Epilog
一仕事終えて金星への帰還。
物騒なゼロドームでも、四ヶ月ぶりに戻ってくると懐かしさを感じるから不思議なものだ。ドーム都市の外側に作られた人口の海と港、そこに停泊しているアルバトロス号甲板から眺めるビル群も、なんだか愛おしく思えてしまう。一月だっていうのに阿呆みたいに暑いってのもいつも通りで、その茹だった空気に紫煙を吹き上げるのもまたオツなのだ。
「ヴィンセント、ちょいと交代してくれるか。飲み物を取ってくる」
「あいよ」
ダンに呼ばれて、ヴィンセントはのろのろとグリルへと向かい、肉焼き係を替わった。
今日はアルバトロス号甲板を使ってちょっとしたグリルパーティである。依頼でバタついた所為で流れたクリスマスやら新年のお祝いやらをまとめてやっちまおうと催されたものだ。
招待客は知り合いの便利屋とかそんなところ、というより前回の仕事前にフットボールをしたメンバーだ。どいつもこいつもよく食べるから、肉は焼かれた端から消えていく。
と、便利屋たちの騒がしい会話に紛れて、コツコツとセクシーな足音が聞こえてきた。真っ昼間だというのに夜の色香を纏うルイーズが、優雅な笑みをたたえている。
「お招きどうもヴィンス、パーティーは盛況みたいね」
「おう、遅かったなルイーズ。間に合ってよかったぜ、ロクサーヌとカウボーイズの連中が馬鹿みたいに喰いやがるから、肉無くなるところだったぞ」
「そうだと思ったから、追加のお肉買ってきてあるわよ。冷蔵庫にしまってきたから、足りなくなったら使って頂戴ね。あぁそれとこれ、領収書も渡しておくわ」
「……しっかりしてるな」
ルイーズは悪戯っぽく笑い、ヴィンセントはその金額には目を瞑って領収書を胸ポケットにしまい込んだ。パーティーの最中にお金のことを考えるなんて、不適切極まりない行為である。
「そういやエリサとは話したか? あいつ、ずっと会いたがってたぜ」
「ええ、ちょうど下で会ったわよ、お出迎えはあの子がしてくれたもの。だから上がってくるまで時間が掛かったのよ、すこしお話していたから」
「秘密の話か? 女同士の」
「そんなところよ、貴方たち相手じゃあファッションの話なんて出来ないでしょ? エリサちゃんもティーンになったのだもの、お洒落に気を遣う年頃なのよ。と、言うわけで――」
ルイーズは振り返って、扉から覗いていたエリサを手招いた。
どうやら隠したいことがあるらしく、エリサの走り方は変だったし、なんなら話すときでさえ横を向いたままである。
「あのね、ルイーズにね、付けて貰ったの」
「……なにを?」
「ヴィンスに見せてあげたら、エリサちゃん。大丈夫よ、よく似合っているから」
「うんなの」
そうして、恥ずかしがりながらエリサが顔を向けると、彼女の左耳で三日月型のピアスが光っていた。大分前に買ったは良いものの付けずじまいでいたアクセサリーである。
「えっと、どうかな……? ヘンじゃないの?」
エリサは不安混じりに、上目遣いでヴィンセントの様子を窺っていた。思い切ったお洒落を見てもらうのは初めてのことなので、どうしたって反応が気になってしまうのである。
だが、ヴィンセントの答えは口よりも先に大きく開いた目が語っていた。
「おお~、いいじゃねえか! 似合ってるよ!」
「ホントなの? 怒ってないの?」
「どうして怒るんだ、カワイイのに。なんだか大人びて見えるぜ、エリサ」
「ありがとうなの、ヴィンス!」
ヴィンセントに抱きついたエリサは尻尾を振り回して、感情を爆発させていた。恥じらいと喜びが同居するその笑顔は、照りつける太陽よりも眩しい。
「おいおい、せっかく綺麗にしたのに油跳ねちまうぞ。汚れる前にみんなに自慢してこい」
「うんなの!」
もう一度強く抱きついてから、エリサは白い毛皮を煌めかせて疾風のようにお客のもとへと走って行き、ロクサーヌを始めとして話題の中心に飛び込んでいった。
客受け? いいに決まっている。
だが、そんな彼女を眺めるヴィンセントの視線をなぞりながら、ルイーズがぽつりと尋ねた。
「……やっぱり余計なお世話だったかしら?」
「いやぁ、エリサが付けたいって思ったんならそうすればいいさ、一人で孔開けて痛がるよりはマシだしな。ただ、相談してもらいたかったってのが本音かな」
「ふふっ、なんだか寂しそうね」
「ガキの成長ってのは早いんだって感じるよ。エリサを拾ったときはガラス細工並みに脆そうだと思ったもんだけど、今じゃあピアス付けてるんだぜ? 便利屋稼業だといつでも傍に居られるとも限らねえから、そのうち大事な瞬間を見逃すんじゃないかって考えちまってさ」
「大人になっていってるって事よ、良いことじゃないの。ファッションのセンスもいいしね。でも、貴方が感じているほどエリサは大人になっていないわから、まだまだ支えが必要よ。甘やかすだけじゃなく、キチンと叱ることだって出来るでしょう? 貴方たちみたいな家族に囲まれてエリサちゃんは幸せだわ」
そう語るルイーズの眼差しは、どこかエリサを羨んでいるように思える。
「……ルイーズ」
「なぁに?」
「お前もその中に含まれてるんだぜ? 俺やレオナじゃあ乗れない相談もこれから増えてくるだろうしな。マトモな女の先輩として、エリサを助けてやってくれ」
「ええ、そのつもりよ。……ありがとう、ヴィンス」
ヴィンセントは眉を持ち上げて応じると、焼き上がった肉をルイーズに渡してやった。
せっかくのパーティーに湿っぽいのは似合わない。そう感じたのはルイーズも同じようで、彼女は香ばしいにおいで気持ちを盛り上げてから話題を変えた。
「ところで、仕事の方はどうだったのかしら? 武勇伝聞きたいわね」
「守秘義務があるのは知ってるだろ、詳細は話せねえ。人探して、暴れて、ボロ儲け、教えられるのはこれだけだ。レオナはその金で新車買って、いま受け取りに行ってるよ」
「だから姿が見えなかったのね。絡まれないから静かでいいけれど」
なんて会話をしていると、酒と肉を抱えたダンが戻ってきてルイーズとの挨拶を交す。そのまま流れるように雑談に移行すれば、話していない間は肉と酒が彼等の口を満たしていた。
絶え間なく続く会話と酒、これぞ正しくグリルパーティといったところだろうが、参加者全員の口が、一斉にその働きを止める瞬間がやってきた。
きっかけは、戦闘機用リフトから鳴る隔壁開閉時のブザーである。
それこそ警告用の音量は喧しいの一言に尽き、皆の注目を集めるのには充分だったし、なによりもリフト内から聞こえてくる腹に響く重低音が視線を集めていた。
独特な三拍子のエンジン音を轟かせながら現れたのは、クソデカいバイクに跨がったレオナである。ロングフォークのチョッパーハンドルにギラついた赤のペイントが、なんとも彼女のセンスらしい。
「よぉダン。どーよ、これ!」
甲板上を一周してからグリルの前に寄せたレオナの第一声がこれである。実にやんちゃ盛りの子供っぽい口調から、いかにもご満悦って雰囲気が漂ってきていた。
「ほぅ、96年型ブルホーンか。いいバイクだ、こいつは掘り出しモンだぞ」
「やっぱアンタは見るあるね、こっちの二人と違ってさ」
ルイーズとヴィンセントは、呆れていたり困惑していたりと反応は冷ややかである。
バイクに跨がっているレオナの姿は、これ以上ないってくらいにハマっているが、それとこれとは別問題である。
「派手で喧しくて、とても貴女らしいわね」
「ルイーズよぉ、アンタだってクラシックカー転がしてンのに、この良さが分かンないワケ?」
「いやそれよりお前、車買いに行ったはずだろ。残りのタイヤはどこに落としてきたんだよ」
パーティの準備ほっぽり出して車受け取りに行ったのにバイクで戻ってきたとなれば、ヴィンセントの疑問は当然といえる。
「それがマジ最悪でさ、ちょっと聞きなよヴィンセント。アタシが注文してた店が盗難車扱ってたみたいで、着いたら手入れの最中だったのさ。車は押収されてるし、警察に目を付けられそうになるしで、クソ面倒だったンだから」
「だから正規ディーラーにしとけって言ったろ、金入ったのにケチるからだ」
「うっさいね。いいんだよ、そのおかげでこのマシンに会えたんだから。帰り道でじいさんが売りに出してるの見かけてさ、もう一目惚れさね」
「なんだか不安になる購入ルートね、それも盗難バイクだったりしない?」
「平気さ、書類だって揃ってンだから」
レオナが胸ポケットから取りだした書類は、ダンの手へと渡り精査されることになった。盗難車なんか掴まされてお上に睨まれたんじゃ、便利屋の仕事がやりにくくなるので、彼の眼付きも真剣だ。
「……ふむ、書類は問題ないようだな」
「だから言ってンでしょ、どいつもこいつも心配性だね」
なんてうんざりしたように言いながらも、レオナの視線はエリサの変化を捉えていた。
「あれ、ピアス開けたんだ、似合ってンじゃん。やっぱし飾っとくより付けた方がよかったろ」
「うんなの! レオナもバイク格好いいのッ! 乗ってみていい?」
「ああ、勿論いいさ。でも、ちょっと後ででいいかい?」
エリサが楽しみにしながら頷くとレオナはその頭を撫でてやり、次いで人垣の奥で微笑んでいる恋人に呼びかけた。
「ロキシー」
「なぁにレオナ? やぁっと呼んでくれたね~、あたしの事見えてないのかと思っちゃったよ」
「そんなワケないでしょ、やっと会えたのにさ。ホラ、後ろ乗ンなよ」
「おぉ~ドライブだぁ~!」
水着に羽織ったロングコートをひらめかせて、ロクサーヌはバイクの後席に跨がった。ハンドルを握りどっしりと構えるレオナとロクサーヌの姿は、中々どうして金星ドーム都市のビル郡に映える。
噴かされるエンジン音が加われば、更にロックって感じだ。
「じゃあ悪いけど、ちょいとひとっ走りしてくっからさ」
「無茶な走りをするんじゃないぞ、レオナ」
「分かってるってのダン、アンタはアタシの親父かよ、ったく。――あとヴィンセント、アタシの分の肉残しときなよ!」
そう言い残すと、レオナは景気よくエンジンを高鳴らして甲板から飛び出していった。
「……やれやれ、あれじゃあまるで免許取り立ての高校生ね。そもそも彼女って免許持っているのかしら?」
「持ってるだろ、多分だけど」
「えぇ……」
離れていくエンジン音を聞きながらルイーズは呆れるばかりであるが、そんな二人の会話に純朴な声が加わった。
「ねえねえヴィンス、レオナにあれ渡してあげたの?」
「なぁにヴィンス。貴方、エリサちゃんだけじゃなく、レオナにも何か買ってあげたの?」
「大したモンじゃねえけどな」
「じゃじゃ~んッ! コレなの!」
エリサが持ち出したのは、くしゃくしゃになった紙袋である。イベントで購入してから三ヶ月、忙殺されて格納庫の隅で潰れていたのをエリサが発見したのだった。
してその中身は、真っ赤で大きなウエストリボンである。
「これを、レオナに? お伽噺のお姫様が付けていそうだけど」
「エリサもね、お姫様みたいでカワイイって思うの!」
「……ヴィンス、貴方殺されても知らないわよ」
「平気だって。レオナの奴、意外とカワイイ物好きだからな」
正直なところ、からかい半分である。レオナの図体でもオーバーサイズなファンシーリボンだから、付けてる姿はさぞ弄り甲斐があるだろう。まぁ、その後の反撃を覚悟する必要はあるが、一見の価値はあるはずだ。
「……ちなみにだけれど、私にもお土産はあるのかしら?」
「えッ? いやぁ、それは…………」
思い出そうとしている彼の視線は詰め寄ったルイーズの見ておらず、ぼんやりと遠くを眺めていた。記憶を辿っていた視線は変わらず彼方へと向けられており、その様子に気が付いたエリサも、不思議そうに尋ねていた。
「ねえねえヴィンス、どうしたの?」
「……ん? あぁ別に大した事じゃねえんだけどよ」
「急にぼーっとしちゃって、大丈夫、ヴィンス?」
ルイーズにも心配されて、ヴィンセントは唸りながら答える。
「いや、なんか忘れてるような気がしたんだよなぁ、この間の依頼でさ」
「依頼人が満足しているのだから、仕事は完了しているのでしょ」
「まぁそうなんだけどよ、なぁ~んか大事なこと忘れちまっているような――」
ヴィンセントは穏やかにドーム都市の天蓋を、その向こうにある煌めく宇宙の星々を眺めている。それは、遙か彼方に旅立っちまったダチの姿を思うようにだった――
どうも皆様こんにちは、空戸乃間です。
星間のハンディマン第七話『Promise Land』お楽しみいただけたでしょうか?
SFらしいお話というか、映画ネタを盛り込みまくった話といいますか、好きに書かせていただきましたが、面白く仕上がったと思います。
相変わらず元ネタありきの物語なので楽しんでもらえたか不安な部分はありますが、書き出すと止まらないんですわ。
さて、ここまでお付き合いくださった皆さんに感謝を述べさせていただいた後は、評価や感想についてもお願いしておきたいと思います。
目安的なものがあるとしやすいかなと思うので 記載しておきます。
勿論、皆さんの自由な感覚で評価して下さっても結構ですよ!
感想・レビューもお待ちしてますのでお気軽に どうぞ!
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2 面白かった
3 続きも読みたい
4 書籍化されたらいいな
5 アニメ化はよ
まぁ こんな感じでどうでしょう
0については 特に気にしないので 無表記です。ここまで読んでくださってる方には不要でしょうしねww
最後になりますが、お読み下さった皆様に改めて感謝を
本当に、ありがとうございました。
長編三本を回しながら書いているので次回の更新は未定ですが、どうか待っていてくださると嬉しいです。よければ次のお話でお会いしましょう。
それではまた次回、さようなら!




