Promise Land 8
「だ、誰か来てくれ! キャンプを襲った連中が仲間を連れて戻ってきやがった!」
遺物が眠る洞窟に響く声。
サイリウムがぼんやりと照らす岩壁に反響する慌てた気配に、見張りについていた数名の兵士が顔を見合わせ駆けだした。本来であれば馬鹿馬鹿しいと一笑に伏すところだが、わずか2名の戦力でキャンプに潜入し、あまつさえマイケルを奪還していていった奴らの手際と暴れ具合を目の当たりにしている以上、笑い飛ばすのも難しかったのだろう。
ただし、彼等は少し冷静に判断をするべきであったのもまた事実。注意深く聞いていれば、助けを求めるその声が、仲間のものではないと気が付いたはずだったから。
兵士達が駆けだして数歩、歪な洞窟の曲がり角から浴びせられたのは、5.56㎜のフル連射で、まさかの銃撃に反応さえ間に合わなかった彼等は次々と地面に倒れていった。
当然、兵士達を撃ったのはヴィンセント、そして声を上げていたのはマイケルだった。
「迂闊な連中だぜ、傭兵って割には二線級だ」
「……これで全員かな」
「俺がサバノヴィッチなら数人は連れて中に入るね。なにしろ人類には未知の領域に踏み込もうってんだ、奴ならいざって時の身代わりを連れて行くに決まってるさ。それより――」
血溜まりを越えた二人が睨むのは、ここまで通ってきた洞窟には異質の明かな人工物で、ヴィンセントも見たことがない材質で出来ている壁であった。
表面はざらついているが金属らしき質感でやけに冷たい。だが硬さのわりに叩いてみると音は軽く、いっそ空洞なのではと思うほどに高らかに鳴った。
「なあマイケル、この先であってるんだよな?」
「僕にも壁にしか見えないが『彼』が言うには正しいと。ちょっと退いてくれるか、『彼』が開けてくれるそうだから」
マイケルはそう言うと、壁……或いは扉に、半信半疑ながら手をあてた。
するとどうだろう、一枚の金属板としか思えなかったその壁が、複雑に絡み合っていた織物を解くようにして、隠していた通路を露わにしたのである。凝った仕掛けとか、そんな安っぽい表現ではとてもじゃないが説明のつかない動作だけでも、ヴィンセントがこの遺物の異常さを認識するのに充分だった。
「……でも、中はだいぶ綺麗だな。何万年も放置されてたとは信じられねえ。ウチのボロ船と比べたら新造船みたいだぜ。あとは歓迎の仕掛けとかなけりゃあ嬉しいけどよ」
「あ、それについても『彼』から――……」
と、マイケルが言いかけた矢先、くぐもった銃声が遺物内から聞こえてきた。同時にいくつもの悲鳴、察するにサバノヴィッチ達は何者かに襲われているか、戦闘が発生しているらしい。
「おいおい、物騒な感じだな」
「遺物の自己防衛機能が働いているみたいだね。サバノヴィッチは鍵こそ持っていても、使い方までは知らない。だから防衛機能を切らなかったんだ。遺物からすれば、鍵をサバノヴィッチ以外は敵も同然、襲われているのは彼の部下だけだろうね」
「……俺たちに危険は?」
「いや、その点は平気だ。さっき扉を開ける際に『彼』が僕たちを登録してくれたから、外敵として認識されることはない」
「それ本当だろうな。クリーチャーやらロボットやらに襲われるのはゴメンだぜ」
「お互いに『彼』の言葉を信じるしかないんだから、僕を問いただしたところで仕方ないさ。とにかく先に進むほかないだろう?」
実際、その通りである。
この遺物、もとい上位存在の宇宙船について答えられるのはスライムだけだから、渋々であろうとヴィンセント達には進む以外の選択肢がなく、二人は一応の警戒を保ちながら歩を進めていく。だが、しばらく遺物の長い通路を歩いてみても部屋らしいものはなく、また何処かに入るような扉もなかった。
構造上の違和感というか、居住空間や機関部にアクセスするための場所もないのは、そもそもこの船を使う者がそういった人間的な感覚から外れた存在だからなのだろう。通路にあるものといえば、無機質な照明と代わり映えしない金属的な壁、そして一定間隔毎に配置されている隔壁でくらいのもので、次第に無限回廊を進んでいるような感覚にヴィンセントは囚われ始めていた。なにしろ案内板も表示もないから、現在地がどこも不明なのである。
しかし、だ。
幸いな事に、ようやくの変化が隔壁越しに現れた。
ただし、狭い通路一面が血と硝煙塗れという中々に強烈な変化であり、その凄惨な光景にマイケルは思わず口元を覆っていた。




