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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Michael
270/304

Michael 10 ★

 ヴィンセント達がアルバトロス号に戻ったのは、エリサが午前中の家事を終えてふぅと一息ついたころで、彼女は二人の帰還を知るなり格納庫へと駆け下りて笑顔満面で出迎えた。


「おかえりなさいなの!」

「おう、ただいま。どうだエリサ、進展あったか?」


 ヴィンセントは抱きついてきたエリサにハグを返してやってから尋ねていた。


「えっとね、たくさん分かったことがあるってダンが言ってたの。アズィズさんからも電話があってね、色々教えてくれたみたい。――レオナもおかえりなの!」


 レオナは、足に抱きついてきたエリサを撫でてやりながらも、格納庫を見回している。いつもなら機体が戻ってくればどこからともなくやってくるはずの男がいないのだ。


「そりゃあ朗報だけどさ、肝心のダンはどこにいンの?」

「おやすみしてるの。ヴィンスたちがお出かけしてから、ずっと調べものしててね。だから、もうちょっとだけおやすみさせて――」

「――いや、もう充分に休ませてもらったぞエリサ」


 ラスタチカのエンジン音を聞きつけたのか、ダンが格納庫の扉を潜ってきた。ただし声はしわがれているので、寝起きであることは明かだし疲れも残っているようだ。


「二人ともご苦労だったな。戻ったばかりで悪いが報告をしてくれ」

「マジで? アタシ等、長時間のフライトしたばっかで全身バキバキなんだけど?」

「お前は後席で寝てただけだろ、操縦桿を握ってたの誰だと思ってんだ」

「クソ狭い上にシートも硬い、あれじゃ物置に閉じ込められた方がまだマシってもんさ」

「その様子からして無駄口を叩く元気は残っているようだから、ミーティングを始めるぞ、いいな? こっちからも報告があるし、今後の方針も決めにゃあならん」


 静かながらも有無を言わせぬダンの語気は、各人の頭を仕事モードに切り替えさせた。

 となればヴィンセントもレオナ従うほかなく、格納庫に置かれているソファの周りで簡易ミーティングは始まることになる。


 挿絵(By みてみん)


「ではヴィンセント、始めてくれ。襲ってきた連中についてなにを掴んだ?」

「あ~、簡単に言うとクソめんどい事になりそうな相手だ」


 ソファに座ったヴィンセントは、膝の上に座ってきたエリサを抱えながら応じた。


「傭兵派遣会社ウォーロック所属の兵隊で、こいつらのスポンサーは火星にあるMLA自治国だとさ。小国だけど思想的にかなり危ない、出来ることなら近づきたくはねえな」

「ウォーロックか……。装備がよかったのも納得だな」

「ンで、ダン。アンタはどんな情報掴んだのさ」


 レオナは尋ねながらソファの近くにある小型冷蔵庫からビールを手に取っていた。彼女にとって、ウィスキーより度数の低い飲料は水と似たようなものなので単純に喉が渇いたのだろう。


「レオナー、俺にも水取ってくれ」

「……ン」


 ヴィンセントにボトルを手渡すと、レオナはそのままソファの背もたれにケツを乗せ、先程の質問の答えを求めてダンへと視線を向けた。


「まずはかなりの進展があったと言っておこう。なによりも朗報なのは、おおよそだがマイケルの居場所の予測がついたことだな」

「だからさぁダン、アタシ疲れてンだってば。前戯はいいからさっさと進めてくンない?」

「そう急かすな、順を追って説明する」


 ダンは自分の中で集めた情報を簡易的に説明できるようまとめているはずだが、それでも時間が掛かりそうなのは、よほど拗れた事情が裏にあるのだろう。


「良い知らせの一つ目としては、マイケルからアズィズへ連絡があったことだ」

「本人からってこと? なら仕事は終いじゃん、送ってきたトコまで拾いに行きゃあいい。抵抗するならふん縛ってもいいし、とにかくアズィズに渡してやりゃあ仕事は完了だ」

「そう簡単に済まねえからダンは浮かねえ顔してんだろ、レオナ。絶対すんなり終わる依頼じゃねえんだから期待するだけ無駄だ」

「アズィズさんにね、マイケルさんからね、お手紙がとどいたんだって」


 ヴィンセントに抱えられていたエリサが、首を捻ってレオナを見上げている。


「手紙つってもEメールでしょ。送信場所とか調べられンじゃないの?」

「ううん、ちゃんと紙のお手紙なの」

「百年前でも珍しいのに、いまどき便箋かよ」


 なんて嘯きながら、ヴィンセントはあることに気が付いた。惑星間ではEメールでさえ届くまでに時差が生じるのというのに、物理的な輸送手段で運ばれる手紙には、果たしてどれほどのラグがあるのだろうか。


「良いところに目を付けたなヴィンセント。そう、情報の鮮度としてはすっかり落ちちまってる。なにしろアズィズの元に届くまでに二ヶ月以上かかってるからな」

「いまって石器時代だっけか?」

「火星の中でもとびきりのド田舎から発送されていたんだ、仕方あるまい。だが利点もあるぞ。電子データが残るEメールとは違い、一度送ってしまえば文面なんぞ本人以外知る由もなく、パソコンから送信先を覗かれる心配もない。ましてやあらゆる速度が増している今時に手紙を書くなんてのは、酔狂なもの好きか、恋人同士くらいのものだからな。そもそも手書きで連絡取ってるなんぞ、想像の外だろうよ」

「情報がカビてンのは分かったけどさ、使える部分は?」

「無論ある」


 ダンはそう言うと、テーブルに小型の立体映像装置を置いて、マイケルから送られてきた手紙の画像を表示した。いくつかのイラストと大量の文章で埋め尽くされた画像の中で、まずヴィンセント達の目を惹いたのは、しかめっ面をした男の人物画と、横に添えられたタトゥーの意匠である。


「……アレ? こいつ、見覚えあンだけど」

「当然だろうな、レオナ。マイケルの邸宅で撃ち合った、あの中にいた」

「あぁ思い出した、最後にアンタが撃ち殺した奴か」

「どうしてマイケルがこいつの顔を知ってる。火星考古学者と傭兵だろ、接点はどこだよ」

「残念ながら関係は分からん。だがマイケルは、数ヶ月のあいだ付け回されていたらしい。手紙に内容を信じるのなら、監視されているような感じだったと」

「なにそれ、ますますワケ分かンないね」


 訝しげに言うと、レオナは水代わりのビールを流し込んで続けた。


「マイケルの奴、頭イッチャったんじゃないの? 一人でアチコチ飛び回ってるうちにさ。学者センセってのは変態が多いって聞くし、それにホラ……、見てみなってこの手紙。移民に書かせたってこんな滅茶苦茶にはならないだろうさ、マトモな奴が書いたとは思えないね」

「エ、エリサもね、読んでててちょっとコワイなって思っちゃったの……」


 自身の窮状を知らせる文章の合間に挟まっている支離滅裂な文言たちは、それを読む者に形容しがたい不安感を与えていた。唐突に起こる文章の乱れに反して文字だけは変わらず落ち着き払っているのが余計に不気味で、まるで瞬間的に気が狂っては正気に戻っているかのように思えるのだ。


「……俺も、レオナ|(お前)の意見には賛成するトコあるけどよ、そしたら傭兵共がマイケルの邸宅を屋探しして、しかも網まで張ってたのはどう説明するんだ?」

「さぁね、アタシが知るかよヴィンセント。おおかた、アズィズ以外からもカネ借りてたとか、うっかり怒らせたとかじゃないの?」

「その可能性も否定は出来んが、より思い当たる節が俺たちにはあるだろう」


 集まる視線を感じながら、しかしダンはこれから話すことの荒唐無稽さを考えて、唇を一度引き締めた。馬鹿馬鹿しいと分かってはいても、可能性という順序からして、これが一番あり得るのだから仕方ない。


「まさか……、古代の遺物を探してるとか言わねえだろ?」

「…………そのまさか、だ」


 ダンが嫌々ながらに肯定すると、ヴィンセント達はすこぶる馬鹿にした声を上げた。それはむしろ動物の鳴き声にも似ていたが、二人が呆れかえるのも当然である。ダンでさえ、立場が逆ならまず勝機を疑うところから始めたはずだ。


「気持ちはわかるがそれしか考えられんのだ。なんでも、その遺物ってのは数百年は先の技術が用いられているとかなんとか。現に手紙の半分は、マイケルが長年調査していた宇宙人の遺物に関する内容で、それがいかに危険かを伝えようとしていた」

「これで決まりでしょ、ヴィンセント。マイケルは完全にイカレてる」

「だな。――なぁダン、俺だってロマンのある話は好きだけどよ、あくまでフィクションに限った話だ。面白いとは思うけど、そんな与太を信じるなんて、アンタもどうかしちまったんじゃないか?」

「安心しろ、お前さん等がこさえた賠償請求を眺めてる時よりは正気だ。それに注目すべきなのはマイケルのオツムが電波を受信してるかよりも、宇宙人ラジオを化したマイケルを信じて行動を起こしている連中がいるってことだろう」


 傭兵派遣会社ウォーロック


 社会になじめない、または一線の向こう側にある価値観で世界を臨む戦争中毒者(ウォーモンガー)。そういった荒くれどもの楽園とも呼べる傭兵会社が、一人の火星考古学者のトンチキ論を真に受けて事を起こしているというのがそもそも異常。


 こういう手合いが信じるのは、自分の力と武器などの、存在を確かに感じられるリアルな物であり、撃って壊せない物は信じるに値しないと考える。弾が当たらないってことはつまり、そこに存在しないということなのだ。


 だが、そこそこ長い人類史においては、力と権力を有しながらもオカルトに傾倒した人物が意外と多いのも事実である。有名所ではドイツ第三帝国のチョビ髭伍長もその一人で、映画のネタにも使われていたりするから、権力者や指導者が超常なる力を求めるのは、別段珍しくもないのかも知れない。


 そして勿論、その手の話は後年において笑い話となっているし、笑う連中は誰一人としてオカルトなんか信じちゃあいない。……だがそれは、彼等が笑っていられるのは、超常なる力が存在していないからではなく、|運良く発見に至らなかったから(・・・・・・・・・・・・・)だとしたら――


 ダンが話し終えると、暫し奇妙な沈黙が格納庫を満たした。


「……いや、あり得ないでしょ、流石にさ」

「だよな。ダンがあんまりマジっぽく語るから信じかけたけど、こいつァ無理があるって」

「エリサはね、ホントだと思うの」


 膝の上に抱えているエリサの顔を、ヴィンセントは怪訝そうに覗き込こみ、レオナもまた意外そうな表情で彼女を見た。ただし、二の句を継いだのはダンの方である。


「俺だって最初は疑ったが、実物を目の当たりにしたら信じるほかねえってこった」

「……どういう意味だよ」

「宇宙人の遺物は存在している。邸宅の地下で見つけた金属製のフットボールを覚えているか」

「ああ、エリサがどうしてもって言うから、船に持ち帰ったやつだろ」


 銃撃戦の最中。不安に駆られながらも独り資料を調べていたエリサが見つけたのは、件の金属製フットボールに関する資料で、そこには同じ物が二つあった事が記されていて、きっとこれがマイケル捜索のヒントになると閃いたエリサの勘を信じて、ヴィンセント達は大量の資料と一緒にそのフットボールを船に持ち帰っていたのだ。


 結局、いくら弄っても変化がなかったために、いまはリビングに放置されているのだが……


「あれが、その遺物だ」

「ンな馬鹿な。精々トロフィーだろ、あんなの洒落たスポーツバーにだって置いてある」

「いいや、あり得んさ。手紙にはあの遺物の欠片も同封してあってな、アズィズが成分分析をさせたんだとよ。結果、未知の金属で形成されていたそうだ」

「検査した機械がおかしいンじゃない?」

「アズィズもそう思って複数台で精査させ、結果は同じで判定不能だった。つまり――」

「――未知との遭遇、か」

「可能性はある」

「ンなことあるワケないでしょ、アホくさい。大の大人が宇宙人だなんだって、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるっての」


 ヴィンセントもダンも、呆れるレオナに反論しなかった。

 あくまで二人とも、冗談を冗談として、ロマンをロマンとして捉えているだけであり、心の底から夢物語を信じられるような純心は、とっくの昔に消えているのだ。


 そう、だからこそ現実的な思考でもって、ダンは言葉を続けていく。


「まぁとはいえ事は単純だ。真贋疑うお前さん達に朗報があるとすりゃあ、どっちだろうが俺たちの仕事には関係がねえってことだ。目標はあくまで、マイケルの発見と回収。それ以外になにが起きようと、そいつは俺たちの範疇外だしな」


 一言一句その通りで、ヴィンセントたちは無言のままで納得した素振り返す。

 実際、知ったこっちゃないし、『傭兵会社が宇宙人の遺物を探しているから大変だ』なんて言われたところで、返す言葉は『はいそうですか』で済むのである。阿呆丸出しで発掘作業がしたいなら好きにやらせておけば良い、紛争国で民間人に銃を向けるよか大分大分マシってものなのだから。


「次の一手はどうすンのさ?」

「引き続きマイケルの捜索だが、ウォーロックを徹底的に洗うことから始めるとしよう。状況からして、連中に攫われたとみて間違いないからな」

「攫われてから一ヶ月は経ってんだろ、果たして無事かねぇ~」

「よせヴィンセント。やることはマイケルを探して安否の確認。救出か回収か、方法はどうするのか、そこら辺のことは追々詰めていくしかあるまいよ」

「……どっちに転んでも、タフな仕事になりそうだぜ。割のいい仕事だったはずなのに」

「報酬にリスクが追い付いただけだ、ぼやくのはよせ」


 これで話すべき事は済んだのか、ダンは気を緩めてミーティングの締めを行う。


「とにかく二人ともご苦労だったな、一度休め。その間に、俺の方でも火星の伝手を当たってみる。ウォーロックほどの組織なら、なにか掴めるかも知れん」

「オーライ、じゃあシャワー浴びて寝るかな」

「ちょい待ちヴィンセント、シャワーはアタシが先だ」


 レオナはそう言うや、手にしていたビール瓶を置いてサッサと格納庫から出て行ってしまい、出遅れたヴィンセントは残っている水をとりあえず飲み干している。

 すると、彼の膝上にいるエリサがくるっと首を回して、やわらかい声で尋ねた。


「ねえヴィンス、ごはん食べる?」

「あ~、いや、いいよ。腹へってるけど、待ってる間に寝ちまいそうだから。適当に残り物でもつまむさ。ありがとうなエリサ」


 エリサに思いやりに感謝を述べると、ヴィンセントも立ち上がって格納庫を後する。エリサも一緒に出てっていったために、広い格納庫にはダンだけが残り、電話している彼の声が反響していった。


 便利屋稼業なんてものを長年やっていれば、色んな場所に多様な知り合いができる。

 人生や仕事は、縁を育み、縁に生かされる

 そう心にして生きてきたからであろうか、求めていた情報は思いのほか早く集まった。

 

 マイケルはやはり、ウォーロックに捕えられている

ここまで読んで戴きましてありがとうございます

『いいね』や気軽な一言感想などお待ちしてますので、どうぞよろしく!

もちろん、評価ポイントも大歓迎ですよ!!


それでは続きをお楽しみに!!

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