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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse Promise Land
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Promise Land 16

「ヴィ、ヴィンセント! 無事かッ!」

「生きてるかどうかを訊いてるならイエスだ、一応な!」


 ツタのムチで捕まえてくれたマイケルに感謝はしつつも、ヴィンセントの状況的にはまな板の上の鯉……いや、屠殺場の家畜の方が近いかも知れなかった。さらに身動きできない状態なのに、ピンピンしているサバノヴィッチが目の前まで下りてきたら、まさにフックに吊されたブタの気分を味わえる。


「うんざりするほどの悪運だな、オドネル」

「なにしろ、サバイバルして食あたりになってないからな。ところでお宅、そのイカしたスーツはどこで仕立てて貰ったんだ、中国のスクラップヤードか?」

「そして口の減らない男だ。最後の足掻きも無駄に終わり、死を待つだけにも関わらずよく口が回る。恐れを知らんのか、それともただ馬鹿なだけなのか」


 生殺与奪を楽しむようにサバノヴィッチは語り、ヴィンセントに焼けた森を見ろと彼は言う。

 火星産の太い木々が千切り折られ、弾雨によって地面はしこたま耕されていた。


「貴様の仲間、あの獣女も死んだ。だが肉片となり自然に帰れたのだから、きっと喜んでいることだろうよ。残った希望といえばこの命綱を掴んでいるマイケルだけだが、なんのことはい。二人とも後を追わせてやるのだから、悲しむ必要もないな」

「……ヘッ、そこまで言うからには、死体を見たんだろうな?」

「あの焼け跡を見て生き延びていると? それは希望的観測が過ぎるというものだ」

「レオナのタフさはターミネーター並だぜ、俺なら核を落とすまで安心できないね」

「では確かめてくるがいい、地獄の門前でな」


 ヴィンセントを向く砲口


 しかし彼は、その暗い孔を見ながらも太々しい笑みを浮かべていた。絶望でも諦観でもなく、そこには馬鹿にしたようなニヤつきが張付いている。


「……なにが可笑しい」

「いやぁ、お宅は遺物の力でもって賢くなったはずなのに、物を知らねえなと思っただけさ」

「賢者が知恵を示そうと、愚者はそれを解しはしない。もっとも、遺物から得た真なる力を貴様が見ることは叶わないがな」

「……じゃあ、フットボールはどうだ?」


 脈絡のない問いに、きっとサバノヴィッチはヘルメットの奥で胡乱な顔をしているだろう。


「スポーツなどに興味は無い」

「だろうな、だからお宅は負けるんだ」

「見事な虚勢だな、オドネル。ここまで殺したいと思う相手は初めてかも知れん」

「じゃあ最後まで聞いてけよ。いいか? パスは通ったんだ(・・・・・・・・)、つまりまだインプレーってことなんだよ。……ほれ、なにボサッとしてんだ、まだまだプレーは続いてるぜ?」

「なにを――」


 と、言いかけたサバノヴィッチはようやく、自身に起きている異常に気が付いた。

 ヴィンセントがやたらと饒舌だったのは、ただただ時間を稼ぐためだったのである。密かにパワードスーツに取り付いていたスライムが、仕掛けを打つための時間を――


『はじめましてだな、サバノヴィッチ君。遺物の力は返してもらうよ、キミには過ぎた代物だ』

「き、貴様はァッ⁈」


 サバノヴィッチは、脳内に響いてきたその声が緑色粘体のものであること、そして緑色粘体こそが宇宙からの使者であると即座に理解したようだった。そうでなければ、人類の技術を越えた遺物が干渉を受けるなどあり得ない。


『この力はより善き銀河の為にあるもの、貴様の欲望のためにはない』

「ただの操り人形が大層なことを……! 力とは、自らの意志を持つものにこそ相応しいのだ、宇宙の力はこの俺様のものだッ!」


 そう叫びながらサバノヴィッチがヘルメットを脱ぐと、その顔面の右半分にはパワードスーツの隙間から侵入したスライムがへばりついていた。

 ここにきて、ヴィンセントはようやくスライムの狙いが分かったのである。『彼』が狙っていたのはサバノヴィッチと遺物を繋いでいる部分、具体的に示すなら遺物と同化した奴の右目の眼帯だがしかし、いまや剥き出しとなったスライムは、パワードスーツの手によっていとも容易く引き剥がされてしまった。


 そして――


「スライムッ!」


 と思わず叫んだヴィンセントの前で、スライムの粘性の身体は握りつぶされ飛び散った。それはまるで、果実を潰したようだった。


「………………」

「……いざ戦ってみれば実に容易い。こんな軟弱な存在が我々人類より遙か先にいるというのは実に忌々しいと、そうは思わないかオドネル? 力とは強者にこそ相応しいのだよ」

「……借物じゃねえかよ、偉そうに」

「軽口から冴えが消えたか、これで溜飲が下がるというものだ。ついにお別れだな、オドネル」


 万策尽きた死の淵に在り、だがヴィンセントは力強い眼光でサバノヴィッチを見据えていた。泣き喚く無様など、奴を喜ばせるだけだと彼は知っている。だからこそ、同じ死ぬなら奴にとってつまらない方がいい。


 それは極々小さな意地であるが、そんなもので通してみれば良いこともある。なにしろ目を瞑らなかったおかげで、動揺するサバノヴィッチの表情を拝むことが出来たのだから。

 奴の纏うパワードスーツが嫌な振動を始めていたのだ。


「出力が安定しない……⁈ あの宇宙人め、何かしていったなッ⁈」


 パワードスーツを浮かせている二基のエンジン。その両方ともが息を切らせているようで、次第に不安定さが増していき、ついには咳き込むようになっていた。


「ぐゥ……!」


 そこで焦ったのがサバノヴィッチの事態を悪化させる決定打となった。せめて降下していく前に、ヴィンセントにとどめを刺そうと奴は右腕の機関砲をあげて射撃したのだが、弾は彼をかすめて空へと消えた。そして、姿勢制御がガタガタになっている状態ではその反動を受けきれず、サバノヴィッチは空中で大きく体勢を崩したのである。


 そうなってしまえば、パワードスーツに一度崩れた体勢を整える推力はすでになく、サバノヴィッチは錐もみしながら地面へと落下していったのである。

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