Promise Land 17
樹木が割れる轟音。
銃弾によってズタボロにされた木々を薙ぎ倒しながら、サバノヴィッチは森の中へと落ちた。高所から落下したというのに意識を保っていられるのは、頑強なパワードスーツと、スライムからの干渉を受けてもなお残っている遺物の力によるものだ。
とはいえ落下の衝撃は相当なものだったようで、サバノヴィッチはうめき声を上げていた。身体へのダメージはもちろんのこと、右の眼帯から眼窩を通じ、そして脳へとフィードバックされているパワードスーツの状況は悲惨を極めている。
武装は壊れ、飛行機能も破損。
かろうじて動ける、そんな状態だ。
だが、どれほどダメージを負っていてもサバノヴィッチは兵士であり、接近してくる気配には敏感に反応した。素早い動きを見せたのは彼の眼球だけだったが、それでも何が近づいてきているのかを知るには充分だった。
パキリ、パキリと音を立てながらその気配は彼の前に姿を現す。
枝を踏むミリタリーブーツ
焦げた虎の尾
焼けた森を歩いてくるのは怒り心頭な虎女である
その眼光は、いっそ野性の虎が可愛く思えるほどだ
「……よぉハゲ頭。気持ちよく撃ちまくってくれたじゃないか」
弾雨の中を逃げ回ったレオナもすでに満身創痍だった。
武器も無くし体中傷だらけだが、それでも彼女は残された唯一の武器を頼りにサバノヴィッチの前に立ち、もはや用を為さなくなったブラウスを脱ぎ捨てる。
「……立ちなよベイビー、次はアタシが相手だよ」
「……ふざけるな。おれは世界を手に入れる男だぞ、獣混じりの劣等種が……!」
獣人に見下ろされる屈辱に歯を食いしばりながら立ち上がるサバノヴィッチだったが、やはり落下の衝撃は著しくパワードスーツにも傷跡を残していた。彼が動く度にそこら中が軋み、前部の装甲パーツが剥がれ落ち、生身の部分がさらけ出された。
「どうやって殴りつけてやろうかって考えてたけど、手間が省けるね」
「所詮は獣の脳味噌だな。勝てると思うのか、この装備を相手に」
「あったりめえだろ、アタシゃ獣人なんだよ」
ボロボロの身体に鞭打って、レオナは正面から仕掛けていく。
一発でいいのだ。この拳を野郎の顔面に叩き込んでやれば、獣人の腕力と人間の耐久力だ、その一撃でケリがつく。
きっと不可能では無かったろうが、それはあくまでもレオナが万全であればの話である。彼女がいくらタフでも負傷によって動きは鈍っており、正面からの突撃はパワードスーツの拳に阻まれてしまっていた。かろうじて防御はしたが、文字通りの鉄拳は壊れかけでも充分に脅威である。
「口ほどにもないな、女」
レオナは赤い唾を吐き捨て、相手を見据えていた。
彼女は典型的なパワーファイターだ。虎獣人としての膂力、それに大柄な体格を活かして相手を追い詰めてから、必殺の一撃を見舞うのがセオリーなのだが、今回に限っては例外が多すぎる。それは恵まれた体格故の不幸とでも言うべきか、レオナは見上げるほどの大きな相手、そして自分より力のある相手と戦った経験がほとんどないのだ。
つまり、こういう手合いに対する有効なカードを持っていないということになる。
「半死人のくせにイキりやがって、クソが……」
「宇宙の神秘に触れて死ねるのだ、獣女には勿体ない光栄だろう」
「なぁにが宇宙の神秘だボケナス。アンタが着てンのはただのボロ鎧じゃないか、ンなモンじゃアタシは殺れないよ」
「……ならば、その身を以て味わうがいい!」
振られた鉄拳をレオナが躱すと、背後にあった樹木が木っ端に変わる。
――チィ、あの拳はもらえない
おぼつかないステップで後退しながら、振り回される拳を躱すレオナ。
ようやく距離をとって構えなおしながらも、彼女は歯がみしていた。
パワーの差はもちろんだが、なによりも厄介なのはリーチと身長差である。こと格闘戦においてリーチの差は絶対的なアドバンテージとなり、僅か五十センチという距離は、言葉で表すよりも遙かに絶望的な距離なのだ。
しかし裏を返せば、そこにこそ勝機がある。いや、レオナにとっての勝機は、最早その五十センチの内側にしかないのだが、どうやって鉄拳をかいくぐり奴の懐に潜り込めば――
「――――ッ!」
レオナはハッとした。
彼女はすでにその方法を知っている。否、いつもそうやって、勝てない相手に何度も向かってくる男の姿を知っていて、つい口元が緩んでしまう。
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