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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Promise Land
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Promise Land 18

「……貴様も笑うのか、便利屋という連中はどいつもこいつも腹立たしい奴ばかりだ!」

「なら見せてやるよ、獣人で便利屋の戦い方ってやつをさ」


 そう言ったレオナはファイティングポーズを解き両腕を脱力させた。ぶん殴る力はいまは不要、求めるの瞬発力と反応速度だけ、まずは距離を詰めなければ始まらない。


 その為に、彼女は走った。


 一直線に、サバノヴィッチめがけて突っ込んでいく彼女の姿勢は、フェイントや小細工を仕掛けるような素振りを感じさせない前傾姿勢で、いっそ特攻に近い気迫であり、当然サバノヴィッチも迎撃に動く。


 奴が放ったのはレオナのボディを狙った左フック


 とはいえ鉄拳のサイズを考えれば胴体すべてを狙ったブローといえるがしかし


 完璧なタイミングで放たれた鉄拳は意外にも空を切った


「馬鹿な、消え――ッ⁈」


 ――てはいない。サバノヴィッチがモーションを起こしたのを見るや、レオナは頭から飛び込むようにして地面に手をつき、超低空のダッキングで躱してみせたのだ。両の手足で地を蹴る様はまさに虎のごとしで、そして見事懐に潜り込んだ彼女は上体を上げると、右ストレートをサバノヴィッチの腹にねじ込み悶絶させた。


 恐るべき獣人の膂力は、パワードスーツを纏ったサバノヴィッチの身体を後方へとズラし、その身体をデッキチェアみたく前のめりにしてやった。


「う、うぅおえぇぇぇ……ッ!」

「へッ、ようやく顔をおろしやがったな」


 反吐を吐いているサバノヴィッチには彼女の言葉が聞こえていただろうか?

 錯乱した視界で迫る拳を追えていただろうか?


 だがそんな相手の都合など関係なく、遂にレオナは、呻くサバノヴィッチの顔面に渾身の左アッパーをぶち込んだ。


 骨の砕ける感触


 血しぶきが舞い


 仰向けに倒れるサバノヴィッチ


 彼の眼窩に収まっていた遺物が吹っ飛ばされ


 地面を転々と転がっている


 パワードスーツが倒れ込む音を最後に静寂が戻っており、レオナの荒い息づかいが壊れた森に染みこんでいく。

 次に響いたのは、遺物を拾い上げるレオナの衣擦れの音だった。


「……これが、遺物ってやつ? 思ったより小さいね」


 興味はなかったが、その場に残しておくのも危険な気がしてとりあえず拾ったレオナ。しかしそんな僅かな勝利の時間は、背後から飛んできた声によってケチを付けられることになる。

 顔の骨を砕かれたというのに、サバノヴィッチはまだ意識を保ってたらしい。


「き、きさま……、それを、かえ、せ…………!」

「なにが返せだバカヤロウ。元々盗品だろうが、このくたばり損ないが」


 遺物を失い、最早完全にスクラップとなったパワードスーツから這い出してきたサバノヴィッチは、這いつくばりながらもレオナに襲いかかろうとしていた。

 のろのろと立ち上がったところで兎一匹殺せやしないだろうに、奴はまだやる気でいるらしく、それならとどめを刺してやろうとレオナも重たい足を前に出す。


 散々っぱら撃ちまくられた礼ならまだまだ充分に残っているから、それこそ頭蓋が粉微塵になるまで殴ってやってもいいくらいなのだ。だが……


 レオナは数歩歩いたところで足を止め、興味無くしたように溜息を付く。


「どう、した……。こい、よ、おれはま、だやれる、ぞ……」


 執念深く口を開くたびにサバノヴィッチは血反吐を吐いているが、そこにレオナが感心を向けることはなかった。彼女の眼光は、勝負がとっくについていることを語りながらも、奴の事を見てはいない。


「獣人、風情が、おれを見、下すか……ッ!」


 のろりと振られた拳をレオナは黙って受けるが、死に体の人間が放つ拳など彼女にとっては蚊に刺されるようなものであり、むしろサバノヴィッチのほうが反動でよろける始末である。


「おれは、神になるお、とこだぞ……、こ、こんなところでェ……ッ!」

「器じゃねえよ、アンタなんかさ。でも、少しは神サマ気分味わえたンだから、冥土の悪党共にできる、いい自慢話ができたじゃないか」

「遺物さ、え、あれば、貴様など……」

「素手で勝てっと思ってンの、獣人相手にさ」


 言われた台詞をそのまま返すと、レオナは残念そうに鼻で笑った。


「アタシも相手してやりたいのさ。鉛弾で追い立てられて服もボロボロだし、硬えパンチで体中痛んでる、腸煮えくりかえってるってのが正直なトコだからね。……でも、先約があるンじゃ仕方ないってなモンさ」

「…………――?」


 青息吐息のサバノヴィッチを通り過ぎて、レオナの視線は奴の背後へと向けられている。

 重たい足音に、踏み砕かれる樹木のパーカッションが不穏なリズムを加えていた。


「じゃあ、選手交代だ。あばよサバノヴィッチ、精々ガンバんな」


 そう告げて背を向けたレオナを追おうとしたが、背後の生暖かい息づかいが気になりサバノヴィッチは振り返り、呻くような悲鳴を上げた。


 奴の残された左目が映したのは巨大な熊の、怒れる母熊の顔である。

 開かれた口から覗く鋭い牙は垂れた唾液でぬらりとした光を帯びており、底知れぬ絶望を相手に与えていた。それはさしずめ、生きた地獄門といった様子で、まさに『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』という銘文が相応しいだろう。


 悲鳴らしき鈍い声が聞こえたが、レオナは振り返ることはしなかった。


 終わった勝負に興味はないし、復讐ってのは興味本位で首を突っ込むべきではない。自分の番が来たときには、人知れずやろうと決めているのだから。

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