Run Through The Jungle 10
サバノヴィッチのキャンプから脱出したヴィンセントは、朝霧のなかを一目散に西へとトラックを走らせていた。レオナが追っ手を事故らせてくれたおかげで、数分の余裕ができたのはありがたい。これならば、絶望的だった生還に望み持てる。……なんて安堵の息を漏らしていると、そのレオナが荷台から車体を伝って助手席側の窓に顔を突っ込んできた。
ただし、彼女も彼女で最初にヴィンセントへかけようとしていた言葉を見失ってしまったらしい。まぁ、首を突っ込んだ先で何食わぬ顔をしたマイケルが助手席に座っているのだから無理もないだろう。しかも未だに脳味噌は薬漬けなのだから。
「……ヴィンセント。アンタ、よくコレを連れてこれたね」
「いや俺はなにもしてねえ。最初から乗ってたんだよ」
「……自力で? それマジ? 自分が誰かも分かってなさそうだけど」
レオナは胡乱そうにマイケルを睨むが、すぐに肩を竦めて考えるのをやめた。どんな形であれ荷物は回収できたのだから色々考えても仕方がなく、それよりも自分が乗り込む場所を空けろと、彼女はマイケルを無理やりシートの真ん中へと押しやり助手席に尻を収めた。
「んで、こっからどうすンのさ」
「地図だとこの山道には橋がある。そいつを越えてから橋を爆破してやれば、ウォーロックの連中も追ってこれねえ。あとは海まで抜ければラスタチカが回収に来られるさ。――レオナ、まだ爆薬残ってるだろ?」
「一応ね、足りるかは分かンないけど」
レオナはもぞもぞとバッグを降ろすと、不満げに続けた。
「ってかさヴィンセント。悠長なドライブじゃあるまいし、もっと早く走れないの?」
「無茶言うなって、霧の所為でほとんど前が見えないんだぜ。俺はラリーストじゃないし、車はボロトラックだ、こんな状態でトバしたら事故っちまう。それにこっち側は断崖絶壁なんだ、普通に走るだけでも神経使うんだよ」
下りの崖道
路面は最悪
視界は悪いし
おまけに車は不適切
これだけ事故る条件そろい踏みでは、アクセルを踏むことさえ恐ろしい。勿論急ぎたい気持ちはヴィンセントだって同じだが、その結果滑落したら意味が無い。
ここは辛抱、急がば回れが正解なのだ。
「でも霧は晴れてきたし、運転代わンなよ。アタシが転がした方が早い、このままだと連中に追い付かれ――、…………?」
「どうしたレオナ」
「いや、いまエンジン音が……」
眉根を寄せながらレオナはサイドミラーを弄る。
そこに写っているのは――
「クソが! |APC(装甲兵員輸送車)で追ってきてやがる。なんでアレに爆薬仕掛けなかったのさ」
「手持ちの爆薬じゃ吹っ飛ばせねえからだよ、それより距離は」
「盆地の向こう側さ、だけど詰められてる。連中、この道走り慣れてやがるね」
「レオナ、爆薬の準備しとけ。時間は少ないかもだが、橋吹っ飛ばして時間稼ぐぞ」
「はいはい、アンタお得意のプランBでしょ。その作戦、上手くいくンだろうね」
ぼやきながらレオナはすぐに爆薬を設置できるように準備を進めていくのだが、チラリと後方を確認した彼女は最悪な物と目が合った。いや、正確にはレオナの眼と相手の口である。彼女の方へと指向したのは、30㎜機関砲の小さくも獰猛な砲口だ。
「撃ってくるよ、急ぎなヴィンセント!」
「もう目一杯だ!」
「撃ってきたッ!」
数発の砲火にレオナが吼えるがトラックは無事
狙いを大きく外したのだろうか
遅れて届いた射撃音の途切れをレオナが訝しんでいると
今度はヴィンセントが叫ぶ
「掴まれッ!」
彼の警告とトラックが横転したのはほとんど同時の事で、ヴィンセントたちは狭い運転席で揉みくちゃになりながら、身を強張らせることしかできなかった。




