Promise Land 10
一兵士である彼等にとっては、ちょいとワイルドなドライブ気分だった。
サバノヴィッチからの命令に従い指定された地点まで物資と人員を運ぶ、内容としてはただそれだけのこと。だからこそ、ひどい悪路の先に見慣れた装甲兵員輸送車の影が現れたとき、ハンドルを握っていた先頭車両の兵士は、尻の痛みとオサラバできる安堵を得ていただろう。
……輸送車に積まれている重機関銃から、苛烈な銃撃を加えられるまでは。
突如襲いかかってきた50口径の弾雨に、兵士達は一気にパニックの渦へと叩き込まれることとなっていた。それもそのはず、本来ならば向こうにいるのは味方であり、なによりこの地域には味方しかいないはずなのだ。だのに、有無を言わさぬ強襲を受ければ混乱こそが必至である。
先頭車両が孔だらけになって爆散し、悪路のど真ん中で後続車両も止まるしかない。兵士達は蜘蛛の子を散らすように車両から飛び降り、慌てふためきながらジャングルの中へと身を隠した。
「一体なにがどうなってやがる⁈」
「こっちは味方だぞ、チキショウッ!」
重たい銃声と跳弾音の中で飛び交う怒号
兵士達は自分の身を庇うので精一杯で誰一人として状況を掴めずにいるのだが、不意に銃声が止んで、耳鳴りのする静寂が訪れた。
と、そんな静けさの中で、前方を伺っていた一人がぽつりと呟いた。
「……誰だ、ありゃあ」
遮蔽物から兵士達が覗き込んだ先、重機関銃の銃座から立ち上がった人影は、兵員輸送車の上に仁王立ちしていた。
遠目でも分かる巨躯
シルエットからして女
たなびく尻尾と長髪に
頭で震える虎の耳
そしてなにより兵士達に怖気を震わせたのは、数百メートル先からでも感じる、まさしく貫くような野獣の眼光で、その眼差しに射すくめられた彼等は我先にと銃を構えた。
――殺らねば殺られる
兵士としての直感が彼等を突き動かしたのだが、生憎とその場はすでにキルゾーン。並んだ二十弱の銃口は、鉛弾を撃ち出すより先に幾重にも重なる爆発に晒されることとなった。
そう、増援の気配を感じたレオナが大人しく待っているはずがないのだ。先に倒した兵士の死体や車両からありったけの爆薬を集めた彼女は、敵が侵入してくるであろうルートにそれらを仕掛けて待ち伏せていたのである。あとは重機関銃で動きを止めて、ちりぢりになった所へ追撃の爆破。
かくして、レオナの奇襲第一段階は成功を見ていた。
「さぁ~てあとは残りを片付けてやるか、精々楽しませてくれよ」
彼方の阿鼻叫喚を仁王立ちで眺めていたレオナは、そのまま追撃へと移る。
正面切って突っ込んでいく姿は普通ならばいい的になるだけだが、燃える車両と爆発による煙が彼女を見事に隠していた。まぁ、それらが無くとも半恐慌状態の兵士達に反撃する余裕はなかっただろう。
実際彼等は、レオナの姿をすっかり見失ってしまっていた。
怒号を飛ばしあいながら兵士達はなんとか状況把握に努めているが、まだ誰も気が付いていない。その声の数が段々と減ってきていることに。
レオナの武器は銃ではなかった
原始的ゆえに無音の、まさに狩人の為の武器
そう、彼女が放つのは鉛ではなく弓矢である
兵士達は音もなく、一人一人、まるで森に吸い込まれてしまったかのように、その身体を大地と一体化させていき、遂に彼等が異常に気が付いた時には、残りは僅か三人となっていた。
なのに、である。
ここまでひどくやられているにも関わらず、彼等はいまだ敵の姿を捉えられていなかった。
風切り音
倒れ込む草音
残り二人――
突き付けられた現実と底知れぬ恐怖はときに兵士の心さえ折る
耐えきれず一人が遮二無二逃げ出したが
数歩踏み出したところでそのまま俯せに倒れ込む
そこで遂に、生き残った最後の兵士はレオナの居場所を突き止めた。仲間の後頭部に突き刺さった矢、その軌道は上から――つまり木の上から撃ち下ろされたものなのだと。
だが、レオナの居場所を知ったところでもう遅い。振り向きざまに上方へと照準をなぞるように、彼の右目を矢が貫いた。
「はっ! なンてこたァないね」
そうして動く者がなくなった森の中に、一人の虎女が舞い降りる。赤く染まった木々の色合いが、彼女の立ち姿によく栄えた。
しかしである、どれと同時に彼女の鋭き聴覚は新たな獲物の気配を聞きつけていた。
高空より近づくエンジン音。
さてどうやって、虎は空飛ぶ獲物を喰らうのだろうか。
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