく二機の戦闘機。双発と単発、都合三つのエンジンが炎を引いて複雑なループを描いていく。寄っては離れ、しかしつかず離れず。互いのケツを取ろうと捻れて絡む。
障害物をものともせずに高速戦闘を続ける二機。みるみるうちに離れていくその機影がデブリの影に消えて見えなくなった。
船から遠ざかるということは用心棒が仕事している証拠だ。周りは宇宙ゴミしかないのだから、爆散しようが墓場に埋める手間が省けるというもの。
あっけなく散る賞金稼ぎの姿を思い描き、艦橋に響くディアスの高笑い。しかし、興奮気味の彼に冷や水を浴びせる光景が耐圧ガラスの向こうにはあった。
三筋の火焔がデブリの中を戻ってくる。徐々に大きく、確かに此方へ。よれてはいるが機首はロングジャムに向かっている。
操舵手に向けてディアスは叫んだ。
「野郎、道連れにする気か⁉ ――なにボサッとしてやがる、避けねえか!」
「デブリが多くて身動きでねえ。船ごと沈んじまいますよ!」
「うるせぇ阿呆ンだれが、どけッ!」
意気地の無い操舵手を殴り飛ばしディアスが舵を切った。厭な音を立てながら船体が右へと曲がるが――、闇雲に切った面舵は戦闘機の回避機動と重なった。激突必死。迫り来る鉄塊に艦橋にいる全員が死を覚悟したが不思議と彼等は生きていた。突っ込んできた戦闘機が撃ち抜かれバラバラにはじけ飛んだのだ。船体に破片が当たったものの大事には至らなかったらしい。
誰もが奇跡に戸惑い、艦橋内が静まりかえる。
――ごつん。
鈍い音。音源を見れば、船体にぶつかったのは血染めのヘルメット。宇宙空間を漂う糞賞金稼ぎの哀れな姿にディアスは生気の失せた笑いを大きくしていった。
「は、ははぁ……俺様に逆らうからだ。ザマァ見やがれ」
賞金稼ぎを仕留めた大殊勲の双発機が艦橋の右側に付く。その機影は滑らかで、シルバーグレーの主翼を傾けていた。
警察共を追い払い賞金稼ぎもスクラップの一部にした用心棒。
中々使える、ディアスはそう考えていた。前日の事件のおかげで人員不足は深刻でり、囲うのもありかと彼は思ったが、無線が割れるほどの怒号に青筋を立てることになる。
『ディアアァス、そこにいるんだろテメエ! よくもアタシを嵌めてくれやがったな。どの神様にでもいいから祈っとけこのクソ外道、今すぐブチ殺しに行ってやる!』
『うるせえな黙ってろっつたろ。聞こえてるなミスタ・ディアス。もう逃げらんねえぞ。頼みの用心棒もいねえ、観念して船止めろ』
停船要求にしては挑発的すぎる無線にディアスが黙っているはずもない。額に血管を浮かせた彼は、部下の一人から拳銃を奪い取ると双発機に向かって乱射した。だが、たかが拳銃弾で超硬度の耐圧ガラスを貫通する筈もなく、何発撃ち込んでもガラスは動じない。
捕まって堪るものかと、ディアスは涎が垂れるほどに唸る。
「エンジン吹かせ、奴らを振り切れ!」
「そんな……連中は戦闘機だ逃げ切れませんぜ」
「なら捕まるか。てめえ……、俺を売る気だろ?」
ディアスに詰め寄られながらも、猿男は意見を述べた。死にたくない、捕まりたくないのは当然だ。しかし、小回りの利かない船で障害物の中を押し進めば、船体が持たないことなど分かりきっていて、スロットルに伸びたディアスの腕を猿男は止めた。
「止めてくださいボス、そんなこと思っちゃいません。尻軽な賞金稼ぎ共が頭にくるのは当然ですが、ムチャすればこっちが糞味噌になっちまう」
「ほぉう……三下風情が俺に意見か。その頭はすっからかんか、どうやら序列ってやつを忘れちまったみてぇだな」
「ボス、俺達は――」
弁明を聞く前にディアスは猿男を殴り飛ばす。スロットルレバーが押し上げられ、ロングジャムは戦闘機を抜き去り緩やかに加速していく。船体にデブリがぶつかっているのだろう、衝撃音が絶え間なく鳴り響いていた。
「まだ意見する奴はいるか、どうだ⁈」
艦橋にいる船長以下、自らの手下を睨み付ける。
恫喝と煽り立てるような衝突音。動転した思考から言葉を絞り出せる者はいなかった。フリーズした彼等に行動を余儀なくしたのは、これまでとは異なる大きな爆発音だった。
エンジン部の破損の知らせる警報に凍った空気を砕かれ、部下達はコンソールに飛びついた。逃亡を図る賞金首を奴らが逃がすはずが無いのだ。
状況を確認するために怒鳴り声が飛び交う。
「第一、第二エンジン破損。後部区画が燃えてるぞ! ちくしょう賞金稼ぎ共、船ごと沈める気かよ!」容赦なく続く爆発音。「野郎……エンジン全部撃ちやがった! やべぇぜ、機関部も燃えてやがる!」
船長から指示が飛ぶ。
燃料に火が回れば宇宙船は粉々に吹き飛んでしまう。区画を閉鎖し消火装置を作動させエンジンへの燃料供給を止める。自由を奪われた船体がデブリとの衝突で崩壊しないよう前部スラスターで制動をかけた。
ロングジャム、停止。
乗組員の命を預かる立場として船長の判断は的確だった。
「貴様ァッ、誰が止めろっつった!」
「ボス、もう逃げられませんよ……」
怒声を上げるディアスに船長は苦しげに、だが冷静に答えた。もし今、エンジンに再点火しようものなら、漏れ出た燃料がたちまちに発火し、ロングジャム号は華やかな輝きと共に散ることになってしまう。
しかし、そんなことはディアスには関係なかった。
「愚図が」
ディアスは手にしていた拳銃で船長の眉間を撃ち抜いた。
驚愕の表情のまま――赤い飛沫を後頭部からまき散らして、船長の身体が仰向けに転がる。死体に唾さえ吐くディアスを、部下達はただただ眺めているしかなかった。
「俺に楯突く野郎は許さねえ、誰だろうが地獄に叩き込んでやる。あの賞金稼ぎ共もだ、かならず――」
言いさした罵声を喉に閊えさせ、彼は前方に躍り出た憎き戦闘機に眉を寄せる。
「嘗めやがって……」緩やかに飛ぶ戦闘機の明らかな挑発。だがそれだけではなかった。ディアスにはチャンスですらある。互いに顔を見合わせる部下達を彼は一喝した。
「いいかテメェ等! テメェ等が銃を持った腰抜けじゃねえなら、賞金稼ぎ共ブチ殺せ! 連中の首削ぎ落として俺の前に持ってこい。分かったな!」
一瞬の沈黙の後部下達は鬨の声を上げ、数人だけを残して艦橋から飛び出していった。




