Run Through The Jungle 9
銃もナイフも取り上げられて、ヴィンセントは文字通りお手上げ状態。サバノヴィッチに言われるがままテントの外へと出た彼は、言うまでも無くヤバイ事態に陥っている。宇宙の神秘に陶酔してるイカレ戦争マニアとご一行様に囲まれているのだから、どんな能天気だろうが肥だめに顔を突っ込んでいるような気分になるだろう。
ジョッシュが処刑されたのを見たばかりでは尚更だ。
「……名前と所属は?」
「サンタクロースだ。一足遅れのプレゼントを届けに来たんだけど迷っちまってね。ここに良い子はいないみたいだから、もう帰るよ」
挨拶代わりに軽口を返したヴィンセントを、サバノヴィッチは思い切り殴り倒した。
「貴様が素人でないことは分かっている。答えろ、どこの所属だ。宇宙平和軍か、火星独立連合か、それともCIAかね」
「そこかしこで恨みかってるんだな、お宅」
「…………貴様は博士を狙っていたな、何を知っている」
「現実とフィクションの区別がつかないトンチキに誘拐された可哀想な考古学者ってこと以外でか? さぁな、知らねえよ」
腹を蹴られ、ヴィンセントが呻く。のたうつ間もなく周りの兵士に立たされるが、彼は無理やり背筋を伸ばしてサバノヴィッチを睨めあげた。
「隊長、これを見てください」
その時、ヴィンセントの荷物を調べていた兵士が、バッグから取りだしたIDをサバノヴィッチに渡した。
「ヴィンセント・オドネル。ほう、賞金稼ぎか。それにしては大した肝の座りようだ。現役ではないにしろ、元軍人……いや同業者かな」
「………………」
「ふっ、痛いところをついたようだ、なにか嫌な思い出でもあるのかね?」
ヴィンセントは暗い眼差しで睨め返すばかりだが、しかし放たれる気配は丸腰にも関わらずこれまでよりも鋭さを増していた。とはいえ、サバノヴィッチはそんな捕虜の威嚇など歯牙にもかけはしない。
「話したくないか、余程のことをやらかしたらしい。――だがまぁいいだろう、質問を変えてやろう。返答次第では見逃してやってもいい」
「ジョッシュみたいにか?」
「奴はどうしようもない、密輸犯を処刑しろというのが雇用主の命令だからな。しかし幸運なことに、密入国者に関しては命令を受けていない。そこで、尋ねようか便利屋くん。マイケルの邸宅で何を見つけた?」
「へぇ、あの博士、そんないい家住んでるんだな」
あくまですっとぼけるヴィンセントの顔を、サバノヴィッチの拳が襲った。
「子連れの4人組が調べにきたとの報告は受けている、他にも仲間がいるともな。邸宅に付けていた監視チームをやったのはお前達だろう。あぁ勘違いするな、恨んではいない。あの程度の任務をしくじる部下がマヌケだっただけの話だ」
「親に似たわけか」
サバノヴィッチ溜息をついた。呆れているのか、それともヴィンセントの粘りに感心しているのだろうか。
「はぁ……。俺は、タフな奴は嫌いじゃあないんだがな、時間を無駄にされるのは頭にくる。あの邸宅で、なにを見つけた?」
「…………さぁな。お宅には誕生日だって教えねえよ、嫌いだからな」
「強情な男だ、義理立てするような依頼でもないだろうに。吐かせる手立てならいくらでもある、それくらいお前なら想像付くはずだが?」
「自白剤でも使おうってか」
「いいや。まずは仲間に尋ねてみよう」
サバノヴィッチはそう言うと、ヴィンセントの耳から無線機をもぎ取った。
「仲間なんざいねえよ、俺一人で来た」
「無線機を装備しておきながら単独とは信じられんな」
「衛星ラジオを聞くために持ってきたんだ。政治放送ばっかしで、この国のラジオは聞くに堪えなくてね。お宅に影響力があるんなら、放送内容の改善を提案しておくぜ」
「望むならお前の悲鳴を流してやってもいいぞ。仲間の太った男か、獣人の女かは知らんが、聞き届けてくれるだろう、貴様の断末魔をな。さて――」
馬鹿馬鹿しいヴィンセントとの会話を区切り、サバノヴィッチは無線機に向けて語り始める。淡々とした口調は、罪状を読み上げる裁判官のようである。
「誰だかは分からんが返事は不要だ、黙ってこちらの指示に従え。三分間やろう、その間に投降しなければ貴様の相棒は死ぬ、以上だ」
端的に告げると無線機はぐしゃりと踏みつぶされた。
「さて、お仲間はどう出るか?」
「……だから言ってんだろ、誰も来ねえよ」
「そうは思わんな、少なくとも貴様は仲間を庇っている」
サバノヴィッチの魂胆は見え透いている、こんなのは単純な釣りでしかない。仮にレオナが大人しく投降したところでお先は真っ暗、ジョッシュと同じ穴の中に埋められるだけ。
詰んでいる状況を再度認識してヴィンセントは項垂れる。どうしたって形勢が悪すぎるのだ。
「なぁサバノヴィッチ、お宅の勝ちだ」
「……話す気になったか」
「誤魔化しはいらねえ、ハナっから見逃す気なんざねえんだろ。でも、邸宅で見たことを洗いざらい話してやるよ。相棒に手を出さねえって誓うならな、それが条件だ」
「そのザマで交渉できると?」
「俺の命はカップ麺未満だし、拷問されるのもゴメンだ。死に様選べる仕事じゃないが、どうせ死ぬならさっくりいった方がいいだろ。相棒に手を出すなってのは、正直おまけの条件だぜ」
弱った眼差しを伏せながらヴィンセントは続ける。
「……ただ分からねえんだ、なんでお宅がマイケルに拘るのか。宇宙考古学の博士ってのは知ってるが、傭兵がどうして博士を追う? 世界を支配できる何かがあるなんて、本気で信じてるわけか」
「その通りだ。馬鹿馬鹿しいと思うかね」
「あぁ、訊いてる自分もどうかしてると思ってる」
「そう感じるのは世界の裏を知らんからだ。産業革命に電気の発明、核兵器、宇宙飛行技術……世界を変えたテクノロジーは全て宇宙から与えられた」
「人間の発展は宇宙人のおかげだって?」
「真実を知るものは少なく、また一人減る。…………さて、時間だ」
サバノヴィッチがゆっくりと拳銃を抜き
その銃口はヴィンセントの後頭部に向けられる
引き起こされる撃鉄
そして指先に力が込められた瞬間に、駐車場で大きな爆発が起きた
「何事だッ⁈」
端から順繰りに爆ぜていく車両に兵士達は慌てふためき、サバノヴィッチの声も届いていない様子。唐突に訪れた混乱、だがその渦中にありながらもサバノヴィッチは即座に誰の仕業かを理解し、銃爪を引く意志を取り戻した。しかし――
彼は咄嗟に身を躱して、遮蔽物の壁に飛び込んだのである。
きっと周りにいた兵士は混乱のあまりその意図に気が付かなかっただろうが、同時に逃げ出したヴィンセントだけは、サバノヴィッチの勘と判断に感心していた。身を隠していなければ、奴の頭は、うかうかしていた他の兵士みたいに鉛弾で吹っ飛ばされていたはずだから。
近くに倒れた敵から拳銃だけを取り返したヴィンセントは、そのまま走り続ける。サバノヴィッチが背後からなにか怒鳴っているが、もちろん立ち止まったりなどしない。というより、この場でケリを付けようなんて虫のいい話なのだ、なにしろ――
「野郎、レオナの狙撃に反応しやがった……!」
狙撃時のレオナは、普段発している存在感からは考えられないほど気配を隠すのが上手い。それを察するだけでもサバノヴィッチが相当の死線を潜っていると分かるが、とにかく逃げるだけのヴィンセントはすぐに余計な思考を切り捨てて、南側の駐車場へとネズミの如く走った。
駐車場には数台の幌尽きトラックが残っており、こいつを奪って逃げればなんとか助かるかも知れない。だが先頭に停まっているトラックの運転席を開いた彼は、目を見開いて驚くことになる。
なんとそこには、マイケルが座っていたのだ。
「マ、マイケル⁈ どうしてお前が……!」
「………………乗れ」
訳がわからず瞬間思考停止したヴィンセントに向けて、マイケルは言った。
変わらずぼんやりとしている様子なのに、その単語だけが不思議と力強く聞こえてくる。だが瞬きしたヴィンセントが改めて彼の顔を見ると、やはり薬物でトんでいる風にしか見えなかった。
――なんだか、奇妙な感じだ
浮かんだ疑問が口を突きそうになるが、トラックを穿つ着弾音に急かされてヴィンセントはそれらを棚上げにする。いまは口よりまず行動、マイケルを連れて逃げられるなら万々歳だし、気になることは逃げ切ってから訊けばいいのだ。
エンジンかけてアクセルオン
キャンプの見張りを蹴散らしてトラックが林道へ飛び出していけば、その遠く前方、道路に沿った高台でフラッシュライトが明滅している。
そう、そこにはレオナがいた。
起爆装置の信号が届くギリギリを狙撃位置として選んでいた彼女は、合図を送るや離脱して、道路に沿ってそびえている高台の淵へと走る。
追っ手が掛かることを考えれば、きっとヴィンセントはトラックを止めはしない。
ならば一番の効率的な手段で合流するだけの話だ。打ち合わせも一切ないアドリブ勝負だが、ヴィンセントならばその手を選ぶという確信がレオナにはあり、バッグとライフルを提げたまま彼女は森を駆け抜けて、速度を合せて走っているトラックの荷台へと飛び移った。
その高さも勢いも相当なもの。しかし荷台を覆っていた幌がクッション代わりになってくれたおかげで、彼女は無事に合流を果たす。とはいえ安心するのはまだ早く、無事を知らせるために車体を数回叩いてから、レオナはすぐにライフルを構えなおして後方へと射撃を行い、弾倉一つと引き替えに追ってきた車両二台を事故らせることに成功した。
「ハッ! ざまぁみやがれってンだクソッタレの傭兵共め、そこでフン詰まってンだね!」
道がふさがった事により数分は稼げる。
勝利の咆哮を上げるレオナを荷台乗せたトラックは、脱出に向けて走り去っていった。




