Run Through The Jungle 6
「お前が、例の鼠か」
跪かせた男を睨め下ろしながら、サバノヴィッチは淡々と口を開く。
捕えられた男はすでにひどく殴られており、割れた額から血がしたたり落ちていた。降り注いでくるサバノヴィッチの声は、息も絶え絶えな彼の耳に入っているのだろうか。
「悪いことは言わん、洗いざらい吐くことだ。そうすれば解放してやるとも」
「……だから、あんたの部下にも説明した、……なにも知らねえ……、勘違いだ、あんたらの」
「そんな言い訳が通じると思うのか、ジョッシュ」
そう、捕らわれの身となり尋問を受けているのは、ヴィンセント達の手引きをした運転手の男である。果たしてなにを疑われているのだろう……。
「さて、これまでお前の裏家業には目を瞑ってきた。NGO職員として働きながら禁制品を運ぼうなんてのは、ゴキブリさながらの根性がねえと出来ないからだ。俺はそういう馬鹿は嫌いじゃない、だからルールを守っている間は見逃していた。ところだが、お前はそこんトコをどう勘違いしたのか、古いダチにでもなったつもりで俺の警告を無視しやがったワケだ、ケチな密輸屋のお前がだ」
「……そうは言ってもよぉ、仕方が無いんだ。送り主が届けろと言ったら、俺は、どうしたって従うしかないんだからよ」
「この国から運び出すのはいい、だが禁制品の持ち込みは許さない。この国の代表がそう言って、俺がお前に命令したな? なのにお前は頭飛び越えてブツを持ち込んでも構いやしねえと、そう考えたって訳か。誰を恐れるべきなのかぐらいは、チンケな脳味噌でも理解出来ると思っていたんだがな」
激昂することなくサバノヴィッチは静かに語るばかりで、その静けさがジョッシュにはむしろ恐ろしく思えた。淡々と進んでいくこれは尋問なのだろうか、それとも死刑宣告を読み上げられているのだろうか。
いずれにしても、ジョッシュから溢れる言葉にさしたる違いはなかった。
「す、すまなかった、サバノヴィッチさん……。もう金輪際、禁制品の持ち込みはしないと誓う。だから、どうか許してくれ……」
「心からの言葉かね?」
「ああ……! 心からだ、あんたの命令を無視してすまなかった」
跪き、額を地面に擦りつけながら、ジョッシュは生き残るための言葉を絞り出していた。ここまでしても助かるかどうかは五分五分であるが、彼の振った賽の目は――
「よかろう。そこまで言うからには信じようではないか、ジョッシュ。お前の言葉を」
「あ、ありがとうござ――」
「ただし、もう一つの質問に答えてからだ」
瞬間見えた生存希望の光が瞬く間に遠ざかっていくような感覚をジョッシュは覚えた。サバノヴィッチを見上げる様は、まるでようやく登り切った崖から蹴落とされる刹那を思わせる。
そりゃあ、馬鹿みたいなオウム返しも口を突くだろう。
「し、質問?」
「なに簡単なことだ、行方を知りたいんだよ。お前のトラックの助手席に乗っていた男は、一体ドコに消えたのかを」
「……し、食料配給所で降ろしました。その後のことは、お、おれにはさっぱりです」
「なるほど、そいつは困ったな。じつに困ったことになった、……お前がなァ、ジョッシュ!」
サバノヴィッチが吼えるなり、背後にいた兵士がジョッシュの顔にタオルを巻きつけ仰け反らせた。そして次の瞬間、別の兵士がバケツ一杯の水を彼の顔にぶちまけたのである。
濡れたタオルで鼻と口を塞がれては呼吸はままならず、どんなに藻掻いても抑えつけられるばかり。この簡易的な拷問はシンプルながらえげつない効果がある。
矢継ぎ早に水を浴びせながら、サバノヴィッチが吼えている。
「貴様が配給所に到着した時は一人だった。その程度、調べていないとでも思ったか⁈ 俺をコケにするのも大概にしろ、密輸屋風情が!」
「げぼっ、ガボ……ッ!」
「貴様が手引きした男の素性に目的、すべて吐いてもらうぞ! 拒むのならいくらでも付き合ってやろう、足掻こうが糞便垂れ流そうが、いくらでもなッ!」
「し、知らない……ほんとうだ……!」
「奴の名は? 所属は? 目的はなんだ? 何をしに忍び込んだ?」
「だから、知らない……」
「では見ず知らずの男の密入国を手助けしたという訳か? あり得んな、それは絶対にあり得ん。お前のような人間は義理人情で動きはしまい。雇われている、金でな。……だからこそ
俺は別のカードを切ろう」
サバノヴィッチは言いながら、ジョッシュが落とした財布を拾いそして広げる。そこには一枚の写真が挟まっていた。
「大家族のようだな、養うのは大変だろう。それにしても綺麗な娘だ、これは妹かな?」
「よせ……家族は、関係ないだろ……!」
「それは決めるのは俺だ。どうする、まだ続けるかね」
投げ捨てられた写真が踏みにじられる。このまま拒み続ければ、写真に起きたことが現実の家族に降りかかるのは明白で、ジョッシュはただ項垂れるしかなかった。
やがて……
「……そうだ、あなたの言うとおり、金で頼まれた。密入国を手引きしてくれって。でも、詳しいことまでは聞かされてないし、おれも、聞かなかった」
「密輸屋なりの処世術か、賢いな。ではどこで降ろした? これは答えられるだろう」
「……車列と、すれ違った数キロ先です」
「あの近くには小さな村がある。そこへ向かったのか?」
「さぁ、行き先までは。おれが離れるまで動きませんでしたから」
「なるほど。どうやらその男は相当用心深いらしいな。話すべきは、それで全てかね?」
「は、はい……」
息も絶え絶えに頷くジョッシュを、サバノヴィッチは残っている片目で見つめている。感情の読めないその眼差しは、は虫類のそれを彷彿とさせて、相手に不気味な居心地の悪さを与えていた。
「いいだろう、貴様を信用しよう。情報がないのであれば、もう帰ってよろしい」
「あ、ありがとう、ございます……」
「家族を大切にな」
サバノヴィッチの合図で拘束を解かれたジョッシュは、よろよろと立ち上がり頭を下げてからキャンプの出口へと歩いて行く。かなり痛めつけられたが、命があるだけマシなのだ。蛇に睨まれたカエルが生還することは、まずあり得ないのだから。
「ああ、待つんだジョッシュ。一つ忘れ物をしているぞ」
言われ足を止めたジョッシュはゆっくりと振り返る。
奪われた写真入りの財布、確かにそいつを忘れたままで――
ズドン――――……
銃声に合せてジョッシュの身体が仰け反り、仰向けに倒れた彼はそれっきりピクリとも動かなくなる。驚いた様子もなく、ただ疲れ切った表情で空を見つめる瞳は、きっと脳味噌が吹っ飛んだことさえ気付いていないだろう。
「処刑命令が出ている、密輸犯は死刑だとさ」
投げ捨てられた命令書が、ジョッシュの胸で血に染まっていく。
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