Promise Land 11
「……静かに、なりましたね」
遺物内で台座に向かっていたマイケルが呟く。僅かな振動が伝えていた戦闘の気配が、潮が引くように止んだのである。
「レオナが森の動物たちに夕飯をこさえてやったってことさ。よそはいいから、お宅は自分の仕事に集中してくれよ」
「いや、そうはいっても僕が出来ることはないから。『彼』は僕の身体越しに遺物とコンタクトして何かやっている様子だけど、僕自身はただこうして立ってるだけだし」
「体の良い入れ物か」
「そうだよ、『彼』がいなければ死体と同じだからね」
ちょいと言い過ぎたとヴィンセントは舌を鳴らした。マイケルだって、好きこのんで入れ物に撤している訳ではないのだ。
「……身体は治してもらえるんだろ? ここまで来れば生き返らせるって話だって聞いてるぜ? まぁこうやって会話しているワケだから、俺には生きてるようにしか見えねえけど」
「僕だって不思議さ。でも、崖から転落した時、確かに死んだんだなって感覚があったんだ。痛みはなくて、パックリと頭が割れた自分の身体を見下ろしていたんだ。魂だけになったっていうのかな、とにかく不思議な感覚だったよ」
「……神様にはあったかい?」
「いいや。気が付いたら、神様の代わりに僕の耳から生えた緑色の宇宙人が話しかけてきていたよ。うむ、どうせ生き返るなら、もう少し臨死体験をしていてもよかったかもね。そうすれば神様にお目にかかれたかも知れない」
冗談めかしてマイケルは笑い、そして続けた。
「キミにも、それに『彼』にも言っておきたいんだけど、あの事故を恨んではいないんだ」
「殺されかけたのにか? そりゃまた寛大なことで」
「もちろん、もっと穏やかな出会いだったらとは思うさ。ただ、『彼』との出会いは僕にとっては奇跡の出会いなんだ。火星考古学を学び、様々な研究をしてみても、考古学は詰まるところ現在に繋がる過去を知る学問なんだ。そんな僕がだよ、本物の宇宙人と出会う日をどれだけ夢見ていたか分かるかい?」
「そうだな、いまが人生最良の時って感じか?」
「まさにその通りさ。まるで待ちわびた恋人に出会ったような衝撃だよ」
「それはいいけど、もう一人の恋人のこと忘れねえか。お宅の為に大枚叩いた恋人をよ」
「あぁ、アズィズにもこの感動を伝えたいよ」
「伝えるのは簡単だ、問題はどうやって信じてもらうかだろ」
「ははッ、確かに。言えてるね」
なんてつかの間の冗談を交わしていると、またしても遺物が揺れた。ただ先程と異なるのはその揺れ方の質である。人体に例えるならば、無理やり重たい物を持ち上げようとしているときにくる、足の震えに似ていた。
「さっきよりも大きいね……」
「そりゃそうだ、遺物そのものが揺れてるんだからな、しかもこの感じは上昇してるぞ。――おいスライム! テメェがやってんのか⁈」
「仕方が無いのは分かるけど僕に怒鳴らないでくれるかな。待ってくれよ、いま訊いてみる」
そう言ってマイケルは目を瞑り、内なる宇宙人との対話を始めた。
「……いや、やはり『彼』ではないらしい、動かしてるのはサバノヴィッチだ。奴はすでに遺物の力を手に入れているが、まだコントロールするには至っていない。抑えるには今しかない」
「んな事ぁ分かってる、奴の居場所は?」
「その扉の向こう、サバノヴィッチは逃げようとしている」
「させるかよ、さっさと追うぞ!」
と、意気込んでみるが、ヴィンセントが近づいても扉は閉じたままである。
「おい、どうして開かねえんだ⁈」
「サバノヴィッチがロックしているんだ。『彼』がさっきから開けようとしてくれている、もうちょっとで――」
開いた。
それと同時に銃を構えてヴィンセントは通路へと飛び出すが、ここまで通ってきたのと似た通路が延びているだけで、サバノヴィッチの姿は見えない。しかし、奴の痕跡は見て取れた。
「見ろマイケル、血痕だ」
出血量は少ないが道しるべには充分で、二人は血の跡をたどって通路を走り、扉を幾つか潜ったところで、また新しい落とし物を見つけた。
スライムが乗ってきた、フットボール型の宇宙船である。
「抱えきれずに落としたか。サバノヴィッチの野郎、相当参ってるな」
「どうする?」
「そんなもんほっとけ、もう役に立たねえだろ」
「……あぁ、でもキミが拾ってるよ?」
話ながら無意識に、ヴィンセントはフットボールを拾っていた。指摘されてようやく気が付くくらい意識の外で身体が動いているのを認識すると、実に奇妙な感覚になる。
「こいつの催眠電波はまだ生きてやがるのかよ。しょうがねえ、マイケル、お宅が持ってろ。近くにある分には引っ張られたりしねえだろうし」
「わ、分かった」
そうして再び走り出し、また幾つかの扉を抜けると――
「――ッ⁈ いきなり外かよ!」
唐突に開けた景色にヴィンセントは驚く。目の前に広がるのは真っ青な火星の空と、遙か彼方の地平線。数センチずつ、ゆったりとと上昇している遺物に遮られているためか、森の木々は遺物の外端から僅かに覗く程度である。
だが、そんな周囲の状況よりも優先すべき相手を、ふらつく足取りで逃げていく後ろ姿を、二人はついに捉えていた。
「ヴィンセント、あそこに!」
「逃がすかよッ!」
サバノヴィッチを見つけるや、ヴィンセントは有無を言わさず射撃。その背中に向けて、マガジン一本分の鉛弾を撃ち込んだ……はずなのだが――
サバノヴィッチは、倒れることは歩き続けている。
「……外れた?」
狙いは正確だったし、全弾とは言わないまでも一発ぐらいは当たっていたはずなのに、奴の背中に紅い染みはない。ならばとヴィンセントは再装填し、今度はより正確に、単射に切り替えて一発撃ち込んだ、すると――
放たれた弾頭がサバノヴィッチに命中する直前に、不思議な膜のようなものが奴の周囲で光り、銃弾の軌道をねじ曲げた。
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