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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse PULL THE CRTAIN
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PULL THE CRTAIN 4

 面倒なことになった。


 巨躯を影に潜めて非常灯の緑光を遠くに見る。大型拳銃の弾倉を交換しながら、彼女は虎柄の尻尾を不機嫌に揺らした。賞金首を狩り出しに来たはずだったのに、四階建てのショッピングモールは大人数での乱戦の様相を呈し、のどかなショッピングとは縁遠い場所となっていた。彼女とカーラ、それとカルテルの獣人達での三つ巴、互いが互いの首を狙っているのである。


 カーラとの一対一の最中に邪魔が入り、蹴散らそうにも多勢に無勢、煮えたぎる怒気を押し殺して一度退き、戦況が転がるのを待っていた。カルテルの連中は上の階で銃を撃ちまくっているらしく、銃声が止むこと無く木霊している。


 鉄火場での我慢は趣味じゃない。本当は心行くまでブッ放したいがしかし、耐えるしかないである。カーラと戦いながらカルテルの連中まで警戒するのは難しい、それこそ身体に刻まれたのだ、斬られた右の上腕が灼けるように痛んでいた。


「クッソ……あの人間の所為だ、ゼッテーそうだ」


 傷の具合を確かめてから彼女は毒づく。ヴィンセントとか言うあの人間に関わってからこっち、やることなすことケチが付きっぱなしで、それどころか三度の狙撃機会までも彼に邪魔されていれば、苛立つなと言うのがそもそも無理な話だ。


 ふと、彼女の虎耳が銃声の変化に気が付く――数が減っていた。彼女の見立てではカルテルの獣人共はチンピラに毛が生えた程度の雑兵、対するカーラは薬物でタガが外れた狂戦士である。数を揃えたところで勝負にならず、カーラは絶好調で刃を振るっているらしい。


 ―――と、もう一つ聞きつけ動く虎耳。足音だ、微かにだが聞こえる。


 素早く壁際によって気配を殺し、鋭く通路の角を注視。上の連中が増援でも呼んだかと、思ったが直後にカルテルの獣人でないと彼女は察した。鉄火場で丁寧な足運びするようにはお世辞にも見えず、連中なら烈火怒濤に踏み鳴らして駆けてくるから寝ていても気付く。それになにより数が少ない。複数なら聞き間違いもするだろうが、バレバレの忍び足で近づいてくる足音は一つきり。


 左手が銃把を固く握る。

 誰だろうと関係ない、ここに味方はいないのだから、弾くなら弾くだけ。薬莢が転がる小さな音に緊張し、彼女は待ち構える。



 ――チリ――……チリリリリリ…………



 迂闊にも蹴ってしまった空薬莢に顔を顰め、ヴィンセントは瞬間歩みを止めた。上階で続く銃声に気を取られてしまうとは気を引き締める必要がある。転がる薬莢は暗闇に吞まれいき、近くには誰もいないようだった。カーラだけでなく、カルテルの獣人達もいるのだから集中が必要だ。


 そろり彼は歩を進める。銃声はカーラが殺しあいを演じているのと同時に、ノーラが生きている証明だ。慎重に、だが急がなければ――。


 気持ちは逸る。が、ヴィンセントは角を曲がり息が止まるほどに驚いた。誰もいないと思っていたのに、角を曲がったその先には暗い五十口径が突き付けられている。慌てて身を捻り射線から逃れるが、全ての動作において相手の方が速く、逃れた先に照準を置かれたヴィンセントが許されたのは両手を挙げる行為だけだった。右手の拳銃は人差し指にぶら下がる。


「……んぁ? アンタは――」


 怪訝な声に、銃口から視線をあげれば虎女がそこにいた。問答無用で撃たれなかったのは幸いだが、彼女は銃爪に指をかけたままで、生殺与奪は彼女次第である。


「死に損ないがこんなトコでなにしてやがンのさ」

「まぁその、仕事だ。レオナだっけ? お前こそなんでここにいる」


 ルイーズが持っていた資料の中に虎女の物も混ざっていたので名を呼んだが、レオナは露骨に嫌悪感を示してヴィンセントを睨み返した。


「もしかしなくてもアタシのことだよな。気安く呼ぶんじゃねえよ人間野郎、つーかテメェに名乗った憶えはねえ」

「耳のいいのが知り合いにいるもんでね」

「? ああ、あの女」レオナは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。「笑ったね。くたばりかけのアンタ眺めてガキみたくわんわん泣いてたよ。あんなのが情報屋だってんだからこの街の賞金稼ぎもたかが知れてるさ、獣人の恥め。――それで、狙いはカーラ?」


 ヴィンセントは肩を竦めてみせるだけ。

「はっ、そのザマで?」


 レオナは今度こそ馬鹿にした。包帯捲きの上半身では説得力はなく、ヴィンセントの状態をざっと眺めるだけでも棺桶に片足を突っ込んでいることくらい誰でもわかる。


「手も足も出なかった相手に手負いで再戦か、雑魚な上に馬鹿なんだな。ま、死にたいんなら好きにしな、精々カーラを疲れさせてからくたばってくれ」

「言われなくてもだ、邪魔すんなよ」

「『邪魔すンな』だって?」


 レオナは鋭い目付きで唸り、銃口でヴィンセントを小突く。重く光る五十口径の薬室では鉛弾が静かに佇んでいた。


「面白いジョークだ、この間よりかつまんねえけど。死に損ないの人間がこのアタシに命令か、勘違いしてるみてェだけどアタシはアンタの味方でもなけりゃダチでもねえ、助けてやったのは気まぐれさ。嘗めたことぬかしやがると女の顔が見れなくなるぜ、人間野郎」

「そういや包帯(これ)、お前がやったんだってな。とりあえず礼は言っとく」

「ふん、それもすぐに捨てるつもりなんだろ、帳尻あわせならアタシがしてやるよ。言い残すことは?」

 凄むレオナは銃がなくともヴィンセントを縊り殺さんばかりだ。


「まて、言葉が悪かった。邪魔するなは恩人に向かって使う言葉じゃないな、確かに。そうだな、手を出さないでほしい。お前にしたって賞金を狙ってるんだろうし、勿論タダでとは言わねえ。懸賞金半額で手を打たねえか、どうよ」


 レオナは逡巡しながら目を細めると僅かに体毛を逆立たせる。小さく首を傾ぐ彼女は馬鹿馬鹿しいと銃を下ろした。

「…………話になンないね」

「おいおい全額よこせってのかよ⁉ ノーリスク・ハイリターンなんだ、いくら何でもがめつきすぎだぜ、そりゃあ」

「払うアテがないだろ、どうやって払うつもりなのさ。生け捕ンなきゃ賞金は出ないんだ、半死人のテメェに何ができるよ」


 そいつはお互い様だと、レオナの切り傷をヴィンセントは見咎めていた。

「……まだ走れるし、銃も撃てる。それに生け捕る必要は無くなった、知らねえのか?」

「はぁ?」

「カーラには生死不問(DEAD or ALIVE)の指定がついた、殺しても賞金の半額は支払われる」

「けっ、確かに殺す方が楽だけど人間様は情けないねェ、ふんぞり返ってる割にガキ一人も生け捕りに出来ないのかい? それで、その半分の半分をアタシにってことか」

「いや、元金の半分だからまるっとくれてやる、これなら文句ねえだろ」

「信じろって?」

「何か問題が?」

「テメェさ。馬鹿馬鹿しい話じゃないか、額面だけなら聞こえはいいが、うまい話にゃあ裏があるモンだ。獣人を騙し利用するのはテメェ等のやり口だろうが。何を企んでやがる」

「カーラには貸しがある。酷え言いぐさだ、企んでなんかいねえよ。余計な心配がなくなるなら安い買い物だ」


 ヴィンセントは依然として疑念を抱えているレオナをどう納得させるか、唇を鳴らし考える。彼女が戦いたがる理由は知らないが、カーラと対面した結果をヴィンセントは想像出来ていた。十中八九レオナが死ぬ。確証はないが根拠はあった。

「仮に、俺が退いたとしてだレオナ、お前に撃てるのか?」

 思い出されるのは公園での狙撃。不意を突き、だが敢えて外した銃弾を再び見舞うことが出来るのかとヴィンセントは問う。


「アンタは殺せンの?」

「御託並べようが相手が誰だろうが、所詮は命の取り合いだ。慈悲を説きたきゃ尼にでもなるんだな、鉄火場でなにを躊躇う」


 当然だろうと即答。嘘偽り、そして躊躇いなく撃てる。その落ち着いた声に、レオナは目の前の人間を値踏みするように髪を掻き上げた。


「――だとして、どうやるつもりなのさ。羊みたいな見た目だけどとんでもない、中身は狼だ。羊の皮を被ったってやつさ、弾を避けンだよ、アイツ」

「特等席で見たさ。なにもカーラは銃弾を避けてるわけじゃない。銃口と眼の動き、見て取れるこっちの予備動作から射線を察して見切ってるんだ。どっちにしろ神業だがな」

「ご立派な分析は生かせなかったらしいね」

「見えてはいたが、身体が付いてこなかった。人間の限界ってやつかな」

「意味ねーじゃんか。けど、そうか銃口の向きね。アンタの言ってることがマジだとすりゃ、キツくなっただけだ、銃で撃つには相手を狙って銃口を向けなきゃならないんだ。目隠しして曲芸撃ちでもすんの?」

「正面から挑む」

「だから当たンねェッつの。的は小せえし、素早い上に怪力だ。悠長に構えてる間にタマもがれンのはアンタだろうよ」


 それもヴィンセントは承知している。力押しが通じる相手ならば、ここまでの大事にはなっていない。例え全快であっても力を持ってカーラを押し込めるのは無理があり、だからこそ一応の策を考えてきたのである。最も確実な策を講じるのに問題があるとすれば一人では手が足りない点だが、幸いなことにここには二人いる。


「レオナ一つ提案がある、観客席で賞金貰うのが癪だってんなら――」


 だが、レオナが不意に手を挙げてヴィンセントを制した、刺すような彼女の警戒心が無言のうちに静かにしろと語っている。


「どうした?」

「――――……聞いた?」

 声を潜めて聞き返し、レオナは天井を指さした。耳を澄ますが辺りは、しん――……と、


「――ッ! 静かだな……!」


 神経がピリッと張り、ヴィンセントは呟き振り返るや虚空に向けて銃を構えた。

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