PULL THE CRTAIN 2 ★
三日も寝たきりでは腹などすかすかで、しなびたサンドイッチでも驚く程に美味かった。
「それで一体どうなったんだ? なんでロクサーヌなんかの家にいる?」
「むぅ~ひどいなぁー、なんかってなにさ~。泊めてあげたのにさ~」
言い方が悪かったかもしれない、ヴィンセントもそこまで頭が回っていなかった。
むくれたロクサーヌだったが、「いいよ~べっつに~」と笑って煙草を吸い始める。と彼女の隣にいたルイーズは流れてくる紫煙を片手で払うのだった。
「出血が酷くて本当に危ないところだったのよ」
「そうか……これもお前が?」
腹に巻かれた包帯を撫でながら訊くと、ルイーズは耳を垂らして首を振った。
「貴方を救ってくれたのは、虎の賞金稼ぎだったわ。彼女の応急処置がなかったら医者の先生に診てもらう前に……、私は何も出来なかった」
虎女に土地勘など無いだろうし、ましてや信用出来る闇医者に渡りを付けられるとも思えない。まだ生きていられるのはルイーズによるところが大いにあって、ヴィンセントは、そんなことはさと肩を竦めた。
「病院だと足が付きやすいから、ロクサーヌに部屋を借りたのよ」
「医者に煙たがられたんだろ? 獣人と人間のセットで医者に掛りゃあトラブルの種だと誰だって気付くさ、誰だって巻き添えは御免だ」
「かもね。……でもこれで事件もお終いだもの、ゆっくり休んで頂戴」
「終わった? ノーラの奴、捕まったのか」
「いいえ。彼女が捕まることはないでしょうね、けれど時間の問題よ」
寝ていた間に何が起きたのか、やはり其処が気になるところ。眉根を寄せて尋ねればルイーズは気乗りしない様子で書類の束を取り出した。そこにはおよそ殺人犯に見えない半獣人少女の写真と、これまでみなかった生死問わず(DEAD or ALIVE)の文字が。
「彼女がそう、カルテル子飼いの殺し屋よ。火星で生まれ、そして食い扶持を稼ぐ為に殺人術を身に付け殺し屋となった。ドラッグによって飼い慣らされた刺客、彼女の手に掛った敵対組織の構成員は十や二十じゃきかないでしょう」
「名前が違うぞ、ノーラだろ」
「カーラで合っているわ。とにかくどういう理由か、彼女はいま自らの親を殺して回っている。人間の被害者以外は全員、火星に本拠を置く麻薬カルテルの構成員よ」
「むつかしい話ィ~」
蚊帳の外に置いて話していたのもあるが、ロクサーヌがつまらないと身体を揺すった。まぁ彼女にしてみたら無関係の話だから退屈なのは当然だ。
「よーするに、ワルい人をやっつけてるんでしょ?」
やっつけている、というのは誤った表現だ。複雑な表情をヴィンセントが向けると、ロクサーヌはバツが悪く頬をぷっくり膨らませて、部屋から出て行った。
「能天気だなロクサーヌは……。なんで急に情報が?」
「警察が隠蔽していたのよ、案の定ネェ。カルテルは身内で始末を付けてうやむやの内に終わらせるつもりだったのでしょう、元々警察とべったりだもの目を瞑らせるのは容易い。死ぬのは獣人だけだったから警察も進んで関わろうとしなかった。でも――」
「人間が殺されて状況が変わったか。皮肉なもんだな」
「警察は事態を軽視していたけど、ついにはチンピラとはいえ人間が殺されて見て見ぬフリも出来なくなった。住人の不安を押さえ込むのにも限度があるもの」
「それで慌てて情報公開。ケツはカルテルに拭かせといて自分達は仕事してましたアピールか。あれから死人は?」
「いいえ、今のところは」
「そうか」
ルイーズは窓際へと歩いて行った。軽く尻尾を振りながら、無駄骨に終わった一週間とつかの間の安堵を噛み締めて。
「今回の仕事はこれにてお終い、結局損ばかりだったけれどネェ。そういえばダンからもうすぐこっちに戻ってくるって連絡が――……、何をしているのあなた……」
振り返ったルイーズは戸惑った。ヴィンセントがテーブルに置かれた拳銃を手に取り分解清掃を始めているではないか。雨晒しになっていた愛銃を気にかけるのはまだ分かる、それだけなら。しかしヴィンセントがバラした銃に向ける視線、そして所作は確かな決意に満ちていて、一仕事終えた人間が享受する安息など感じさせなかった。むしろ逆、彼の眼付きは便利屋として眼だ。
「……どうして?」と、ルイーズは問わずにいられない。
「ノーラは生きてるんだろ、なら俺の仕事は終わってねえ」
当然とばかりに淀みなくヴィンセントは答え、粛々と銃の動作確認をしていく。一挺は銃身が切り落とされている為手の施しようがないが、もう一挺は幸い無傷である。
「あ、あなた自分の具合が分かっているの? あなたが行く必要なんて無い、もう終わったのよ。事件は私達の手を離れた」
「理由ならちゃんとあるぜ? そうだな、ケリを付けに行くって言えば格好いいか」
飄々と言うが、ヴィンセントの眼付きは真剣で「でも……」と食い下がるルイーズを見咎めた。遊底が冷たくシャキン、と金属音を鳴らして拳銃が組み上がる。
「一週間だな」
「え?」
「もう助手じゃねえんだ、好きにやらせてもらう。ノーラは何処にいるんだ? 騒ぎになってて知らないとは言わせねえぞ、御存知なんだろ情報屋」
ヴィンセントはゆっくり立ち上がると、装備を整え拳銃を右腰裏のバックホルスターに収め、椅子にかけられていたいつものミリタリージャケットに袖を通した。上半身包帯捲きよりはいくらかマシに見える。とは言っても病み上がり、わざわざ殺されに行くようなものだ。
しかしルイーズに「何故?」と問われても、止められても聞く気なかった。明確な理由がそこにはあるのだ、ノーラに殺されかけたあの瞬間、彼女は確かに――
「『助けて』って言ってたんだ」
「それだけ? 彼女は正気じゃないのよ⁉ ヒトと南瓜の区別も付かない相手にそんな身体でどうするつもりなのッ? 今度こそ殺されてしまうわ!」
「類は友を呼ぶってことさ、そこそこイカレてるって自覚はある……、場所は?」
ルイーズは顔を伏せ目を逸らす。心情を表わすように左右に揺れる尻尾がやがて止まる。
「……ラディアントモール近くで目撃情報があったわ、ついさっきよ。カルテルにも動きがあるから間違いないでしょうね、彼等も必死よ」
「了解」
「待ってヴィンス」
悲痛な声にヴィンセントは立ち止まる、振り向けない。振り返ってはいけない気がした。
「……帰ってきたら私の所で助手をしない?」
「ヘッドハンティングはお断り、便利屋の方が向いてるよ、俺には」
そう言い残して、ヴィンセントは部屋を後にする。
◆
ドアが、閉まった。
立ち尽くすルイーズ。受け入れがたくとも伝えた結果、後悔は――……
まだ胸がドキドキしていた。時間が止まってしまったようで、手も足も動かない。置き去りにされたルイーズを包んだのは背後から優しく回されたロクサーヌの両腕だった。
嫋やかに彼女は囁く。
「よしよし、ガンバったね~」
「……よしてよロキシー、もう子供じゃないのよ」
「ルイーズのお仕事、オドネル君のお仕事、大変だよね~、そんでね? じゃああたしのお仕事はなんだと思う?」
「え?」
「正解はね~、こ~れ!」
そう言うとロクサーヌは正面に回って、愛しくルイーズを抱きしめた。
「みんなをゲンキにしてあげるのがあたしのお仕事なのさ」
その抱擁をルイーズは拒むことが出来なかった、虚脱感は凄まじく騒ぐ気になどなれるはずがない。黙していると、――トクン、と鼓動。似て非なる拍動は、人肌の温もりは、ルイーズの意地を少しずつ溶かしていく。いつの間にかロクサーヌを抱きしめ返して、彼女の胸に顔を埋めていた。
頬を撫でる雫が止めどなく流れ落ちる。
「うんうん、いいんだよ大好きなんだね。人を想って泣けるってとっても羨ましいよ、すごくステキだと思うな、あたしは」
「すこしだけ、このままでいさせて……いい?」
「ずぅ~っとだっていいよ。全~部出しちゃいなって、誰も聞いてないからさ~。そんで明日はいっぱい笑おう、きっといい日になるように」
張り裂けんばかりにルイーズは声を上げる。負けじと笑顔を作ってロクサーヌは彼女を撫でてあげた。




