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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Run Through The Jungle
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Run Through The Jungle 3

「……チッ、全然入らないじゃンか」

「ケータイじゃなく前見て歩けよ、レオナ」


 発見されることを避けるために道なき道を進むヴィンセント達を阻むのは、火星の環境で異常成長した濃いジャングルである。どの樹木も地球のそれより高く太く、となれば足場もかなり悪い。ウォーロックのキャンプまでは一〇キロの距離だが、体感としてはその倍以上はありそうに思える。


 ただし、レオナにはこの環境による影響は少ないらしく、呆れ加減に後ろを振り返っていた。


「アンタさぁ、せめて追い付いてから吼えなよ」

「お前のペースが速すぎるんだ、こちとら人間だぞ」

「ハイキング気分で歩いてンのに、まだ遅くしろっての? キャンプ付くのは来週? それとも来月? 情けないこと言ってンじゃないよ」


 言いながらも立ち止まっているレオナに追い付くと、ヴィンセントは彼女が持っているケータイに目を向ける。無論、電波は入っていない。


「ロクサーヌが恋しいのか?」

「別に、そういうワケじゃないけど」


 レオナの返事は素っ気ないが尻尾は正直で、となればヴィンセントがイヤらしい笑みを向けるのもまた自然なことだった。


「ああもう、分かったよ! ちょっと気になってる、これで満足⁈ ったく、なんで電波入らないのさ。二十世紀の地球じゃあるまいし!」

「そりゃMLAが辺鄙な国だからだ、ここの平均所得は一日10ドルだぜ? まぁ仮に衛星があっても、この地形とジャングルじゃ電波入るか怪しいけどな」


 今度はヴィンセントが前を歩く。


「――ロクサーヌと最後に話したのは?」

「船下りるまえ」

「なんだよ、まだ一日も経ってねえじゃねぇか」

「付き合い始めて三ヶ月だけど、最後の顔合わせたのは一ヶ月前。声ぐらい聞きたくなって、なにが悪いってのさ」

「感謝際の日が最後か……。でもこんな家業だ、仕方ない」

「それは分かってンだけどさァ」

「そうヘコむなって。衛星電話持ってきてるから、あとで使わせてやるよ。どのみち二日はかかる道のりだし、野営する時にでも話せば――」


 と、嘯くヴィンセントの肩を、レオナが唐突に掴み止める。


「ちょい待ちな!」

「電話は渡さねえぞ、バッテリー切れたら帰りの連絡取れなくなるんだからな」

「そうじゃないよ、ボケナス。これ見てみな」


 レオナが示したのは傍らの樹木である。

 一見しただけではなんの変哲も無い広葉樹だが、目をこらせば小さな異変があった。


「……それ弾痕か?」

「だろうね」


 軽く答えながら、レオナは腰のナイフでめり込んでいる銃弾をほじくり出した。


「308口径、射点はアッチだね。たぶん、あの高台からだ」

「ウォーロックの奴らこの辺りまで来てるのか、キャンプから離れてるのに」

「鹿狩りでもしてンでしょ、動物の足跡も見かけたしね」


 銃弾を指先で弾いたレオナに合わせてヴィンセントも歩き出したが、ふと頭によぎった不安を彼は口にしていた。


「……なぁ、マジでジョッシュの言ってたとおり、熊とかも出るのか?」

「この土地のこと知らないから何とも言えないけどさ、いても不思議じゃないでしょ。森だし」

「でも十二月だぜ? 生息してても冬眠してるよな?」

「アンタぁ、全部の熊が冬眠すっと思ってんの?」


 あまりにも馬鹿馬鹿し質問だと言うように、レオナは呆れかえっている。まぁ少し考えれば分かることであるから、彼女が鼻で笑ったのも無理はない。

 草を掻き分けながらレオナは答えた。


「生き物が冬眠すンのは、食い物がない冬をやり過ごすためなワケ。熊だけじゃなく、他の冬眠する動物はみんな一緒。ところが、まわり見てみなよ。寒いけど草は生えてるし、木の実だってある。ってことは、草食動物がいるから、熊も餌には困らないってワケ。食い物があるんだから冬眠もしないのさ」

「……じゃあ、『もりのくまさん』するってことか?」

「火星のはそんなカワイイもんじゃないよ、大体4メートルくらいあるしね」

「そんなにデカいのか」

「小さくて、4メートル。デカいのだと6メートル超えさ」


 地球の熊と比べて、体長は二倍以上が平均サイズだと語るレオナの口調は淡々としていて、まさしく暇を潰す雑談のようで、だがその知識にヴィンセントは感心していた。


「森についてやけに詳しいな、ジャングル育ちの野生児か?」

「どこの田舎にでもあるような、森ン中の小さな村さ。親父に連れられてよく狩りにも行ってたし、詳しいのはその所為だよ」

「へぇ~、思い出に残ってる獲物は?」

「雄のマーズオジロジカだね、初めて一人で狩った大物でさ。そンとき、アタシ十歳くらいだったからさ、解体すンの大変だった」


 懐かしむように目を細めているレオナであるが、その背に向けられたヴィンセントの眉間には、訝しげな皺が寄っていた。


「……お前、何歳から銃持ってたんだ」

「六歳、最初の狩りも同じ年さ。ブラジャーよりも銃との付き合いの方が長いね」

「ブラの存在を知らないと思ってた、そのデカパイでノーブラなんだからな」

「締め付けられるのが嫌いなの、デザインもダサいのばっかだしね。……ってか、なんでアンタと下着の話なんかしなきゃならないのさ」

「さぁ? 暇だから?」

「口はいいから目と足動かしな。熊にバッタリ出くわすなんて御免だからね」


 なんて脅かされても、ヴィンセントにはからかわれているように聞こえていた。


「残念だけど銃がある、獣一匹にビビりゃあしねえよ」

「小口径弾なんて小石と同じ、頭に当てなきゃ利きゃあしないさ。今のアタシ等の装備なら、逃げられたら幸運だろうね」


 ヴィンセントが提げているのは小口径高速弾を使用するクリンコフで、レオナは中・長射程を狙えるマークスマンライフルを担いでいる。どちらも対人装備としては申し分ない威力を有しているのだが、それでもレオナは運任せになると言い切った。


「いきなり目の前に出てきたら、こんな豆鉄砲なんて棒きれと変わンないよ。一トン近い肉の塊が、爪と牙剥いて突進してくるンだから」

「よせよレオナ、そんなの考えたくも――」

 

 ――パキィッ!

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