Promise Land 3
「時間の浪費としか思えないが、仕方ないようだね」
溜息一つを溢すと、マイケルは頭を左右に振った。
するとどうだろう、なにやら粘性のある緑色の液体が、どろりと彼の耳から垂れてきたではないか。しかもその……端的に言えばスライム的な物体は、重力に逆らってマイケルの頭に並ぶようにして立っているのだ。
「……なんだ、そりゃあ」
これが、ヴィンセントのひり出せた一言である。というか、他に言葉が見つからない。頭から緑色のスライムを生やしている男を前にして、他にどんな言葉をかけろいうのか。
「これで信じてもらえたかね、ヴィンセント君」
「……レオナ、俺の頭もイカれたのか?」
自身の正気を疑うヴィンセントに、レオナは手近にあった石を気付け代わりに投げつけてやった。痛みと衝撃を感じるってことは少なくとも夢ではないし、彼女の所作からしてきっと正気のままなのだろう。
「なるほどな、OK。俺がどう感じるかはともかく、今起きてることが現実ってのは理解した」
「話が早くて助かるよ。レオナ君の知能では処理が追い付かなかった」
「俺だって理解はしたが納得はしてない、だが呑み込まなきゃ話が進まねえだろ」
とはいえ、どこから整理したものか。正直に言ってマイケルが宇宙人であるならば、気になることだらけなのである。馬鹿げた質問だと分かっていても、映画のなかでしか聞かないような台詞を言わなければならない。
「えぇっと、Mr.スライム。お宅が本体ってことなら、マイケルに寄生してるのか? それとも元々そういう種族とか?」
「ワタシと『彼』の関係を表すならば共生が正しい。訳あって、ワタシは彼の肉体に住まわせてもらっている。あぁ誤解しないでもらいたいのだが、キミ達に危害を加える意志はないよ」
「これから襲う相手に、わざわざ『危害を加える』なんて言うかよ」
「それを言うなら、襲撃者がキミら二人を川岸から運んだりするものかね」
「お宅が運んだって?」
ヴィンセントが訝るのも当然だ。
まぁ自分くらいなら背負えば運べるかもしれないが、尋問で弱ったマイケルの身体で、どうやって二メートルを超えるレオナを運んだというのだろうか。
「近くを通りがかった熊という動物が、キミ達に恩があるというから力を貸してもらったのだ。キミはともかく、レオナ君の巨体はワタシでは持ち上げられなかったからね」
「……流石のアタシもビビったよ、まさか熊の背中で目を覚ます日が来るなんてさ。しかもだよヴィンセント、こいつあの母熊と喋ってやがったのさ」
「意識が混濁してたんじぇねえの?」
「ハッキリと見たし聞いた。それにアンタの顔を舐めてた小熊、あれアタシが助けた子だよ」
「動物の言語はじつに原始的だが、幸いにも意思疎通は叶った。あの母熊から、キミ達に感謝を伝えてくれと頼まれたよ」
「……熊の恩返しか」
動画サイトにでも投稿すれば跳ねそうなネタだが、ヴィンセントは話題を戻す。
「――んでMr.スライム、お宅がマイケルの身体に入ってる理由ってのは?」
「キミ達の時間で三ヶ月ほど前のことだ。ワタシは大いなる旅路を終えようとしてのだが、目的地を目の前にして宇宙船が故障してしまい墜落した。墜ちたのはこの火星にある、ジャングルだった」
「この周辺か」
「いいや、もっとずっと遠い別の大陸だが、墜落地点はこの際問題ではないよ。問題なのは墜落した時の衝撃でマイケルが死亡したことだ」
「……なに⁈」
驚きを隠せないヴィンセントを静かに制して、マイケルは――もといスライムは語る。
「当時、彼は遺物調査のために崖を登っていたのだが、間の悪い事にワタシの船が墜落したせいで崖から落下し、頭を岩に打ち付けたのだ。即死こそしなかったが、未開のジャングルに一人では助かりようもない。しかし、窮しているのはワタシも同じで、船を失ったワタシには目的地までの移動手段が必要だった。故に、ワタシがマイケルの身体に入ることで命を繋ぎとめ、マイケルはワタシの足となってくれたのだ」
「アタシも馬鹿げてるって思うけどさ、ここまでくると、もう何がマトモなのか分かんないよ。……ンで、それからウォーロックに狙われたってワケ?」
「うむ。どうやら彼等は以前からマイケルの調査内容を狙っていたらしい。注意するようにとマイケルに伝えていたのだが、数も多いし相手が悪かったようだ」
しれっと入ってきてレオナが質問を投げかけていたが、いまの話で注目すべきはウォーロックの動向ではないだろう。
「ちょい待ったスライム、あんたの口ぶりからして、目的地ってのは火星にあるのか?」
「……そうだ。そしてキミの想像通り、この近くにある。彼等はマイケルに薬物を投与し秘密をすべて吐き出せようとした。なんとかワタシが表にでることで、しばらくは凌ぐことが出来ていたのだが、つい先日、疲れ果てたワタシに代わりマイケルが表に出てしまった際に、秘密は秘密でなくなった。この身体に入ったとき、マイケルの知識はワタシの知識に、ワタシの知識はマイケルの知識となり、そしてマイケルは尋問に耐えることができなかった」
「マイケルの意識はどうなってんだ? 出来るなら話しておきたい」
「この身体には薬物の影響が残っているため会話は不可能だ。ワタシがキミと話せているのは、肉体とワタシの間に生命的な繋がりが稀薄だからに過ぎない」
有り体にいえば、車と運転手の関係だろうか。いくら車にガタがきてても運転手は元気でいられるのと同じことだ。
「……あんた達はなにを守ってた」
「遺物の正体と、その使い方を」
緑色のスライムには顔もなければ表情もない。だがその粘性の光沢には、確かな使命を帯びた輝きを放ちながらヴィンセントの問いに答える。
「サバノヴィッチが探している遺物とは古代の宇宙船だ。気の遠くなるほど昔にこの星へとやってきた宇宙人の船だが、その技術力はキミ達人類のそれとは比べものにならない。使いこなすことが叶えば、誇張無く、すべてを思い通りに出来るだろう。それに既に察しているとは思うが、その宇宙船こそワタシが目指している場所なのだ、だから――」
「――ここを去るつもりもないし、俺たちの手も借りたいと?」
「その通りだ」
スライムは短く頷く。理由も理屈も簡潔かつ分かり易く彼は伝えきっていたから、当然それに相応しい返事があるものだときっと考えていたろうが――
「だが断わる」
「なんだと⁈」
にべもなく拒否したヴィンセントに、スライムは思わずその身を立ち上げていた。よほど驚いているのだろう、伸びた衝撃で粘性の身体がぷるぷるしている。
「キ、キミは今の話を聞いてなお、断わると、そう答えたのか⁈」
「そうだ」
「レオナ君も同意見なのか⁈」
「まぁね。そもそもアンタ、一つ勘違いしてンだよ。アタシ等は仕事で来てるだけだし」
「そういうこった。俺たちの仕事はマイケルを探して連れ帰ることで、家政婦の真似事だったり、ましてや世界を救うなんてのは給料のうちに入ってねえ」
「なにを呑気に構えているんだ! サバノヴィッチが遺物を手にすれば太陽系は奴の思うがままになってしまうんだぞッ!」
「大事になりゃあ、政府とか宇宙連盟とかがなんとかするさ。それこそ俺等の出る幕はねえよ」
「大事になった時点で手遅れだ。遺物のテクロノジーに比べれば、現文明のあらゆる技術は化石も同然なのだからね。戦闘と呼べる状況にさえならず、サバノヴィッチに敵対するものは全て一方的に叩き潰されるだろう」
超テクノロジーを手中に収めた人間対その他人類なんて、スーパーヒーローが実在すると真剣に語られるくらい馬鹿馬鹿しい妄想の類いでしかないはずなのに、スライムの語り口には鬼気迫るものがあった。
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