Run Through The Jungle 1
草原を二つに別つ未舗装の一本道ってのは情緒がある。
そして森や林、自然の中を走るのは結構気持ちがいいものだ。ひんやりと冷たい空気が頬を撫でれば、ことさらに目が覚める。
この数年というもの金星に点在するドーム都市や、宇宙船の閉鎖空間で過ごしてきた時間を鑑みれば、その窮屈な時の長さに比例して自然の雄大さと美しさに心が震える。例えそれが、ディーゼルエンジンを唸らせる小型トラックの助手席から眺める景色であっても、美しさに違いはない。
……まぁ、違いはないのだが。そこには同時に限度というものがあり、二時間近く同じような景色ばかりを眺めていれば感動はすっかり薄まってしまうのが必然で、最初こそ純粋に感動していたヴィンセントも、いまでは完璧に飽きてるようである。
この狭い車内にあって彼の慰みになるものといえば、ステレオから流れてくる年代物のロックと、窓枠にかけた右手で挟む煙草くらいが精々だった。
とはいえ、その慰みの片方は、日に焼けた運転手によって咎められるのだが――
「おい、オドネル。煙草はやめておけ、怪しまれる」
「誰に見られるってんだよ、こんな平原の真ん中で。MLAに入国してからこっち、車どころか人っ子一人見てねえんだぜ」
「そんなに分かり易い監視ばかりならどんなにラクだと思う。一見平和そうに見えるのは、しっかりと臭い物に蓋をしているからだ。MLAが火星でも危険視されている事実を忘れたわけじゃないだろ。いいから、黙っておれの命令に従え」
運転手――ジョッシュの脅すような口ぶりに肩を竦めて、ヴィンセントは渋々煙草を灰皿に押しつけた。このトラックは彼の車だし、MLAに入国できたのも彼の手引きがあったからこそ、流石にここまで世話になっておいて、我儘を押し通すのはガキのやることだ。
ただし、ジョッシュの方はまだお冠であるらしい。
「ったく、ここにはMLA軍のほかに、ウォーロックの連中だっているんだ。極力目立つ行動は避けろと、最初に言って聞かせたはずだ。俺だって危険な橋を渡らされてる、トラブルは御免なんだよ」
「……そういや聞いてなかったな。ダンはどういう知り合いなんだ、あんた?」
「借りがある、それだけだ。奴がいまさらになって十年前の借金を取り立てに来やがったから、仕方なく協力してんだよ、おれは。こっちにも生活ってもんがあるってのに、はた迷惑な話だぜ、クソッタレめ」
とまぁ、ひどく毒づかれるが、ヴィンセントは悪びれもせず応じるのだった。蛇の道は蛇というか、同じ穴の狢というか、こういう生き方をしていると知り合う相手も大抵同種の人間だ。
「生活って……、NGO団体の物資輸送を利用して禁制品運んでる密輸屋だろ。大層ご立派なたつきの道もあったもんだ」
「黙ってろ。二人も密入国させた上に、片割れは獣人ときてる。この国に獣人を連れ込むことが、どんだけリスクのあることが分かって言ってんのか」
「大して変わらねえだろ、密輸がバレたらどのみち銃殺刑だ」
「その通り! だから大人しくしてろと言ってるんだ。騒ぎを起こすなら俺の目の届かないところでやってくれ、そして勝手にくたばってくれ。……おい、聞いてんのか⁈」
「……俺を怒鳴るより、前を見た方がいい」
その言葉に、ジョッシュは訝りながらも地平線へと目を向け、そしてすぐさま、顔面から血の気を引かせていた。頭に昇っていた血は、あっという間に小便に変わって下半身へと下りていったようである。
遠く彼の視線の先には、巻き上げられた土煙があった。
「あぁ、畜生……ッ! なんだってこんな時に……」
「あの車列、ウォーロックか?」
「決まってんだろ。装甲兵員輸送車(APC)が先に走るなんて民間のワケがねえ」
歯がみするジョッシュの横で、ヴィンセントは冷静に周囲を見渡す。車列を避けられる横道でもあればいいのだが、平原を走る一本道に隠れる場所などありせず、彼に出来ることといえば腹をくくって助手席に座っているのが精々である。
そしてそれは、ハンドルを握っているジョッシュも同様らしく、彼もまた口を噤んで掌に汗を滲ませていた。
数秒ごとに確実に接近してくるウォーロックの車列
先頭を走るAPCの上部にマウントされているのは50口径の機関銃
その後ろには三台のトラックが付いてるのを確かめながら、ヴィンセントはゆっくりと銃を抜いて外から見えない位置へと手を動かす。あの車列相手には無力に等しい武器と知りながらも、備えずにはいられない。
「頼むからよ、オドネル。先には撃たんでくれよな」
「自然にしてろ、怪しまれる」
「馬鹿言うな。ウォーロックの車列とすれ違おうとしてるんだぞ、密入国者乗せて。緊張してる方がむしろ自然なんだよ」
「いいから運転に集中してくれ、いつも通りに」
「ああもう、クソ! わかったよ!」
落ち着き払っているヴィンセントに悪態をつきながら、ジョッシュは対向してくる車列のためにトラックを路肩へ寄せて道を譲る。誰だって武装している連中からは距離を置きたいものだから、この行動は極めて自然といえるだろう。
実際、二人の心配とは裏腹に車列は何事もなく通りすぎていった。
「……ふぅ、心臓にわるいぜ」
ジョッシュは安堵の息を漏らして呟くが、助手席のヴィンセントは渋い顔でサイドミラーに映る景色を見つめていた。ウォーロックの連中とすれ違ったほんの数秒、その間に、彼はイヤな感覚を確かに受け取っていたのである。
ジョッシュの楽天的な意見など耳に入ってこないほどに――
「おいオドネル、なにをボーっとしてやがる」
「……二台目のトラックに乗ってた奴、見えたか?」
「そんな余裕あるわけねえ、バレやしないか心配するので精一杯だ。――知ってる奴が?」
「はっきり見えなかったから確証がない。でもどうにもイヤな感じだ」
「どうだっていいさ。指定された場所まであんた等を運んだら、おれはオサラバさせてもらう。そっからは好きに行動してくれ。ただし、万が一捕まってもおれの名前を出すんじゃねえぞ」
「捕まるときはたぶん死体だ。情報漏れはねえよ」
「ならいい。そら、もうすぐで到着だぜ」
待ち望む別れを喜ぶジョッシュがハンドルを切れば、トラックは平原から木々の茂る山間へと入っていく。




