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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Run Through The Jungle
281/304

Run Through The Jungle 11 ★

 APCの射撃は外れたのではない。むしろ狙い通りに崖道の壁面を打ち砕き、ヴィンセント達の逃走路を落石で塞いだのである。転がってきた岩にタイヤを取られながらも、崖下に転落しなかったのは、幸運だったといえよう。


 とはいえ所詮は不運のまえに霞む幸運だ。橋は目と鼻の先だというのに、逃げるためのアシを奪われてしまっては、事態が好転しているとは考えられない。


「あぁチッキチョウ共め、やってくれンじゃないのさ……!」


 横転の衝撃からいち早く復帰したレオナは、忌々しいとばかりにひしゃげたフロントガラスを蹴り破って車外へ脱すると、遅れて意識を取り戻したヴィンセントを運転席から引っ張り出した。


「……動けンの、ヴィンセント?」

「なんとかな……。お前は?」

「平気さ。ホラ立ちな、逃げるよ」

「マイケルは俺が。援護頼む」


 横転の際に放り出されたのか、マイケルは道端に倒れている。

 しかし、そんな彼を担ぎに行こうとしたヴィンセントは、傍で鳴り響いた着弾音に身を引いた。トラックの影から顔を出そうとした途端に、突撃銃の連射を浴びせられたのだ。


「……もうそこまで来てやがる」


 APCから降車してきた兵士に応戦するが、拳銃では勝負にならない。レオナのライフルでも、数的不利な状態で正面からの撃合いでは照準を覗くことさえ許されなかった。長所である射程の長さも、距離を詰められていては封じられている。


「ヴィンセント、次の手は⁈」

「いま考えてる」

「それって挽肉にされるよか先に思いつきそう?」


 だが策を巡らす時間をサバノヴィッチが与えるはずもなく、車体上部から身を出した奴の号令によって、APC搭載の30㎜機関砲が火を噴いた。

 その砲火によって横転したトラックの車体はいともあっさり吹き飛び、ヴィンセントとレオナは咄嗟に崖っぷちの岩陰に身を隠すことしかできなかった。そこは背を岩壁に貼り付けてやっと立てるくらいのスペースしかなく、つま先から視線を降ろせば遙か下から水の音が聞こえてくるばかり。


「もう逃げ場はないぞ、オドネル」


 そして絶望を煽るようにして、サバノヴィッチの声がスピーカー越しに届く。


「よくやったよ貴様等は。大人しく武器を捨て投降するならば、せめてもの情けだ、苦しまぬようにカタを付けてやる。それとも、奇跡を祈りながら走ってみるかね?」


 橋は目と鼻の先だ。

 隠れている岩陰から出て敵の射線を横切り、背後から飛んで来るであろう弾雨を避けることが叶えば逃げ切れることができるかも知れない。


 なんてことをヴィンセントは橋を睨みながら一瞬考えたが、すぐにその甘えた思考をかみ潰した。いま飛び出していくのはワンチャンスに賭けるギャンブルではなく、精々テキ屋の射的よろしくマトになるのがいいところなのだ。


 ――だがどうする?


 投降しても処刑は確実、抵抗しても同じ事だ


 ――ならどうすれば?


 交渉しようにも材料がない、無い袖はどうしたって振りようがないのだ


 ――いったいどうすりゃいいんだ⁈


 ただただ危機を噛みしめるヴィンセントだが、壁越しにサバノヴィッチを睨み付けていた視界の端に動くものを見て、眉間に困惑の皺を寄せた。


 マイケルである。

 ふらふらと力なく立ち上がった彼は、やはり不気味なくらい瞬きをすることなくヴィンセント達をじぃっと見つめ、そして首を巡らせたかと思うと迷うことなく歩き始めた。


 きっと一番焦ったのはサバノヴィッチだっただろう。なにしろマイケルは、まるで散歩でもするような足取りで、崖から身を投げたのだから――


 あまりにも自然な、しかし衝撃的な光景にその場にいた誰もが驚きを隠せなかった。サバノヴィッチは勿論、奴の部下も、そしてレオナも。ただ一人、ヴィンセントだけを除いて。


 我、光明を得たり。


 まぁそれでも危険な賭には違いはないが、とはいえ負けが決まっている勝負に挑むよりかは命の張りがいがあるってもの、気分的にはルーレットの一点掛けに近いものがある。


「……レオナ、飛ぶぞ」

「えッ……、アンタまさか、こっから飛び降りるってンじゃないよね⁈ 下まで50メートルはあるって分かってンのッ⁈ 潰れたトマトみたくなっちまうよ」

「下は川で、深さも充分だ。連中と撃合うよりも、こっちの方が勝算あるぜ」


 話している間にサバノヴィッチが指揮を取り直したのか、岩壁に銃弾が飛んでくるようになってきた。飛び込む前に近づかれてはマズいのでヴィンセントは応戦するが、体勢が悪いせいで碌に狙いが付けられない。


 と、彼が最後の弾倉を撃ち始めると、レオナが小さな声で言った。


「……アタシ、アンタに告白しなきゃならないコトがあンだけど」

「ああ、俺も愛してるよ! でもその言葉は、帰ってロクサーヌに言ってやれ」

「そういうコトじゃなくて、その……アタシ、泳げないンだよ!」


 耳を疑い、ヴィンセントは数瞬射撃を止めた。


「…………なにッ⁈」

「だから、アタシ泳げないンだってば!」

「それは聞いたよ! なんでいま言うんだ!」

「今じゃなきゃいつ言うのさ!」

「木登りできて、ジャングルの中を全力で走れる虎女が泳げないってマジか⁈」

「マジなの! だから飛べないッ!」

「OK……、じゃあしょうがねえ、黙って飛べ!」


 怖じけるレオナの背中を、ヴィンセントは文字通り押してやった。元々バランスの悪い足場だったこともあり、一度崖下へ傾いたが最後、あとは重力に従って落ちるだけである。


「ヴィ、ン、セ、ン、トォォォォ、テメェエエェェェッッ…………――」


 レオナの悲鳴にも似た怒声が川に呑まれると、次いでヴィンセントも飛び降りる。もちろん身投げ様に振りかえって牽制射撃も忘れずにだ。


挿絵(By みてみん)



 そのまま彼は崖下の川へと落ち、足先から入水。読み通り水深があったおかげで骨を折ることはなかったが、流れが速く浮いているのがやっとである。しかも崖の間を流れる急流であるから、どこかに捕まることさえ許されず無力な木の葉さながらに、下流へ下流へと流されて行くばかりで、ようやく水から上がれたのは山を下りきって流れが穏やかになってからのことだった。

 しかもヴィンセントはその間、溺れそうになっているレオナを抱えてなんとか浮いていたから、彼女を川岸まで引っ張りあげたところで、ついにバタリと倒れ込んでしまっていた。


「はぁはぁ……あぁキチい……。レオナ、生きてっか?」


 同じく横で倒れているレオナに問いかければ、彼女は親指だけで反応する。


「……それってサムズアップか? それともダウンか?」


 そうヴィンセントが問えば、今度は中指が反応した。


「あぁ、礼はいらねえよ。なんてことねえさ、命救っただけだもんな……」


 自慢の皮肉にもキレがなく、追っ手が掛かる可能性を考えると素早く離脱するべきなのに、ヴィンセントの身体はまったくいうことを利いてくれなかった。きっとバッテリーの切れたロボットというのは、こういう感覚で動作を止めてしまうのだろう。


 白んでいく意識の中で近づいてくる気配を感じながらも、ヴィンセントの意識は自動的にシャットダウンしてしまうのだった。

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