Promise Land
『ねえヴィンス、起きてなの。そんなところで寝てたらカゼひいちゃうの』
『んん? エリサ? ……なんで床で寝てるんだ、おれは?』
どうりで寝心地が悪いわけだと、ヴィンセントは寝ぼけ眼を細めながらソファへと座り直すが、記憶を探ってみても床に寝転んで理由がさっぱり分からない。
確か昨日は、エリサが作った夕飯を食べて、それからダラダラと古い映画を観た。なんてことない週末の過ごし方で、その後はレオナと水風呂に入ったような気がするのだが――
『ん? どうして俺とレオナが一緒に風呂入ってんだ? しかも水風呂って意味が分からん。記憶飛ぶまで呑んだ覚えはねえんだけどな』
『エリサも知らないの』
そう言いながら、エリサは濡れた鼻先をヴィンセントの方へとどんどん近づけてくる。透明な碧眼の輝きはやはり眩しく、しかしなんだか鼻息は荒く、生暖かい風が彼の頬を撫でていた。
『待てってエリサ、近い近い』
『…………』
と抵抗してもエリサは構わずヴィンセントへと顔を近づけて、ついにはベロリと彼の顔を舐めた。しかも一度ならず繰り返し、最早それは舐め回すといってもいいくらい執拗にである。
ぺろぺろ
ぺろぺろ――
ぺろぺろ――……
「んん、やめろってエリサ……」
いささか情熱的すぎるスキンシップは激しさを増すばかりで、同時に臭いも強くなってきていた。なんというかこう自然の臭いというか、野性的な香しさというか……いやより端的に言えばひどい臭いで、ヴィンセントはようやく、すでに開いているはずの瞼をもう一度開くことになる。
すると彼の眼前からエリサの姿が霧散し
かわりに黒いビーズのような瞳がそこにあった
毛皮は茶色く、手触りはごわごわしている
そして非常に獣臭い
焦点のぼやけているヴィンセントが、自分の腹の上に座っている動物を正しく認識したのは、目が合ったまま顔を舐められてからである。
「――って、熊じゃねえかッ⁈」
ぬいぐるみではなく本物の小熊に寝込みを襲われたとあっては、ビビるなと言う方が無理で、ヴィンセントの声に小熊は驚き、一目散に洞穴の外へと逃げていく。そのおかげで、ようやく彼は自分が小さな洞穴にいることを知った。
そしてたき火があるということは――
「たかが小熊でしょ、大袈裟なンだよ」
「起き抜け熊に舐められてみろ、心臓止まるかと思ったぜ」
からかうようなレオナの声に安堵しつつも、ヴィンセントは尋ねた。
「――ここはどこなんだ、レオナ?」
「アタシも知りたいトコだけど、アンタが起きンの待ってたのさ。でもまず服着なっての」
見ればヴィンセントは下着姿であったが、慌てることなく投げ渡された乾燥済みの服を身につけた。正直、共同生活に慣れすぎたせいで、レオナに裸を見られたところで今更といった感じなのである。
「ほんで、状況は?」
「あぁ~、良いような悪いようなって感じ? 荷物は無くしたけど、マイケルは無事。アタシも説明したいンだけど、色々メンド臭くって、チンプンカンプンなのさ」
「無事って……、マイケルはどこにいるんだ?」
「いやぁ、だからそれがさぁ……」
『続きはワタシから話をしよう』
脳味噌がオーバーフローでも起こしたようにレオナが眉間に皺を寄せていると、洞穴の入り口から堂々とした声が飛んできた。
……マイケルである。
服もボサボサの髪型もそのままだが彼の表情には生気があった。どうやら宇宙の果てまで吹っ飛んでいた脳味噌は長旅から帰還したらしい。
「ヴィンセント君、レオナ君から話は聞かせてもらったよ。なんでも彼を救出するために出向いてくれたそうだね。まぁひとまずは身体を休めた方がいい」
「……いや、彼っていうか、あんたを探しに来たんだが」
話の噛み合わなさからするにマイケルはまだハイである可能性があり、ヴィンセントはレオナに視線を送っていた。だが彼女は彼女で、なにか理解しがたいものでも見るような眼付きをマイケルへと向けているので、ヴィンセントも余計に混乱するばかりだ。
と、そんな二人の気持ちを察したマイケルが口を開いた。
「レオナ君には一度説明したのだが理解されなくてね。キミは理解してくれると助かるのだが」
「……なにを?」
なんか嫌な予感がしてヴィンセントが身構えると、マイケルは少し間を置いてから、しかし唐突に確信だけを口にする。
「ワタシは宇宙人だ」
…………
………………
……………………
薪がパチリと弾けた
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